第2話
「お?
昇降口で下足に履き替えていたところ、そう同じクラスの友人に見つかり呼び止められた。
振り返りながら生返事で「まあな」と返事を投げてみたところ、即座に「そりゃ丁度いいや」と返ってくる。
「オレも今から帰るところだし、一緒に帰ろうぜ」
「おう。――んじゃ、どっか寄ってくか?」
「それもいいな。そうだなあ、どこ行くかな……」
置かれた
俺のすぐ後ろで下駄箱を開けて自分の靴を取り出していた友人は、そうしながら、「そういえば…」と思い出したように訊いてきた。
「オマエさっき、生徒会から放送で呼び出し食らってなかったっけか?」
それを言われた途端、思い出したように俺の眉もピクッと引き攣る。
「そっちの用は、もう済んだのかよ?」
「…………」
靴紐に手を掛けたまま蹲って俯いている俺の苦虫を噛み潰したような表情になど、当然、背後に居るコイツが気付いていようハズも無く。
「生徒会から直々に呼び出しだなんて、オマエ一体なーにやらかしやがったんだー?」
相も変わらず何の他意も含みも無い口調でそう続けられることに、いよいよムッとしてきて。
おもむろに立ち上がると、そのまま俺はスタスタえっらい早足で歩き出す。
背後で、「あっ、おい、待てよー!」と、慌てたように靴を履き替えているだろう人間のことなんて……放置だ放置、そんなもん!
――あーちくしょう……!! 思い返したらまた腹が立ってきたじゃねーかこの野郎っ……!!
*
『――正式に、あなたを次期生徒会長に推薦します』
それを
瞬時にして、俺の頭の中は真っ白になった。
自分が何を言われたのかが、全くもって分からなかったから。
だから咄嗟に、間の抜けたカオで「は…?」とヒトコト訊き返すことしか出来ずに、ただただ固まっていた。
――俺を、次期生徒会長に、推薦、だって……?
何がどう罷り間違ったらそんなことになるのか、全くもってワケが分からない。
自慢じゃないが、通常の学校行事に関しても関心の薄い俺のこと、入学してからこのかた、生徒会はもとより、この学校そのものにだって貢献できたような覚えなんていうのも、全くもってサラサラ無いのだから。
我ながら言うのもナンだが、これまでの学校生活の中、出来るだけ目立たず周囲に埋没して過ごすことに成功していた、という確信がある。
――そんな俺が“生徒会長”って……普通に考えて、マジ有り得なくねえ?
何かの間違いじゃないかと、まだ呆然と頭まっ白のまま、目の前に立つ吉原会長に訊き返そうと口を開きかけた、――そんな時に。
ぶっ…! と、部屋の奥から吹き出したような声が聞こえてきた。
それでフと我に返り、そちらに視線を向けてみると……、
「く…くくっ…早乙女っちのあのカオって……な、予想通りやん!」
「やーっぱ普通そうくるだろーなーアイツなら」
「だから最初から言ってるだろうが、向いてねーんだって」
額を突き合わせてコソコソと…とはいえ、まるで聞こえよがしにニヤニヤ笑いながら好き放題に言い合いやがってくださってる、そこの男三人――部長・次期部長・先生の面々。
それを認識した瞬間、真っ白だった俺の頭が、通常モードにシフトされた。
そう…そうだよ、そうなんだよ! 俺が生徒会になんざ縁もゆかりも無い人間だってのは、こうやって周知の事実なんだよ確実に!
なのに、こうやってそんな話が舞い込んできた、ってことは……、
――考えられる“理由”など、一つだけだ。
「――お断りしまっす!!」
自分でもビックリするくらいの大声とキツイ語調でそれを告げた途端、奥から聞こえていた嘲笑とヒソヒソ声が、ぱったりと止まった。
目の前に立った吉原会長は、そんな俺の口調にビックリした所為か、はたまた断られることを考えてもいなかったのだろうか、キョトンとした表情になって目を瞠る。
それが無性にイライラを誘い、そのままの勢いで俺はたたみかけた。
「幾ら会長職やりたがる人間が居ないからって、手近な俺で済ませようとされても困りますッッ!!」
――そう……そんな非常識でテキトーなこと、この会長を含む現役生徒会役員たちなら、やりかねない。
現会長…に加えて前会長までもが、とてつもなく“有能”で“辣腕”で、まさに“完璧”な会長であるがゆえに……そりゃー、そんな後を進んで引き継ぎたいヤツなんて居ないだろうさ。確実に比較されるもんな。
そこで、『誰を指名したらいいと思うー?』『そんなん手近なトコロにテキトーに頼んじゃえばー?』という、この会長とあの副会長のやりとりが、まざまざと目に見えるようだ。――あるイミ、そんなんが全生徒のトップに立っているのかと、考えるだけでオソロシイよな。
「おおう……一応そこまで深く勘繰れるだけの冷静さは、まだ残ってるんやなー……?」
再び奥から聞こえてきた、
――よりにもよって肯定されちゃったんかよコノヤロウ!!
