Boys, Be Ambitious!

第1話




『すーばーるーちゃんっ♪』…などと、普段にもいや増した猫なで声で、そう呼びかけられた時から。

 既に、なんとなーくイヤな予感が、してはいたのだ―――。




          *




『―― 一年C組の早乙女さおとめ すばるくん。一年C組の早乙女 統くん。至急、生徒会室までお越し下さい。繰り返します……』



 ふいに大音量で耳に響いてきた自分の名前に、思わず足を止めて振り返った。

 見上げた近くのスピーカーから流れる、お馴染み“ぴんぽんぱんぽーん♪”という間の抜けたメロディと共に流された校内放送で、よもや自分の名前が呼ばれようとは。

 思いのほか心当たりが無さ過ぎて、同姓同名の別の誰かのことじゃないかとさえ思ってしまった。一瞬だけ。

 でも、ジックリ考えてみるまでも無く、この高校において『一年C組の早乙女 統』と呼ばれる人間は、確実に間違いなく、俺しか居ない。

 だから、そうフルネームで、よりにもよってクラスまで付け加えて呼ばれてしまえば……それは間違いなく俺なのだ。

 だけれども……、



 ――よりにもよって生徒会が……? 俺に一体、何の用だっていうんだ……?



 所属している天文部の先輩つながりから、俺も現役生徒会役員の面々と一応の面識はあるものの。

 とはいえ、わざわざ校内放送で呼び出されるホドに頼られているワケでもなければ、そこまで深い係わり合いがあった覚えすら無い。

 本当にただ単純に、互いに“顔見知り”、というだけの相手でしかないのだ。

 それを考えたら、ますます心当たりが無くなり過ぎて、現実味がどんどんと薄れていく。――てか、あまりにも胡散臭い。

 しかし、どーう考えても今の校内放送の落ち着いた柔らかい声は、生徒会役員の…〈書記〉である有澤ありさわ先輩の声に、違いないし。

 加えて今のチャイムの音からしても、放送室の放送部員を通さず生徒会室から直接発信された放送であることにも、間違いが無い。

 ――俺はまだ実際に見たことは無いのだが、聞いたところによると……生徒会室には専用の校内放送機器が備わっているとかで、それが放送室のものと比べて旧型である所為でか、お知らせチャイムの“ぴんぽんぱんぽーん♪”の音がミョーに外れて聞こえるらしいのだ。

 なので、生徒会室から流された校内放送は、聞いたらすぐ、それと判る。

 おまけに、生徒会室から直接流される校内放送のほとんどが、常に有澤先輩によって発信される。そのことも既に全校生徒周知の事実だ。――そういう役回りになってるんだかどうなんだか、そこまでは誰も知らないけれど。

 まあ…つまり何が言いたいか、ってーと。――今の放送が、生徒会室から直々の呼び出しであることについては確実に間違いがない、ということだ。



 今は放課後。

 ちょうど俺は、天文部の部室へ向かうべく、廊下を歩いていた真っ最中だった。

 加えて言うなれば、天文部部室は、もう目の前。あとたった数歩の距離。



 見上げていたスピーカーから目を離して前に向き直ると、改めて俺は目指していた部室へと歩き出した。

 生徒会直々の校内放送だと判ったからには……呼び出し通りに生徒会室へ赴くにしろ、はたまたバックレるにしろ。

 それならばむしろ、まず部室へ寄ってからに越したことは無い。そう思ったのだ。

 どーせだったら、折角ここまで来たんだ、カバンやらの嵩張る邪魔な荷物を部室に置いてから行くことにしよう、…と考えたこともあったけど。

 それよりも何よりも、これを考えたことの方がデカい。



 ――ひょっとしたら、部室に三樹本みきもと先輩が居るかもしれないしな……。



 ひょっとして三樹本先輩なら、俺がこうやって生徒会室に呼び出されるワケを、とっくに知っているかもしれない。

 なにせ、現役生徒会役員メンバー皆と比較的仲の良い間柄だと聞いている。特に〈副会長〉の武田たけだ先輩とは、そもそも天文部員同士でもあることだしな、一緒に居る姿をよく見かけるし。

