『森の中の宮殿』という名の屋敷(2)



「え? スコッティオ様に、お会いしたい?? 君が?」

「はい、そうです。ですからここを通っても、いいですかぁ?」


 二人の衛兵の人は呆れ顔で互いに顔を見合わせ、間もなくわたしに困り顔を向けて来る。


「悪いが、そんな話は聞いていない。お嬢ちゃん、何か紹介状のようなものは持っているのか?」

「あるのなら、早く出しなさい。それ次第では、取り次いであげるから」

「……」


 紹介状?

 わたしそんなの、持ってない。聞いていたのと、何か違うような……?


「そういうものは……持ってませんが、約束ならちゃんとしました! それは確かです。スコッティオさんに伝えて頂ければ、直ぐに分かる筈なので。一度、お伝えしてはいただけませんかぁ?」


 衛兵の人は、再び互いに顔を見合わせ。次に迷惑顔をわたしに向けて来る。

 何だか、凄く嫌な感じ。


「悪いが、紹介状も持たない者を、無闇に取り次ぐ訳にはいかない。規則だからな」

「どうも君は、ここがどういう格式のお屋敷なのかをよく知らない様だから敢えて言うが。例え紹介状があったとしても、おいそれとこの中へ入れる訳にはいかないんだよ。

この意味、分かるね?」

「……」

 そんなことを言われても、意味が分からない。

 わたしは困り顔に肩をすくめ、口を開いた。 


「そう言わずに、お願いします。どうか信じてください!! 本当のことなので!」

「いや。だから、信じるとか信じないとかそういう問題じゃないんだ。聞き分けのない子だな、君は!」

「いいから早く、ここから立ち去りなさい! この際だからハッキリ言うが、そんな姿でここに居られたら迷惑なんだ」


「そ、そんなぁ……」

 わたしは顔面蒼白に、その場で立ち尽くしてしまう。確かに、ボロボロのドロドロに汚れていたから、言ってる意味はわからなくもない。

 でも間もなく、ムカムカとした思いが心の奥底から沸き上がり。気がつけば、涙目に衛兵二人を『キッ!』と睨みつけ、感情の赴くままに口を開いていた。


「わたしは昨日の朝早くから、アルデバルからここまでひたすらに歩いて来たんです。馬車にも乗らず、ですよ! この大変さ、あなた達にわかりますかあっ?!

いいえ、あなた達なんかに分かる筈がない!! 分かってたまるもんですかッ!

しかも昨晩なんか、この近くの大きな木の穴の中で、虫たちと共に夜を過ごしたんです。そういうと……それは、とてもロマンティックなことの様に思われるのかもしれないけど……。とても恐ろしい思いを、そこでわたしは体験したんです! 

朝は……鳥たちの囁き声に起こされて、そりゃあ~……その時ばかりは、幸せを感じはしましたけど。その代わりに、靴がそのあと流されてしまったんです!! 

ホラ、見てくださいよ。片方だけ、靴がないんです! ひどい有様でしょう? それに地図だって、です。もう文字も道も滲んで、役立たずな有様なんですからっ! 靴なんかこんなですよ! 穴が空いてるし、片方がない!

それもこれも、スコッティオさんとの約束があったから。わたしはそれを一途に守って、こうしてやって来たというのに。それなのに、それなのに……。 

それなのにっ!! このまま黙って《立ち去れ》、と言うのですかあー? それってヒドイとは思わないのですか?! あんまりだとは、思わないんですかあー? 

この、人でなしッ!!」


「え……? あの、アルデバルから!?」

「いや、まさかそれはいくらなんでも……はは。流石にそれは、冗談だろう?」

「――じょ?! 本当ですよっ! わたし、ウソなんかついてない! 冗談ごとじゃないのに!!

信じられないというのなら、別にそれでも構いません。もう、いいんです。ふん!」


 わたしは本当に腹を立て、怒った顔をしてそっぽを向いた。

 そんなわたしを衛兵の二人は見つめ、信じられないとばかりに互いに顔を見合わせている。

 でも、言い切ったあとで気付いたけど……考えてみると、これはもう最悪かも?