これで確実に額の血管が何本か今ブチッと切れた。
だが、それならそれで、この路線での反論を貫き通すまでのことだ。
「手近で済ませようとするにも、“人選”ってモンがあるでしょう! また
「「「――それは却下」」」
俺と同じ天文部の一年部員である『高階』の名前を出した途端、奥から一斉に三声ユニゾンで返ってくる、そんなピシャリとした言葉。
「オマエなあ? マトモに考えてもみろって、それを許可しちまったら天文部の方が立ち行かなくなるじゃねえか」――と、
「生徒会に在籍しちまったら、掛け持ちで他の部活動に所属することは可能だが、その部内において主要な役職に就くことは出来なくなる。よって、高階が生徒会になんぞ入っちまったら、天文部を纏めてくれる人間が一人もいなくなる。…ってなことに、なっちまうよなあ?」――と、吉原部長。
「
――ああ、まあね、そうだよね……ことごとく仰る通りだよコンチクショウっっ……!!
天文部には現在、日々地道な活動をしに部室を訪れる一年生部員は三名しか居ない。
俺と、
確かに、先輩たちの言う通り……入学した早々に高階にヒトメボレして追っかけるように天文部へ入部した俺は、彼女が生徒会へ籍を移せば、間違いなくそっちへも追いかけていくさ。ああそうさ。――なんでこうも的確にヒトの行動に図星を突いてくれやがるんだ、この人たちはチクショウ……!!
加えて、高階と小泉は高校入学以前からの親友同士だ。人選が上手くいかなければ、きっと高階なら、真っ先に小泉へ『手伝って』と声をかけるだろう。
三名しか居ない貴重な一年生常駐部員が全員生徒会に取られるハメになると分かっているからには……そりゃあ“部長”に“顧問”という立場からすれば、許可なんて絶対に出さないに違いない。
「だから実果子ちゃん取られるのは困るけど、早乙女っちを持ってかれるだけなら、ウチの被害としては最小で済むしー?」
「だからって……そこは“適正”ってモノを考えてからモノ言ってくださいよ!!」
「知らねえよ、そんなもん。そこは指名してくる側の人間に求めろよな」
「そうそう、俺らとしちゃあ、あくまでも天文部が存続することが最大優先事項、なんだしなー」
「…………!!」
ここまで言われてしまうと……言ってることは解るが、あまり良い気分はしない。
――それじゃまるで、俺は単なるスケープゴートじゃないか……!
〈生徒会長〉としての能力など期待されているワケじゃなく、ただ単に天文部が存続するためだけという理由で選出された、…つまりイケニエ。
最初から自分が期待されているなんざコレッポッチも思っていなかったが、そこまで利己的でブラックなオトナの意見をこうまで
「…確かにぃ、天文部の中から指名しようとするんだったら、そりゃ私だって間違いなくミカコちゃん指名するけどぉー?」
――って、アンタまでそれを言うかい!!
まさに追い討ちをかけるかのように、指名する側の張本人である現役生徒会長自身から言われてしまえば、もはや再起不能である。
むしろフォローくらいしてくれよっつーの!!