 加えてココだけの話……『デビルイヤー三樹本』という二つ名まで持っている三樹本先輩は、校内の表裏両方に通じた“影の情報通”だ、って云うハナシも、まことしやかに、あるからな実際。

 やはり、ここはまず当たっておくに越したことはないだろう。

 たとえその当人が、自分の知ってることを他人に素直に教えてくれるような良心的な人物であるか否かは別としても、だ。――考えるまでもなく、まず一筋縄ではいかないことは間違いが無いだろうけれど。

 それが解っていても、それでもやはり、当たっておくに越したことは無い。

 これまで何度か顔を合わせてきたからこそ理解したことだけど、今期生徒会役員たちの揃いも揃った“食えなさ具合”といったら……ハンパねえし。

 こうやってワザワザ校内放送まで使って正攻法に俺を呼び出してくるからには、何か絶対、ウラがある。そう考えるのが自然だ。

 ノコノコ無防備でヤツらの牙城に足をツッ込んでいってしまった挙句、自分一人だけが〈寝耳に水〉というダメージを食らうことになるのは、出来ることならエンリョしたい。

 自衛のためには……とりあえず“情報”が必要だ。



 ――だから、とはいえ……生徒会役員連中以上に食えない三樹本先輩に頼らなきゃならないのが、そもそも不本意なこと極まりないんだがなー……。



 部室の引き戸の取っ手に手を掛けながら、やれやれ…とばかりに気の重いタメ息を一つ、軽く吐き出してから。

「…ちわーす」

 普段と同じく、挨拶の声と共に、ガラリと音を立てて扉を引いた。

 ――その、途端……、



「待あってましたぁ~~~んッ♪」



 部屋の奥から飛んできた、どこまでも高く黄色い、まるで子供のようなアニメ声。――瞬間、思わずクラリとした眩暈を覚える。

 まだ情報武装も出来てないというのに。これこそ正にカウンターパンチだ。高ダメージ食らってダウン直前。

 まさか、ここでこうくるとは……敵もさるもの、こっちの想定外なことばかりやらかしやがって下さるったらなさすぎる!

 眩む視界の中を踏ん張って持ち堪え、目の前を見渡してみると。

 相変わらず狭い部室の中、それぞれ好きなように座っている、相変わらずの常勤部員メンバーたち――三樹本先輩に、顧問の碓氷うすい先生、そして部長の吉原よしはら先輩――の姿が見え……と同時に、

「ようやくいらっしゃいませ~ん、す・ば・る・ちゃああああああんっ♪ んもう、待ちくたびれちゃったっ★」

 吉原部長の膝の上にちょこんと腰かけては両手を一杯に広げながらニコニコとコチラを見やり満面の笑みを浮かべている、そんな言葉を投げ掛けてきた張本人の姿も……目に映る。

「――よっ…、吉原っっ!?」

 声と同様、誰がどーう見たところで“女子生徒の制服を着ている小学生”にしか見えない、極めて小柄なお子様体型で究極の童顔ロリ顔な加えて正真正銘の“美少女”という上に髪型までツインテール、という、その人は。

 二年C組、吉原よしはら由良ゆら先輩。

 何を隠そう、『学園の裏番長』の異名を取る身長190㎝という必要以上に大柄な体躯を持つに加え喧嘩させれば〈向かうところ敵なし〉という校内最強の格闘猛者でもある我が天文部の吉原部長の、妹君、であり。

 それに加えて、“現役生徒会会長”という肩書きを持った正真正銘“校内の首領ドン”、という方でも、ある。

 …どちらにしても信じ難いことこの上もないが。

「ななな、なんで会長がココに居るんですか!? てか、なんで俺のことなんて待ってんっスか!!」

 俺としては、そもそも『待ちくたびれ』られるホドこの人を待たせなきゃならん心当たりなど、コレッポッッチすら! 無いのだがっっ!

