大切なもの(2)

「ハ? あの、メルを……ですか?」

「ええ、そうよ。スコッティオ」

 スコッティオが執務室へ遅れて入ると、既にケイリング・メルキメデスはその奥の椅子に座り、両手を前で組み思案顔をして待っていた。その隣には、従者であるシャリルも控えて居る。


 近くのソファーへ座るよう勧められたが、「いいえ、結構で御座います」とスコッティオは穏便に断り。主人から三メートル手前まで歩み寄り、このまま話を聞く構えで居た。

 というのも、大体こうした場合には余り良い提案をこれまで受けた試しがなかったからだ。経験的に。


 事実、スコッティオの読みはある意味で当たっていた。


 その内容は、メル・シャメールを『従者シャリル付きのにしたい』というものであった。これはとても受け入れられるような話ではない。


「一体どうしてまた、あの子を……メルを、シャリルさん付きの侍女になどと急に思われたのですか?」

「ン~……単に、このシャリルの友人として誰かになって欲しいなぁ~って、そう思ってね。

今回の件は、良い機会かな?ってさ。わたし個人としては、そう思ったのよ。拙いかな?」


「単に、って……。ケイリング様、そればかりはなりません! この屋敷の管理を任されている身としましては。この屋敷の中の規律を乱す様なマネだけは、やりたく御座いませんので……。

私にも、立場というモノがあるのですよ」

「それは……どうしても? この屋敷の主人である私が、こんなにも頼んでも……ダメ、なのかな?」


「……」

 スコッティオは、やれやれとばかりにため息をつく。


「ええ、まあ……確かに。今回ばかりはあの子、メルの機転ある言葉のお陰で、あのエレノアを上手く説得し留めることが出来た訳ですからね。それが許されることであれば、そりゃあ私だって認めてあげたいとは思っていますよ。

でも今もし仮に……今の話をここで簡単に認め許してしまえば、あの子メルがまた他のメイド達から『ひいきして貰った』と解釈され、距離を置かれてしまうかもしれません。それはそれで、とても可愛そうなことです。

それに、大した努力もせず簡単に認められ、万が一にもあの子メルが世の中を甘く見るようになり、楽を覚えでもしたら。それはあの子にとって、生涯の負債に成り得る可能性だってあるのだと私には思えます。

ですからそれは、必ずしもあの子メルの為になるとは限りません。ええ、私はそうした意味でもこの件については、とても賛成できませんよ」


 スコッティオはそう言いながら、シャリルの方をゆるりと軽く見つめた。

 シャリルはそのスコッティオの話を聞き、ハッとした表情をしたあと……間もなく静かに黙ったまま俯く。

 ケイリングもそのスコッティオの話を聞いて、シャリルのそうした様子を覗ったあと、肩を竦め吐息をつき納得顔を向ける。


「……OK! わかったわ、スコッティオ。そういうことなら……無理も言えないわね?

私としたことが、メル本人のことにまで気が回ってなかった。

ムダに時間を取らせてしまって、なんだか悪かったわね」

「いえ……御用件は以上でしょうか? ケイリング様」


「え、えぇ……それだけよ、スコッティオ」

「では、これにて私は仕事に戻らせて頂きます」

 スコッティオはそう言って、二・三歩ほど出口の扉の方へと向かい歩いていたが。急に何かを思い出したように、シャリルの方を少しばかり見つめ、それから主人であるケイリング・メルキメデスを再び振り返り見て口を開いた。


「ああ、そうそう……。あのメルがもし……もしもですよ。もしも……他のメイド達からも認められるくらいにちゃあ~んとメイドとして。いえ、一人の立派な人として育ってくれさえすれば。この私としては、もう何もこの件について無理に咎めるつもりなんかありませんので、そこだけはくれぐれもお間違いなく。

では私は、これにて――」

 スコッティオはそう言い切ったあと、軽く会釈をし、出て行った。


 ケイリングはその思いがけない一言に、しばらくの間呆然とスコッティオが出て行った扉の向こうを見つめていた。が……間もなくその意味を理解し、軽く肩をすくめながら笑む。


 早い話が、スコッティオはではあるものの。先ほどの件を、了承してくれた訳だ。

 まだ状況が飲み込めていないシャリルにそのことを話すと、シャリルはとても嬉しそうに笑顔を見せてくれた。



 事実、スコッティオの見識は結果として正しかった。

 その日のエレノアとの件を境に、他のメイド達のメルに対する評価は大きく変わり始め、あのベッティー達三人組でさえも、メルに対し嫌がらせや悪口を言うコトがなくなっていた。それどころか褒めてくれる人まで居たのだ。むしろメルの方は、そのことがとても不思議に思えていたほどだった。というのも、自分としてはいつもの様に振る舞い、思ったことをありのままにあの時は言っただけだったからだ。


 メルがこの件の直後に、特別な扱いをもしも受けていたら。こうはいかなかったのかもしれない。もしかするとスコッティオが懸念した通り、そのことでまた再び揶揄され益々立場を悪くしていた可能性だってある。スコッティオは先ずそのことを心配し、現状、メルの周りを取り巻いている人間関係の難しさを取り除いてから、更にはもちろん、メイドとして人としてそれなりの成果を収めてからがメルの為になるだろうと考えたのだった。


 スコッティオはその日、それが上手くいってくれたらしいことにホッと安堵の顔を浮かべる。が……相変わらずメルに対しての厳しい表情は、それでも崩すことはなかった。



 一方、シャリルは早速、その日の午後の休憩時間にいつもの噴水場にてメルにスコッティオとケイリング・メルキメデスとの間で交わされていた話を聞かせてあげていた。


 初めはその話の内容がよくわからなかったメルも、段々とその中身が理解出来る様になるにつれて、その表情も明るく笑顔となる。


「じゃあー、わたし! シャリルと一日中、ずっと居られる様になるのね?」

「……ずっと、なのかは判らないけど。あのとても厳しそうなスコッティオさんから認められるくらいになれたら。多分そうなるんだと私は思う!」


 メルはそのシャリルの話を聞くと、途端に元気を無くし、俯き言う。


「……問題はそこね。

わたし……そうなれる自信が、実をいうとまったくないの。だってスコッティオさんは、わたしのこと、本当はきっと嫌ってるんだ、っていつも思っているもの!」

「そんな筈はないわよ! メル……。メルなら大丈夫! 自分をもう少し信じて!