「…よーく、わかりましたっっ!!」
これで完全に不貞腐れた俺は、まるで“ねえ?”とばかりに同意を確認して視線を合わせている目の前の四人に向かい、ピシャリとそれを投げ付けると。
「絶っっ対、にっっ!! やりませんから、生徒会長なんてっっ!! ほか当たってくださいっっ!!」
まるで言い捨てるかの如く、そんな捨てゼリフと共に踵を返すや否や、乱暴に引き戸を開けて部室から飛び出したのである。
*
「――って、なーに怒ってんだよー早乙女ー?」
靴を履きかけのままつっかけながら、ようやっと早足で歩く俺に追い付いてきた友人が、肩を並べながら、それを訊く。
まだブスッとした表情のままで、「別に…」と、ボソッと呟くように答えた、――ちょうどそんな時。
「怒ってねーよ」と続けた言葉に被さるようにして、“ぴんぽんぱんぽーん♪”という、校内放送を知らせる間の抜けた音が響き渡った。
――しかもビミョーに音が外れている。
それを認識した瞬間……イヤぁ~な予感が、フと脳裏を過ぎった。
『一年C組、
やっぱり案の定―――。
ビミョーに外れている呼び出しチャイムからも解っていたことだけど、また改めて流れた、生徒会室からの呼び出し放送。
だが、今度は……、
「――お…おい、早乙女……! オマエ一体なにをやらかしたんだよ……?」
放送に思わず足を止めたと同時、隣から友人が、恐る恐るといった体でそれを訊きながら俺の顔を覗き込んでくる。
「だから、別に何も……」
「ウソこけぃ! 『別に何も』で、なんで
「…………」
――確かに、その通りである。
今の、明らかに生徒会室からと分かる校内放送は。
ナゼか
こう言っちゃアレだが……有澤先輩と梨田先輩とじゃあ、同じことを言われても、言われた内容の重みが、まるで違う。
梨田先輩――誰が言い出したのか全校生徒から『梨田女史』と呼ばれているほどに、冷静沈着なキレ者、おまけに美人、という、そのヒトは。
“イロモノ”と呼ばれている今期生徒会役員の中にあって、唯一の良識人である。
ゆえに、生徒会の『最後の良心』『正義の鉄槌』とまで讃えられ、また畏れられてもいる、他の生徒会役員連中を差し置いて校内随一の“権力者”でもあったりするのだ。
――だからか…と、放送を聞きながらミョーに納得できてしまった。
生徒会からの校内放送を有澤先輩が担当しているワケ。
そんな畏れられている梨田先輩が、その低く淡々とした冷静な口調でもって校内放送なんぞしたら……どんな些細な用件を告げたところで、誰だって当然のように、隣に居る友人と同じよーな反応をするに違いない。
たかが校内放送で、そんなに無駄に生徒を畏まらせた上に慌てさせる必要は無いだろう。
それを考えたら、やはり普段から穏やかな声ながら必要事項のみをテキパキ話せる有澤先輩が適任なのだ。これほどまでの適役は、他に居ないし。
だって他の役員って言ったら、生徒会長はあんなロリ声の不思議ちゃん喋りだし、副会長といったら……、
『――見つけたぞ、早乙女ーーーっっ!!』
ふいに頭のナナメ上方向から、そんな声が降ってきた。
梨田先輩から重々しく発信された放送が、ちょうど終わるか否か、っていうところで。
聞こえてきた方向を振り仰ぐと、生徒会室だろう部屋の窓から身を乗り出すようにして、こちらへ向かってハンドスピーカー越しに叫んでる副会長――武田先輩の姿が、小さく目に映った。
いましがた歩いていた場所は、生徒会室のある校舎から、ちょうど正面にあったから。ウッカリ窓ごしにでも見つかってしまったのだろう。
『そこの一年C組、早乙女 統! いま中庭つっきろうとしてたオマエだよオマエ! 無駄な抵抗はやめて、さっさと生徒会室へ出頭するんだ早乙女! お母さんが泣いてるぞ! オマエに人間としての心がまだ少しでも残っているなら、大人しく出てくるんだ! 今なら罪は軽くて済む!』
――こんなだしな、副会長は……。
もはや、“呼び出し”なのかどうか分かったもんじゃないし。
その言い草といったら……俺は人質抱えて立て籠もっている銀行強盗か。
副会長も、黙ってさえいれば、女がわんさか寄ってきそーなモテ系の男前なのに。――なんでこんなに言動がバカ過ぎるんだと、常々思う。
ああ付き合うのもアホらしい…とばかりに一つ深々としたタメ息を吐いて、そのままクルリと回れ右。
『あっ、このやろ、無視しやがったな! キサマ、先輩の言うことに逆らう気か! って、おい早乙女! だから、待ちやがれっつの早乙女―――!!』
相変わらずハンドスピーカー越しに叫んでる副会長の声を聞き流しながら、そのまま俺は足を速め、生徒会室からは死角になって見えないだろうところまで、スタスタと歩みを進める。
こうなったら、本格的に掴まる前にサッサと帰っちまうに限る。
「お…おい……いいのかよ、行かなくて……」
やはり相変わらず恐る恐るといった体で俺を追いかけながら訊いてきた友人に、「放っとけよ」と、ニベもなく返す。
「どうせ大した用件じゃねーんだから」
「そうは言うけどさ……『大した用件』だからこそ、あんなに呼び出しかけられてんじゃねえのかあ?」
「いいんだって、気にするな」
「だって、早乙女ぇ……!」
その友人のあまりの動揺っぷりにイラっときて、思わず「ナサケナイ声、出すんじゃねえ!」と、立ち止まって一喝しかけた俺だったのだが。
―――ぴんぽんぱんぽーん♪
そんな俺の声に被さるようにして、またもや響いてきたビミョーに音の外れている呼び出しチャイム。
くそ、なんてシツッコイ…! と舌打ちしてしまったと同時。
『すっばっるっ、ちゃああああああんっっ♪』
即座にガクッと片肩が脱力した――と共に、口許が片側だけピクッと引き攣る。
「なっ…な、なっっ……!!」
唇がわなないて、それ以外、言葉が上手く紡げない。
『一年C組のぉ、サオトメスバルちゃあん♪ 今すぐに
「――なんっっじゃ、そりゃあああああっっ!!!!!」
反射的に振り返り、既に見えないながらも生徒会室の窓があるだろう方向に向かってツッコミを入れてしまった。――てか、入れられずにはいられるかいっっ!!