 はぁ~……。


 でも、もういいや! 信じようが信じまいが、これは本当のことなんだから!


 わたしは抱えていた荷物をグッと力強く握り締め、二人の衛兵を見上げながら、睨んでやった。別に、これで同情を買おうと思って言った訳じゃない。

 誰かに、今のこのわたしの気持ちを吐き出さないと気が狂いそうだったから、言っただけだもの。これで、この二人から嫌われて相手にされなくても、別に構わない。わたしは明日の朝まで、いいえ! 明後日までだって、ずっとここで当てつけに待ち続けてやる!

 このまま大人しく引き下がってたまるもんですかっ。それでもし、スコッティオさんを見かけたら、その場でこう文句を言ってやる!!


 ――バカ、ばかっ、馬鹿って!

 そうでもしなければ、今のわたしの気が済まないから。


 衛兵の二人は不愉快気な表情のわたしを見て、再び顔を見合わせ弱った表情を向けて来る。

「そうは言われたってなぁ~、オレ達だって困るんだよ」

「ンー……つまり、ここの屋敷は……って言っても、この様子だと分からないんだろうなぁ? こりゃ参った…」


「お前たち、どうかしたのか?」


 馬に騎乗した人が、急にわたしの傍まで来たかと思うと、声を掛けて来たのだ。

 わたしはその人の横顔を、驚いた表情で見上げる。

 二十代半ばくらいの、精悍な顔立ちをした男の人だった。思わず……頬が真っ赤に染まってしまう。


「ハッ。これは、ファー・リングス様! 実はこの子が、スコッティオ様にお会いしたいと申しておりまして……」

「スコッティオ……? というと、あの屋敷管理人ハウス・スチュワードのか?」


「はい。その様です」

「へぇー♪ あの堅物のスコッティオに、こんなにも可愛いらしい小さな訪問者か。ははは!! コイツはまた、意外な取り合わせだな~」


 その人は、わたしのことを騎乗したまま手綱を手に顎に指先を当て、意外そうな表情で見下ろしている。わたしはその眼差しに頬を染め見とれたあと泣きそうになり、思わず目を伏せてしまった。


「なんでも、昨日の朝早くにアルデバルを発ち。ここまで歩いて来たそうで……しかも昨晩は、どうもあのの中で寝泊りしたようなんです」

「はあっ?! あの州都から、しかもここまでというのか?? 一晩もかけてかぁ?」


「はい。本人が申すには、そのようなのですが……どうしたものやら苦慮しておりまして…」

「……ふむ。それが本当なら、コイツはまた驚きだな。が、どのみち無闇にここを通す訳にもいかないだろうね。

とにかく、このままこの門から先には決して通さずに置いてくれ。いいな?」


「「――ハッ!」」


 その人は、わたしの方を興味深く再び見つめてきたけれど。わたしは相変わらず目線を余所へ向けていたので、間もなく肩を竦めて見せ、衛兵二人の肩を軽くトン☆と叩き、後ろ手に振り振りしながら門を潜り屋敷の敷地内へと向かい入って行った。

 この二人の衛兵が止めることもなく、敷地内へ入れたということは、恐らくこの屋敷の人だったらしい。あの風格からいって、それなりの地位にある方だったのかも?


「あのぅ~……今のお方は、どなたなのですかぁ?」

 わたしの問いに、衛兵の人たちは困り顔を互いに見せ口を開いた。


「君には関係のないお方だよ。とにかく、このまま黙って立ち去ってくれないか? オレたちが叱られちまうだろう?」

「そもそも、そんな土汚れた姿でよく来られたものだよなぁ~。少なくとも、身なりだけでも綺麗な服装で次回は来るようにしなさい。靴だって片方しか履いてないし……そんな姿では話にもならないよ。

あと、今度来る時には必ず、紹介状もキチンと忘れずに持ってくるんだぞ! いいな?」

「そ、そんな……」


 そうは言われても、あの雨の中をしかもあれだけの距離を歩き続けていたら、どうしたって泥まみれになってしまう。それに、そもそも綺麗な服装なんて、わたし持ってない。そんなの逆立ちしたって無理な話だもの。

 大体、わたしは約束通り歩いて来ただけなのに。がよくないというだけで、その要求は理不尽すぎると思う。それに、外見だけで判断して中身を見ようとしないなんて、愚か者のすることよ! 


