それぞれの思い(4)
そう言えば、今になって思うと色々と思い当たるコトがあったのよ。メルに会いに行こうとする度に、ケイ様は決まって「今はメルも忙しいみたいだから、行っても会えないと思うわよ?」と言い、自分が行くのを引き留めようとしていた。事情を聞いて、それらのことがようやく合点いった。
それならそれで、早く言ってくれたらよかったのに……と思う。
シャリルはメルが居ると思われる部屋の近くへと辿り着き、息切れする呼吸を少し落ち着かせ整え、窓辺へと一歩一歩慎重に向かった。急に現れて『メルを驚かせよう』、そう思って。それにしてもよくよく考えてみると、ここへ来るのは今日が始めてだった。なんだかとてもドキドキする。
そう思っていると、急に部屋の中から声が聞こえてきた。
「あぁ~神よ……わたくしの何がいけなかったというのでしょう~?
『おぉ……そんなコトはないよ、メル。君は何一つ、悪いコトなんてしていないぞよ』
あぁ~~なんて慈悲深いのでしょう……わたくしの心は今、救われた思いです。神様っ!」
「…………」
メルは、誰と話しているんだろう?? と思い、悪いとは思いながらもシャリルは中を覗き込んで見た。
すると……そこではメルが一人二役の独り芝居をやっていたのだ。
そのことを知り、シャリルは思わず「ぷっ♪」と吹き出し笑ってしまった。『なんだかメルらしい』、そう思って。
「え? あ! シャリル!! わざわざここまで会いに来てくれたの?」
見つかったと思った途端、メルがパッと表情も明るく目を輝かせ、こちらへと走る勢いで直ぐにやって来た。そして窓から半身を出し、そう言ってくれたのだ。
てっきり元気を無くしてやしないだろうか? そう思って心配していたのに、もう拍子抜けするくらいに元気そうなので、シャリルはホッと安心をし、口を開く。
「ええ、そうよ。メル♪ 色々と事情を聞いてね」
ところが、シャリルのその一言を聞いた途端、メルは急に元気を無くし静かになった。そして「……そぅ」と零し、窓辺に背を向け寄り添い俯いている。
「メル……」
事情は色々と聞いて知っている。やはりメルの中ではまだ、心の中で整理がつかず悩んでいたのかも知れない……。
シャリルはそう感じた。だから先ずは、他の話から始め気を紛らわせようと決め、取り敢えずは笑顔を見せて口を開いた。
「それよりも今の、なんていう遊び?」
「え? もしかして、今のアレ??
今のアレは、単なる独り芝居よ。苦しい時、悲しい時、ああやって自分を慰めておかないと心が押し潰され、とても辛くて耐えられそうにないの。だからわたし、そういう時には決まって今みたいに自分で自分のことを慰める様にしているのよ!
するとね、少しだけ元気になれる気がするの。だけどそれは……一時的なモノ、なんだけどねぇ。
シャリルはそういうこと、余りしない人?」
「え? えぇ……わたしは余り、そういうことは……してないかも?」
メルの話を聞いていると、なんだかそうするのが普通の様な言われ方だった。思わず本当に、『そうするのが普通なのだろうか?』とシャリルは思い悩んでしまう。
それにしてもメルは、思っていたよりもやはり元気そうだ。なんだか嬉しくなる。
「それよりもメル、わたし心配していたのよ。でも、思っていたよりも凄く元気そうで良かった♪」
シャリルは笑顔でそう言った。
が、メルからの返答は思ってもみないものだった。
「……そう、見える?」
「え? ぇえ……」
「それがね、そうでもないの……」
「え?」
次の瞬間、メルは両手を組み合わせ、神様にでも祈るかのように言う。
「今も見ていたでしょう? わたしは今、現実逃避していないと耐えられそうにない、辛い、って思えるほどに心が病んでいるのよ、シャリル……」
それから目を静かに閉じ……悲しげな表情を見せ、再び繋げてくる。
「その内、想像上の魔物にわたしの心は食い尽くされ、きっと最後には死んでしまうに違いないんだ! ああぁ~~……」
「そんなことは……ないと思うけど……?」
そんなことを言うメルを、シャリルは困り顔に見つめ、『だって、こんなにも想像豊かで元気そうな病人なんて、これまで見たことないもの』と内心で密かにそう思った。
するとメルは、急にパッと表情を変え、目を輝かせ口を開いてきた。
「だけどね、それはついさっきまでの話!」
それからシャリルを真剣な表情で見つめ、次に笑顔に変わる。
「わたし、シャリルが来てくれただけで、今は全ての悩みから解放された気分なの!