「どんな呼び出しだ、それは!!」
少なくとも〈生徒会長〉という生徒の模範となる立場に居る人間が、全校生徒に向けて発信されるよーな公共の電波に乗せて言っていいセリフなんかでは、それは決して無いダロウ。
『由良……どうしてもスバルちゃんに、話したいことがあるの……』
しかも、多大なる誤解を招くセリフ付きである。
「おい、早乙女……オマエ、よりにもよって生徒会長に……」
「――って、真っ先に何を誤解してやがんだテメエはっっ!!」
『よりにもよって』…? 『生徒会長に』…? ――俺が何をしたと思っていやがる!
「根拠の無い妄想でモノ言うんじゃねえよ、コノヤロウ……!!」
我ながらモノスゴイ形相でそうスゴんでみせながら、隣でそれを言ってきた友人の襟首を掴み、ぎりぎりと締め上げる。
『スバルちゃんが来てくれなかったら、由良、泣いちゃうかも★』
「うぐぐ…でも、だって、ああやって放送……!!」
「『でも』も『だって』もねぇんだよっっ!! 誤解だ、冤罪だ、事実無根だっっ!! どこまでも俺を陥れる陰謀だっつーんだコンチクショウっっ!!」
てか、そもそもあの生徒会長が、そんなことくらいで泣き出すタマかよ!!
――っていうことさえ、コイツをはじめ一般の生徒連中は、あの被った“化け猫”に騙されて知りもしねえんだろうしなっっ!!
『なーのーでっ! みんなスバルちゃん見かけたら、由良のところへ連れてきてねーん♪』
「だから、これ以上余計なことを言うなーーーっっ!!」
放送終了の合図である、相変わらず調子の狂った“ぴんぽんぱんぽーん♪”を聞きながら、まるで八つ当たりの如く締め上げた友人をガシガシ揺さぶり倒しては無駄だと分かりつつも叫ばないではいられずにいた、――そうしている最中に。
フと背後に、ヒトの気配を感じた―――。
締め上げていた手を止めて振り返ると、それとほぼ同時に、ザッという地を蹴る複数の足音と共に、ぐるりと周囲を囲まれる。
何だ…? と思う間も無く、俺を囲んでいたうちの一人が口を開く。
「――今の放送は、聞き捨てならん……!」
思わず眉をひそめた俺がそれについての返答を返す間も与えてはくれず、顔前に向けて、ビシッと指が突き付けられる。
「我らが由良ちゃんに、キサマ一体、何をしたのだ!!」
「…………」
これまた厄介な…と、イラッときた俺の唇から、再びチッと舌打ちが洩れる。
(こいつら、会長の親衛隊か―――!!)
そういえばそうだった。
吉原会長は、その美少女然とした愛らしい容姿と常日頃のブッ飛んだ言動から、我が校の“アイドル”という立場を不動のものにしていたのである。
それによる脅威の支持率、九〇%。
吉原会長を『支持する』と云うほぼ善良な生徒の、中でもごく一部の生徒からは、こんなふうにスサマジク熱狂的に支持されていたりする。
――そんな“吉原由良至上主義”な過激派の面々を“親衛隊”と、呼ぶ人は呼ぶ。
俺の周囲を取り囲むその“親衛隊”の面々は、指を突き付けてきた中心に立つ隊長格な野郎のセリフを皮切りにし……、
「そうだ! 我らが由良姫を悲しませる人間は、言語道断!」
「しかも泣かせるなどとは、もってのほか!」
「そして抜け駆け絶対禁止!」
「よって、我らが彼女に代わって制裁を下す! 覚悟しやがれ!」
「その後で、我らが由良嬢のたっての頼みだ、彼女のもとに送り届けてやろう!」
「――ったく、この変態ロリコン集団めが……!!」
群れて集まったら、言いたい放題かよコノヤロウ……!
