《第3話》

『森の中の宮殿』という名の屋敷(1)

「ン~♪」

 鳥たちの優しい囁き声に気づき、わたしは目を静かに開け、その場で思いっきり背伸びをした。間もなく明るい陽ざしに目を細め、周りを見渡す。


 初めは、ここがどこなのか理解に苦しんだけど。直ぐに、木穴の中だということを思い出せた。

 改めて天井を遠目に眺め見つめると、五メートルくらい先まで穴が続いているのがわかった。これは、人の手によるものではなくて、やはり虫たちから長年に掛けて食べられてしまった結果らしく。木の壁伝えに、小さな木喰い虫たちが移動している姿が確認できる。


 足元も気になって静かに目をやると、やはり当たり前のように色々な種類の虫たちが居て……だけど、それ以上は深く考えないことに決めた。昨晩の悪夢が、今にも蘇るようで恐ろしく思えて……。

 と、その時だった。

 上の方からぱらぱらと木屑が床に落ち、その先にそれとなく目を向けあることに気がつく。


「え? ……まさか…アレって……」

 改めて床の一角を見つめると、この大きな木穴の内側の根元で、外からのわずかな光を浴びて新しい新芽が顔を出していたので驚く。


「あなた……まさか新しく、生まれ変わろうとしているの?」

 わたしはこの木の中で語り掛けるかのように、そう言った。


 そういえば以前に、マーサから聞いたことがある。

 虫たちの糞や屍骸が、木々たちの栄養になるのだと。だから何事も必要で、無駄がないのだと。


「……そっか。君たちはこうやって共生していたんだね…」

 考えてみると、とても不思議なことだった。

 木の若々しい壁側に対しては、まるで虫たちは見向きもせず、天井や木壁の痛んだところに集まりそこばかりを食べている。そして、自分たちはやがて屍骸となり、この木の栄養として吸収され、その一部となるのだろう。更に、木は新たな芽を出し、例え母体となるこの木が枯れようとも、絶えることなく。こうした永遠のサイクルを繋げてゆくのだろう。


 そんな……大人びた結論に至り、わたしは気持ちも満足にリフレッシュして、手荷物を木の穴から外へ生き生きと放り投げ、それから自分も頭から芋虫みたいに外へと出る。


「わたしって、意外にも文学の才能があるのかもしれない♪ それとも案外、研究者の方だったりして……?」


 そう調子に乗り乗りに乗って、舞い上がり見上げる空はすっかりと晴れ渡り、清々しいほどの朝だ。

 すっかりとお腹も空いていたので、朝食のパンとチーズに干し肉を、その木の傍で頂き。水筒の水をそこで綺麗に飲み干し、困り顔にため息をつく。


 出来たらもう少し、飲みたかったな……。


 わたしはそう思い、周りをほぅと見渡した。


「ん?」

 昨日は気づかなかったけど、この木から下った道とは反対側の裏手には、川が流れていた。だけど、普段はきっと綺麗に違いないだろうこの川の水は、昨日降った雨の影響なのか随分と濁っている。水の流れる勢いも早く、とても近づけない様相だった。もしかすると昨晩は、アレからまた雨が降ったのかも知れない。


「……出来たら。顔と泥だらけの体を、ここで洗いたかったんだけどなぁー」

 自分でも分かるくらいに、全身が汚れていた。このまま屋敷へ訪ねるのも気が引けてしまう程に、悲惨過ぎる。


 そこでわたしは決断し、川岸まで気をつけながら歩いて行く。そして穴の開いてない方の靴を片方だけその場で脱ぎ、それを手に持ち、水を掬い取る作戦に出てみた! 


『靴で水を汲んで、その水で顔や体を洗えばいいよね♪』


 と、そう気軽に思ったから。

 ところが、


「――あ!」

 予想を遙かに上回る水の抵抗に合い。あっという間に靴は、水の勢いに飲み込まれ、一気に下流へと流されてしまった。

 しかもそれは、穴の開いていない方の靴……。

 手元に残ったのは、穴の開いた方の靴。


 これは無残過ぎるよぉ~……。


 しばらくぼんやりと目も点の白目で、その流れ行く哀れな靴の様子を見つめていたけれど……間もなく、わたしはため息をつき。呆れた思いで、貴重な人生の哀れみを心に染み入るように感じながら徐に立ち上がる。


 どうやら無謀だったらしい本作戦は、これにて断念中止とし、結果として片足だけ靴がない姿となり果てるに至る。


 はぁ……。


 思わずため息をつき、元いた木までトボトボと向かい、手荷物を抱え持つ。それから改めてため息をついた。


 はぁ~……。


 こういうのも『良い経験だった』と思うしかないのかなぁ~……?


 わたしは呆れ顔につくづくそう思い、でもここは敢えて「よしっ!」と強引に気合を入れ。これから向かう道を再確認しようと思い、地図を袋の中から取り出した……が、それをひらひらと手元から落としてしまう。


 しかも下は運悪く、だった。


 しばらくの間、その水たまりに浮かぶ地図を唖然と見つめたあと。慌てて拾い上げ、その無残な姿を悲しげに見つめた。

 随分と文字が滲んでしまって、分かり難くなってしまったけれど。どうにかこうにか分からないこともない気がしないでもない??


 とにかくわたしは、現在位置を無理やりなほど目を丸くしながら確認して、「うん!」と力強くその場で頷き。三叉路から、右手へと進むことにした。


 昨日到着した時に、しといてよかった……と何気にひっそりと思いながらだったけどね?



 そこからしばらく1時間ほど歩いていると、やがて道沿いの両側に白や赤やピンクの花びらをつけた綺麗でとても見事な木々が整然と並び始めていた。それらの木々が、まるでこのわたしのことを歓迎してくれているかのような気がして、とても嬉しく、いつの間にか笑顔になる。


 やがて前方に大きくて立派な門が見え始め。左右の塀は、地平線ほどにずぅーっと遠くまで繋がっていていたので、思わず呆れ驚いてしまう。

 見ると、そこの入り口である門前に、二人の衛兵が立っているのが分かった。

 きっと、この先にメルキメデス家の御屋敷があるのだろう。

 思っていたよりも早く到着できた。あれからまだ、二時間も歩いていないと思う。


 わたしはゴクリと息を飲み込み、軽く体中の服に付いた泥を振り払う。

 片足だけ靴が無いのは、この際ご愛嬌だと思い込むことにしよう。こればかりは仕方がないもんね?


 わたしは心の中で「よしっ!」と気合いを入れ、その衛兵の元へと、力強く歩み向かった――。



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