本当に来てくれてありがとう、シャリル!! わたし、本当に嬉しいのよ!」
「……え? あ、うん!!」
シャリルはメルのその言葉とその表情を一身に受けて、頬も真っ赤に染めながら照れくさそうに笑顔を見せた。
それを見つめてメルは、シャリルの両手を取り掴み上げ、シャリルは背伸びし足を壁と窓辺に器用に掛け、窓からメルの居る部屋の中へと入った。それから二人並んでベッドに座り、そこで互いに笑顔を向け合う。
「本当のことを言うとね……わたし、この数日間。ずっとメルと合うことが出来なくて寂しいって感じていたの」
シャリルからのそんな告白を受けて、メルは顔を真っ赤に染めた。
「あ! それは、わたしも一緒!!」
それを聞いて、シャリルは笑顔を見せる。そして口を開いた。
「だったらメル、エレノアさんに謝らない?」
「……」
メルは途端に不機嫌顔に変わり、その件については語りたくないのか俯いていた。
まだ、早かったのかもしれない。でも、
「事情は、ジェシーさんから聞いた。ねぇ、メル? わたしもついて行くから、一緒に謝りに行きましょう?」
「いやよ! だって、シャリルは悔しい・許せない、って思わない? わたし達の大事な友情の証を、断りもなく勝手に食べたのよ! あの四人組が!!
わたしは、そのことが絶対に許せないっ!!」
「……うん。だけどそれについては、誤解があった、ってジェシーさんから聞いたよ?」
「そんなの、信じられない! あ……J・Cの話が、っていう意味じゃなくて。あくまでも、あの三人組やエレノアの言葉が、っていう意味でね!!」
「……メル」
シャリルはそんなメルの様子を見つめため息をつき、仕方なく話題を変えることにした。
「あのね。実はメルに、渡したいと思っていたモノがあった……んだけど」
「え? なに??」
「本よ♪」
「本?! うわぁああー! どんな内容の本??」
「それはね、読んでからのお楽しみ♪ と……言いたいところなんだけど。今日はあいにく、手元に持ってなかったから、特別に少しだけ内容を教えて上げるね!」
「うん、うん♪ 早く教えてよ、シャリル!」
「分かった! その本はね、共和制キルバレスの最高評議会・元老員グランチェ・グーズリー技師っていう、とても偉い方が書いた本で。ここから遠い異国の、それはとても不思議な体験を描いたお話なの」
「不思議……? って、どんな風に不思議なの?」
「うん。本の中ではね、妖精とか精霊とか女神様まで出てくるのよ!」
「女神様……へぇー」
「何よりも驚くのは、その国は本当に存在しているってコトなの!」
それを聞いて、流石のメルもキョトン……としていた。
「あ! その目は……信じていないのね?」
「……信じているわ。というか、正直なコトをいうと信じてみようとは思っているのよ……。
でもね、シャリル。神様とか女神様は、空想や妄想の中にあってこそ価値があるとは思わない? だってさ、『辛い現実に耐えられそうにない』ってなった自分の心を逃がすのに、空想の中の神様はいつだって、このわたしに優しくしてくれる。だけど、それが現実に居るとなると。途端に悲しく思えてしまうのよ……」
シャリルには、そんなことを言うメルの気持ちがよく理解出来ず分からなかった。メルは話しながら自然と元気ない様子で再び沈み、その瞳は暗く、メルらしくもない陰りを見せていた。
シャリルはそんなメルを見つめ、急に心配になり聞いた。
「……どうして、そう思うの? メル……」
「どうして、って……『だったらどうして、今までわたしを放ってばかりいたの?』『今までわたしに辛く当たってばかりいたのは、なぜ??』そんな風にばかり思えてしまうから……。
そりゃあ~、シャリルと出逢えたことについて言えば、ありがたく思ってる。でもね、それ以外ではわたしのことなんかずぅーっと放ってばかりだった!
だから、神様なんて居ない!! 今だってそうよ!