モチロン俺としては、素直にその『制裁』とやらを受けてやる気はサラサラ無いし、唯々諾々と会長のもとまで連行されてやる気だって、コレッポッチのカケラも無い。
額の血管がブチブチと音を立てて切れそうなくらい、イライラが頂点まで達してきていた。
ジリジリとにじり寄ってくる連中を、ことごとく叩きのめしてやりたい衝動にかられる。
だが、それをするには圧倒的に多勢に無勢。
平たく言えば面倒くさい。
しかも、生徒会長の親衛隊と云えば、中心となっているのは〈プロレス愛好会〉の面々だということは、周知の事実。
怒りのままに蹴散らそうとしたところで、ヘタに格闘技を嗜んでいるガタイの良い連中相手では、この人数差は分が悪すぎる。
「誰が、大人しくキサマ等なんかに捕まってやるかよ……!!」
そう言い捨てるなり、そのままヒラリと身を翻した。
もちろん、ここは〈三十六計、逃げるにしかず〉を実行するのみである。
「――おっと、逃がさんぞ早乙女!」
しかし、また新たな集団に行く手を阻まれ、ほぼ駆け出しかけていた俺の足が止められた。
「オマエの身柄は、我々が貰い受ける!」
そうして立ち塞がってきたのは、俺も見覚えがある連中。――道着に身を包んだ、まさに部活動真っ最中! といった風情の〈空手部〉の面々。
「ちっくしょう、キサマ等もかよ……!!」
自慢じゃないが、これでも俺は空手有段者である。
それを知っている空手部から、これまで何度となく勧誘を受けていた。
だが、天文部へ居続けるために、場合によっては腕づくで、それを何度もソデにし続けていたのである。
――そのトバッチリが、今ここで来るのかよ……!!
前には空手部。そして後ろには生徒会長の親衛隊…改め、プロレス愛好会。
まさに〈前門の虎、後門の狼〉だ。――どっちを向いても逃げ場ナシ。
ええい邪魔くさい! とばかりに歯軋りして睨み付けた俺に向かい、高らかに空手部部長が宣告する。
「オマエが我等が空手部へ入部してくれると言うのなら、ここは見逃してやっても―――」
「断るッッ!!」
皆まで言わせずに遮った俺の言葉を、まるで待っていたかのようなタイミングで、「そうか、なら仕方ない」とニヤリと笑う空手部部長。
「部費のためだ、なんとしてもオマエを生徒会へ献上する!!」
「――『部費のため』……?」
その聞き捨てならないセリフを、思わずオウム返しに尋ねてしまったところ。
勝ち誇ったように“何を今さら”と言わんばかりの表情と口調で、部長はそれを言ったのである。
「オマエを生徒会へ連れていけば賞金として部費up、という裏情報を入手したものでな!」
「――なんだとおうっっ……!?」
その言葉に真っ先に反応したのは、――間違っても俺じゃない。
真っ先に反応したかった俺を差し置いて声を上げたのは、いつの間にやら周囲に集まっていた、すぐそこの校庭で部活動中だった面々だ。
どうやら野次馬根性で集まってきていたようだが……マズイことを聞かれてしまった。
「それならば、俺たちサッカー部が!」
「いや、この野球部が貰い受ける!」
「待て待て、それなら陸上部も参加するぞ!」
もはや、獲得対象が俺なのか部費なのか―――。
とはいえ、部費を獲得するためにまず俺であることには、間違いが無い模様。
さっきまでの状況だって〈多勢に無勢〉だったというのに……これじゃまるで〈四面楚歌〉だ。どっちを向いても、更に逃げ場ナシ状態。
「ええい、ウルサイ!! 要は、ヤツを先に捕まえたモノの勝ちってことだ!!」
そんな空手部部長の鶴の一声で、一斉にその場の視線が俺を捉える。
同時に、なんとか人垣の間に僅かな隙間を見つけ出していた俺は、そこをめがけて脱兎の如く駆け出していた。
「ちっくしょう……ふざけんなよ、絶対に捕まってたまるかコンチクショウ―――!!」
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