スコッティオさんだって、本当はメルのことを大事に思っているからこそ、色々と考えてくれたんだと思う。

この私でさえも気の回らなかったメルのことを、スコッティオさんは気付いて、とても深い配慮までしてくれていたのよ、メル」


 メルは、とても信じられない、って顔をシャリルに向けていたが。ゆるりと両手の上に頬を乗せながら呟くように言う。

「そうね……確かに、たまには優しく接してくれる時もあるものね……。ただの気まぐれなんだろうけどさぁ~。そう思うくらいの努力はして置くことにする」


 シャリルはそんなメルに呆れ顔を見せ、吐息をつく。それから次に、ある物をメルに向かい差し出した。


「はい、メル! 例の本よ♪」

 メルは初め、なんのことだかわからずに居たが。間もなく思い出し、嬉しそうな笑顔を見せた。

「わあー! ありがとう、シャリル!! これが例の本ね?」

「ええ、そうよ♪」

 メルは早速、本の最初のページを開いてみた。


「……えーと、グランチェ・グーズリー……って、わたし実を言うと聞いたことないんだけど。どんな人?」

「え? あ、うん! 元は、共和制キルバレスの首都キルバレスにある最高評議会の科学者会に所属していた元老院で、この国を動かしていた議員の1人。つまり、とても偉い人だったの」


「……へぇ-。なんだか凄く権威のありそうな人なのね?」

「ええ。だけど今は引退して、1人で旅をしている、って噂よ。もしかするとその内に、ここにもこの方が訪ねてくるかもしれないね?」

 シャリルは面白がる様にそう言った。だけどメルも、それは冗談だと直ぐに気付き笑い言う。


「あはは♪ まさか、それはないと思うけど」

 ここは鉱山都市アユタカから外れにある、広大なメルキメデス家の領地内。敷地内の各所には衛兵も居て、一般人は入って来られない様になっている。


 初めてメルがここを訪ねた時も、その取り次ぎはとても大変なものだった。あの時はたまたまケイリング様付きの警備隊長であるファー・リングスが馬上にて通り掛かってくれたから、運良く面接だって叶ったものの。普通だったら、追い返されてそれで終わりになる。

 最近になってメルにも、その事がわかるようになり、あの時のあの件についてだけは神様に感謝をしているくらいだった。



 メルはその日の夜、早速その本を読んでみた。


 この本の中で描かれている物語は、とある地へと向かうまでに起こった色々と変わったおかしな話や。その地へと辿り着くまでの経緯を、面白おかしくユーモアも交えながら描かれたお話だった。


『まるで魔法のような不思議な国に、私は辿り着き。それはとても、言い表せないほどに色々な不思議なモノを私は目にし、体験したのだ』

となり、話はそこで終わる。


 その本の中では、シャリルがこの前教えてくれた通り、妖精や精霊が出てきて。そうした様子が詳細に描かれていた。まるで本当に居て、それを目の当たりにして見て来たかのように……。

 そしてその地では不思議なことに、輝く青白き色をした水が流れていて、その地の人々もまた青白き髪と瞳をした姿なのだと、この本の中では描かれている。


「……青白い髪に、青白い瞳。本当にそんな人が居るのなら、是非、友人になってみたいな」


 更にその地の者は、不思議な魔法を使え、如何なる力にも屈しない強力極まりない能力を備えているのだと言う。しかしながら同時に、何よりも平和を重んじ愛する良き民であるとも書かれてある。

 そして、その中の一文には、こんなことが書かれてあった。


『この不思議な力を持つ、魔法の王国パーラースワートロームに眠るやがて世界を制すであろう……』


「……パーラースワートロームを制す者は、やがて世界を制す…かぁ~」


 メルはその日……不思議な夢を見た。その地の女神様が、自分のことをとても優しげに見下ろし、笑顔と幾つかの言葉をくれるそんな夢だった。

 だけど朝になって目を覚ますと、その女神様が語ってくれた全ての内容をすっかりと忘れてしまっていた。あとになってどんなに頑張って思いだそうとしても、思い出せなかったけれど。自分のことを、その女神様がいつでも見つめ見守ってくれている。そんな気がした。


 そう思うメルの傍には、元老員グランチェ・グーズリー技師の本が置かれてある。


 この本との出会いが、その後のメルの人生に、夢と希望をもたらし。やがて訪れる、大きな激動の新時代をも生き抜く知恵を与え、幸運をもたらし人生そのものを変えてゆくことになるのだが……それは意外にも、それほどあとの話ではなかった――。



     ―ハウスメイド・メルの物語―

     『第一部:ハウスメイド編、完』


 ここまでお付き合い頂き、どうもありがとうございましたっ! 感謝します。

 次のページからは、その後のメル達がどうなったかを簡単ではありますが紹介しております。もちろん、ちゃんと制作する場合には、しっかりしたものを用意するつもりですが。現在はまだ出来上がってないので、ご理解願います。

 内容としては、ネタばらしもいいところなので、興味が無い、または見たくない方はここまでで終わりにした方がいいかと思います。といったところで、本当にありがとうございました。


 感謝致します。では、いつかまた!


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