わたしに次から次へと辛い試練ばかり与えているもの! そんな神様なんて、ただイジワルなだけよ。いらないっ!
だからわたし、『神様なんて本当は居ないんだ!』ってそう思う様にしているの……」
メルは俯いたまま、真剣な表情のまま怒ったり悲しそうな表情に変えたりしながら、その拳を強く握りしめ、そして唇を強く噛み締めそう言い切っていた。
その話を聞いたシャリルは、なんだか悲しくなる。メルにはメルの、これまで歩んで来た道がある。それは恐らく、険しく辛い……そしてとても苦しいことばかりの道のりだったのだろう。だけど、だからこそ今の個性的なメルが居て。今の自分と、心の底から分かり合える様になったのだとシャリルには思えていた。そんなシャリル自身も、経験し生きて来た中で、時には辛く耐えがたく。それでも色々な人の助けを受けながら乗り越えて来た、目を覆いたくなるほどの過去があった。だからこそ、そう思える。
シャリルはそんなメルの手を、そっ……と握った。
「だけど……そんなイジワルだっていう神様のお陰で。私は、今ここに居るメルと出逢い知り合うことが出来たの。それだけでは、メルは……不満? まだ満足できない?」
そんなシャリルの言葉を聞いて、メルはびっくりした顔でこちらを見つめ、直ぐに頭をブンブンと左右に振った。
「そんなことはない! わたしも、シャリルと出逢えて『ホントによかった!』って思っているんだから!!」
そんなメルの言葉を聞いて、シャリルは嬉しそうに微笑む。それから再び口を開いた。
「わたしね、こう思うようにしているのよ、メル……。
人生に本当のムダなんて無い、ってね……。辛いコトも、そして苦しいコトも……いつしかそれを肥やしにして花を咲かせる日が、きっとやって来る。そう信じ、思うようにしているとね。不思議と思ってもみない小さな幸せなコトが全てそこから繋がってるんだなぁ、って思えるし。分かる様になってくるのよ。
これはもしかするとね、単なるわたしの思い過ごしなのかもしれない。でもね……メルが言うイジワルな神様は、いま……このわたしの目の前に居るメルに、様々な経験を積ませ学ばせ得させたことで、本当に心根が優しいメルを育んでくれた。そうして、このわたしに与えてくれた奇跡なんだと思っているし、そう信じているの。
だってわたしは、今のメルがとても大好き!
わたしはね、メル……メルの中の、そんなイジワルだっていう神様に感謝したいくらいなのよ」
「……シャリル」
メルは感動も絶頂という様子で、シャリルのことを見つめていた。でも間もなくメルは、そんなシャリルから目を反らし、口を開く。
「だけどわたしは、そんな神様のことが大っ嫌いだし、とても許せない! って、どうしても思えるのよ。シャリル……」
そう納得出来ずに頑固に言い放つメルを、シャリルは悲しげに見つめ、優しくそっと抱きしめながら言った。
「だったら……このわたしの中に居る幸運の神様を、メルにも分けてあげる。それならどう? メル……」
「……」
メルは初め、驚いていたが……間もなくそんなシャリルの手を掴み強く握り、静かに、でも確かな口調で言った。
「わたし……いま、決めたわ!」
「え? なにを??」
「エレノアのことを許す! 今回も、イジワルな神様がこのわたしに与えた試練なんだと思ってね! そうでもしないと、エレノアばかりか……このわたしまでも、この屋敷に居づらくなっちゃうしね?
……そうなると、シャリルともこうして今までみたいにお話出来なくなっちゃうもの。
だから、今回は許すことに決めた!」
「……メル」
どうやら心の底から納得して、エレノアのことを許した様子ではなさそうだったが。それでも結果として、シャリルが望んでいた方に向かってくれたことに対し、シャリルは気持ちほっとする。そうでなければメル自身が言った通り、メルがこの屋敷に居づらくなっていた可能性があったからだ。シャリルには、そのことが何よりも気掛かりだった。そして、自分ばかりではなくメルもまた自分と別れるのを何よりも残念に思っていてくれたことが、シャリルにはとても嬉しく感じられた。
メルのエレノアっていう人に対する誤解は、その内に取り除かれる日もやがてやって来るだろう……と、シャリルは密かにそう思い、そう願って。そんなメルを今はただ……笑顔で見つめておくことに決める。
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