「いや~ん、スバルちゃんったら、『会長』なんてカタッ苦しく呼ばないでよ~! もっと可愛~く『由良りん★』って、呼・ん・でっ♪」

「――呼びません絶対に!」

「スバルちゃん、冷たぁ~い……アタシとスバルちゃんの仲じゃないぃ~……」

「そんな『仲』になった覚えは今まで一度としてあったこたー無いですし!! ついでに言えば、あなたに『スバルちゃん』と呼ばれる筋合いこそ、それこそありませんしっっ!! ――てか、だから一体なんの用だってんですか俺に!!」

 このまま延々と問答を続けていても、はたまた一方的に喋らせておいたとしても、どちらにせよ単なる時間の無駄である――本当に“素”でそういう人なのだこの人は――ため、そこで俺はムリヤリのように、まだまだ続きそうなイキオイのこの実の無い会話を、早々に打ち切っておくことにした。

「まったく、何なんですか生徒会は! さっきはワザワザ校内放送まで使って呼び出しかけてきたかと思えば、今度はこうして待ち伏せですか! いい加減にしてくださいよ!!」

「ああ、実は、その『校内放送まで使って呼び出し』の件が、アタシの『用』でも、あるんだけどね~?」

「――はい……?」

 さも当然のような口ぶりで、あっけらかんと、それを告げられた瞬間、瞬時にして。

 ガクリ…と、片方の肩が脱力した。

「なっ…な、ななな、なっっ……!!」

 咄嗟に湧いて出てきた、驚きのよーな怒りのよーな……そういうワケも分からない感情にアタマまで支配されて、上手く口が回らない。



 ――ワザワザこーして待ち伏せてるヒマがあるんだったら、校内放送まで使って呼び出しかける必要とか、ねーじゃんっっ!!!!!



 まさに俺が、そんな“心の叫び”を、実際に声に出して叫ぼうと息を吸い込んだ、――それと同時。

「でも、ま……ちょうどその『用』も、終わったことだしっ★」

「え……?」

 まさに“ピョコン”という擬音が相応しい動作で座っていた吉原部長の膝から降り立ちながら発された、吉原会長の、そんな言葉で。

 気勢を削がれ、叫ぼうとした言葉を思わず飲み込んでしまった。

 ――『用事が終わった』って……俺に用があって来たんじゃないのか……?

「ああは言ったけど、ホントのこと言うと私、別にスバルちゃんを待ち伏せてることがココ来た目的じゃーなかったんだよねー。もっとぶっちゃければ、それは“もののはずみ”みたいなモンでー?」

「……ナンデスカそれは?」

「だって、ああやって呼び出しかけたら、まずそっちに行ってくれると思うじゃない? ――とはいえ、でも先にコッチに来てくれちゃったんなら、これはこれで、ちょうどいいのかなあっ?」

 言いながら、吉原会長は立ち尽くす俺の前へと歩みよって来て。

「本当は、役員みんなの居る場所で正式に、って思ってたんだけど……いいや、いま言っちゃうねっ♪」

 そうして改めて至近距離から俺の顔を見上げ、にっこりと微笑んだ。

 ――それは、先ほどまでの人をおちょくるだけが目的のようなチャラけた笑みでは、決して、なく……。

「ちょうど今、天文部の現部長・次期部長と、あとついでに顧問の先生にも、承認を正式にいただけたところだから。――あなたに話をするに当たって事前にこれを取り付けておくことが、ここに来た私の用事、だったの」

 ――そしてその口調もいつの間にか、さっきまでの人を小馬鹿にしたようにフザケた言い方なぞ、カケラも残っておらず……。



 全校生徒の前に公式に立つ時でも常に普段のチャラけたよーな態勢を崩さない、むしろアイドルのようにそれを“ウリ”にでもしているかのような、――そんな“不思議ちゃん”を常日頃からアピールしている吉原会長が。

 ごくまれに、こんな風に“ちゃんとした高校生”の一面を見せる時があることを知っている人間など、ごく僅かだろう。きっと。

 それを知っている人間なら……こんな時の会長が告げる言葉は絶対に“本心”であることも、解るだろう確実に。



「一体……俺に何の用事ですか……?」



 ゴクリ…と音を立てて、乾いた喉が生ツバを飲み込んで。

 震える声が、恐る恐る、その言葉を口から吐き出す。



 やはり普段と違う、キリリ…と、そう形容するのが相応しい微笑みを口許に浮かべて。

 会長は、真っ直ぐな視線で俺を見つめ、それを、告げた―――。



「第52期生徒会統括本部会長として、正式に、あなたを次期生徒会長に推薦します。――受けてくれるわよね、早乙女 統くん?」





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