第52話 女の勘

「とりあえず、ジョンが殺っちまった浮浪者の遺体を何とかしねえとな」

「酔さん……でしたっけ。身元がはっきりしてないから、まだどこかの死体安置所に連れて行かれたままだってオジーさんが……」

「ああ。それで室長の記憶が何とかなるなら安いもんだが……色々と腑に落ちねえ話だな」

 事件の核心に近づきながらも、いまだその輪郭はぼやけたままだ。

 もはや、自らの力が及ぶレベルの話ではないことに気づき始めた二人の表情は冴えない。『廃都』での真実との邂逅は、常識的な捜査の限界をまざまざと思い知らされる結果となった。

「ゲオルクにはどう説明したもんかな……」

 ジョンのこと、『黙示録』による人類のコントロールのこと。

 ピートですら未だその多くを疑っている状態である。フリッカなど『黙示録』による陰謀論や『サクラ』の復活が実証されたと一時的には大興奮だったが、本来の聡明な分析力からピートとはまた違った意味で冷めてしまったようだった。

 暗い顔をしてトボトボと小路を歩いていると、ピートのジャケットから聞き慣れた電子音が鳴った。スマホである。

 着信は確認するまでもない。ゲオルクだ。

 彼とは『廃都』に行っている間、ずっと連絡が取れずにいた。オジーの案内により地上へ戻ってからも、気持ちの整理がつかなかったピートは、自分からはなかなか連絡が取れなかったのである。

「はい。ゲオルクすんません、実は……え? 今ですか? ええと、ハザマの診療所のほう向かってますけど。ええ……分かりました。じゃあそこで合流で」

 通話を終えたピートをフリッカが心配そうに見つめた。

「ゲオルクさん、なんて?」

「いや……特になにも。そのままハザマの診療所で落ち合おうとさ」

 言ってふたりはまた歩き出した。

 道幅の狭い裏路地をただ黙々と。

 廃ビルの谷間。薄明かりに照らされ、近くにあった窓ガラスに映る自分を見た時、ピートはひどく惨めな気持ちになった。

 何ひとつ、救えない。

 あまりにも巨大な敵の影に、正直押し潰されそうだった。

「やっぱりおかしいです。ピートさん」

「あ?」

「『サクラ』さんは、そんなことするひとじゃありません!」

 フリッカは強い口調でそう切り出した。

「そんなこと……てのは『メメント・システム』のリミッターの件か? それとも室長を再起不能にした件?」

「両方です。決着だとか陰謀だとか。あのお爺さんの誇大妄想ですよ」

「おまえが言うか」

「わたしのは魔法使いの性善説を前提とした『仮説』ですもん。実際、アトランティスの大爆発だって彼らのせいじゃなかったじゃないですか」

「その前提が間違ってたらどうすんだよ。魔法使いが性悪すぎて原爆落とされた可能性だってあるだろうが」

「絶対あり得ません」

「なんでだよ!」

「女の勘です!」

 ピートは絶句した。

 あまりにも純粋な目で見返してくるフリッカに対して、言い返す言葉が見つからなかったのである。

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