第53話 漆黒の殺意

 思えばフリッカは最初から一貫としていた。

 少女時代に憧れた『魔女』に会いたくて気がつけばFBIになっていた――九龍城へ来るまでの車内で彼女はそうピートに語った。

 彼女にとって魔法使いとは、見果てぬ『夢』である。

 それが今、目の前に現れようとしているのだ。

 思い描いてきた『魔女』のイメージは如何ばかりのものだろう。

 フリッカは信じている。自らの『仮説』と魔法使いの気高さを。

 たとえ何人が彼女の説を覆そうとも微動だにしない。

 彼はフリッカの、こういう融通の利かなさは嫌いではなかった――。

「ちょいと弱気になり過ぎてたな」

「え?」

「いや。こっちの話だ」

 ピートはパサついている彼女の赤毛をくしゃりとやった。

「で、わたし考えたんですけど――って、うわぁぁ」

 いつものようにフリッカが何かに、もしくは何もないところで蹴躓いて転びそうになる。あわや顔から地面へとダイブしかけたところを、ピートが前かがみになって支えてやった。

 豊満な彼女の肉体が、重力へと引かれる様子を体感するピート。「何をやってるんだ」といつもの軽口を言おうとした、その鼻先に。

 一瞬、何かが掠めていった。

 それはそのまま彼らの左手側にある廃ビルの壁へと突き刺さり、小さな穴を穿つ。

 淡い月光に照らされて浮かぶ灰色の煙と、微かな火薬の臭い。

「なっ――」

 ピートは全身の毛穴が一気に開いたような感覚に襲われていた。

 脳内ではフルボリュームで警告音が鳴り響いている。

 思考よりも先に身体動いた。

 彼はフリッカを抱いたまま、地面を蹴った。

 次の瞬間、またしても廃ビルの壁に新たな黒点が生まれた。脆くなったコンクリートを削り取り、儚げに地面へと落ちる。

 ピートは彼女の盾となりながら、手近な曲がり角へと飛び込んだ。しかし一秒と遅れずに追撃の弾丸は撃ち込まれ、廃ビルの壁をわずかに砕いていった。

 そう弾丸である。発砲音は一切聞こえないが、明らかに銃撃を受けている。

 ピートは直感に従って危機を回避すると、注意深く物陰から顔を出した。

 弾道から見ても、『敵』は彼らの後方にいたはず。

 薄暗い路地裏が続く、廃ビルの谷間。

 月明かりに照らされて走り去る、白衣の後ろ姿をピートは見た。

「ハザマぁ!」

 物陰から飛び出すとピートは、その後ろ姿に向かって走りだそうとした。

 だが、

「ぴ、ピートさんっ」

 振り向くと腰を抜かしたフリッカが、弱々しそうに彼を呼んだ。

 遠ざかる白衣の背中は、次第に闇へと消えてゆく。

「くっ!」

 ピートはフリッカのもとへと駆け寄った。

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