 靴については……自業自得なんだけどね?


 わたしは内心でそう思い、困り顔でため息をついたあと。衛兵二人を、再び不愉快顔に見つめ直し、口を開いた。


「取り次いで頂くまでは、ここから一歩たりとも立ち去るつもりなんてありません!

あそこなら邪魔にもならないし、別にいいですよねっ?」


 わたしはそう言うと、返事も待たずに門の右側の壁際にまで歩いて行き。そこへ手荷物を澄まし顔でポトリと置いて、その上にストンと腰を下ろし、頬杖をついて不機嫌顔に座った。


 ここから絶対に、動いてたまるもんですか! ここで明日の朝まででも、待ってやるんだから!

 そう思って。


 初めは呆れ顔にも思案していた衛兵達二人も、しばらくすると諦めたのか? こちらのことなんか、まるで忘れたかの様に澄まし顔で警備業務をこなしている。


 もしかすると、それでわたしが諦めて帰るとでも思っているのかも知れないな? どこかわざとらしい雰囲気があるもんね? でも、そうはいくモンですか!!


 わたしはそう思い、尚更にムキになり。不愉快気に正面を向いて、絶対にそこから動かなかった。



 あれから随分と時間が経った様な気がする……わたしは知らない間に、ウトウトとその場で眠ってしまっていた。そんなわたしの傍に、馬車が唐突に止まり。その馬車の方から、年老いた騎手の人がこのわたしに声を掛けて来る。


「そこの可愛いお嬢さん。どうぞ、この馬車の中へお乗りなさい」

「え? あ……はぃ?」


 わたしは最初意味が分からず、ただただ怪訝な表情を見せ、首を傾げてしまう。そんなわたしに対し、騎手のお爺さんはゆるりと馬車から降り。その豪奢な馬車の扉を開けて、その中へ入るようにと指し示してくる。


「少々狭く、乗り心地は余りよろしくないかもしれませんがなぁ~。どうぞ、この中へお乗りなさい」

「あ……はい!! ――あ、だけど。そのぅ~……わたしは、スコッティオさんに合いにここまで来たので」


「ははは! それならば何も心配はないよ」

 お爺さんはそういうと、屋敷の方を愉快気に指差し「これから、そこへ向かうのでな」と言う。

 わたしはようやくそれで状況を理解し、慌てて馬車の中へと入ろうとしたけど。馬車の中へ片足をトンと乗せたところで、手荷物を忘れていたことに気がつき。「すみません!忘れものが!!」と言って、再び元の場所へと駆け足で走り戻る。

 が、途中にある小石に靴を履いていない方の足指を運悪くぶつけてしまい。わたしは痛みを必至に堪えながら、涙目に手荷物を持ち上げて振り返る。


 ……それにしても、凄いな。


 改めて、その馬車を遠目に眺めそう思い。わたしは少し緊張しながら、夢見心地にゆっくりと乗り込む。

 それは、内装から凄く素敵でとても豪華な馬車だった。


 まさか自分がこんなにも素敵な馬車に乗れるなんて、夢にも思ってなかった。


「足は……大丈夫ですかな?」

「え? ええ……あはは♪ まあ……なんとか?」

 折れてはないと思う……感覚は、ジンジンと痛むくらいちゃんとあるみたいだしね?


「では、出発してもよろしいですかな?」

「あ、はい! どうか、よろしくお願いします!!」

 馬車は、ゆっくりと敷地内へと向かい、走り出した。

 衛兵の二人は、わたしのことをキョトンとした表情で見つめている。わたしはそんな二人に対し、アカンベーをした。対し、二人は驚きと呆れ顔が両方入り混じったような複雑な表情をこのわたしに向けていたけどね。



 しばらく進むと、それまでは疎らに両脇に整然と立ち並んでいた白や赤にピンクの花びらをつけた木々が、驚くくらい所狭しに沢山並び始め、それは驚かされるほど見事なものだった。


「うわあー! 凄いな!! まるでここは、木々の花園のよう!」

 わたしは思わず馬車の窓から身を乗り出し、その木々の素晴らしさに感動をする。


「ハハハ♪ 木々の花園ですか、それは実に面白い初めて耳にする表現で感心しますわ」

 騎手のおじいさんが楽しそうに高笑い、さっきのわたしの言葉に対し、そう言ったのだ。


「この木々は、《姫サリス》という名前でのぅ。かつて、コーデリア国を象徴していた『国木』だったのじゃよ」

「へぇー……」

 コーデリア国は、わたしが生まれるずっと前に、共和制キルバレスと戦い敗れた。その後に起きたカルメシア北部戦線で、わたしのお父さんはキルバレス側の兵士として参戦し、そこで戦死したのだと聞いている。

 同年、北部連合カルメシアは共和制キルバレスとの間に和平協定を結び、戦争は一時的に終結。しかしその六年後、第三次北部戦線が勃発し。北部最大の連合国だったカルメシアは、共和制キルバレスによって平定された。

 わたしの家族は、その戦争を切欠に、壊されたようなモノだ。だからわたしは、戦争なんて大嫌い。


 州都アルデバルをも治めていたコーデリア国の旧・領主様は、多くの領地を失い。今では、《アクト=ファリアナ》という水源豊かな領地に住んでいるのだと聞いている。州都アルデバルから遥か西に、その領地はあると聞いているので、こちらとはまるで正反対の逆の方向になる。

 それにしても……そのコーデリア国の国木だった木を、こんなにも沢山植えているのにはそれなりの意味がある様な気がした。


「もしかしてここは、そのコーデリア旧・王家に仕えていた御方のお屋敷なのですかぁ?」

 わたしが馬車の窓から身を乗り出したままでそう聞くと。お爺さんは一瞬だけ、驚いた表情をこちらへ一旦見せたあと、再び高笑い口を開いた。


「ハハハ♪ まあ、そうですな。といった所かもしれませんなぁ~」


 わたし今、そんなにもおかしなことを聞いてしまったのだろうか? 


「ところで、ワシの名前はカジムと申す。お前さんの名前は?」

「メルです! メル・シャメール」


「ほぅ! こりゃあ~、なかなかに良い名前ですわい」

「ありがとうございます! おじいさんも凄く素敵で、いい名前ですよ♪」

 それを聞いて、おじいさんは再び高笑い、気分も良さそうに馬車を勢いよく走らせた。


 そして間もなく前方に、自分が想像していたよりも遥かに大きくて立派な規模の屋敷が見え始めた。


「うわあー! 凄いな……まるでここのお屋敷は、お城みたい!」

「ハハハ♪ ここはなぁ、パレス=フォレスト。かつては、『森の中の宮殿』と呼ばれていた屋敷なんじゃよ」


「パレス……フォレスト。森の中の……宮殿?」

 なんだかとても、よく分かる気がする。

 この《姫サリス》の道を取り囲むように生い茂る木々は、どこか整然と立ち並んでいて素晴らしい景観に感じさせてくれる。そして、きっとこれは人工の川に思えるほど整備された綺麗な河川と小さく程よい湖は。この屋敷にとてもマッチングしていて、思わず見惚れてしまうほどに見事だった。


「これが……ここでわたしは、これから働けることになるんだ!!」


 メル・シャメールは、その屋敷の方角から吹くさわやかな風を、馬車から身を乗り出したまま清々しくその身に感じ、遠目にも虚ろにそんな感想を思わず零し。今、ここにある幸せを夢見心地に感じていたのである――。

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