第50話 パッチワークな世界

「魔法使い殲滅作戦。これを『マンハッタン計画』という。我々人類は、滅ぼそうとした魔法使いによって種としての滅亡を救われたのだ。我々は従わざるを得なかったのだ。『メメント・システム』を無償で世界に普及させることを、そして彼女には干渉しないことを」

「当然の権利だとワシは思っていた。その後も彼女は世界中を飛び回り、献身的に文化の発展に尽力していた。『メメント・システム』の可能性をフルに活用し、自らの自我を保てなくなるのも厭わずに。だが……」

「ワシはある時、気づいた。『メメント・システム』の登場以来、人類の文化的進行速度が明らかに緩やかになっているのを」

「気づかんか、お若いの。この世があまりにもチグハグな進化を辿っているのを」

 ピートはゲオルクの言葉を強烈に思い出していた。

 首筋をカリカリと掻きながら「そういうことか」と呟いた。

「つまり何だ。現代人は『サクラ』によって成長をコントロールされているとでも言うのか? 『メメント・システム』にはリミッターのようなものがあると?」

 双子は満足気に首肯する。

「正確には『サクラ』と、その眷属ともいうべきある組織の手によってだがな」

「『黙示録』という名に聞き覚えはないか?」

 無論、この言葉に反応しないフリッカではない。

「ピートさん! ほら、わたしの言ったぼせおいふばふば」

「悪い。続けてくれ」

 何かを発する前にピートによって拘束されたフリッカ。口元を手で塞がれ、非常に不本意そうである。

「『黙示録』とはワシと同じく『サクラ』から『メメント・システム』の全容を伝えられた数名の科学者と、『マンハッタン計画』に関与した若き高官達からなる団体の名前じゃ。真実を明らかにする気もないくせに『黙示録』とは皮肉が効いている」

「世界は『黙示録』によってコントロールされている。半ば冗談めかして都市伝説と化しているのも彼奴らの手じゃ。世界を自分達の支配下に置き、人知れず歴史を動かしておる。戦争は勿論のこと、個人の生殺与奪すら彼奴らの思うがままじゃ」

「なんてこった……」

 ピートはただでさえ色白な顔面を、蒼白にしている。

 ホログラムディスプレイには、現代を切り取ったあらゆるシーンが登場していた。医療、教育、政治。日常のちょっとした風景から紛争地帯にいたるまで。

 そこにあるすべての生命活動と、それを支える技術文明がありありと映し出される中、コンピュータや通信の成熟度だけがあまりにも異質だった。

「ワシは彼奴らのくびきから人類を解き放つため、自分の専門分野である情報技術を発展させた。来るべき彼奴らとの戦いに向けて、世界中にネットワークを作り上げ自らをそれに一体化させた」

「ここ数年、ワシは『サクラ』の監視を続けた。どういう経緯を辿ったのかは分からんがお若いの、お主の上司のもとで白痴のフリを続けておった」

「フリ?」

 ピートの問いかけにホログラムディスプレイが呼応する。

 画面は、闇夜に浮かび上がる超高層ホテルの一室を映し出した。最上階のワンフロアをぶち抜いたロイヤルスイート。画面側に向けられた大きなガラス張りの壁面以外のアングルはなく、室内は照明が落とされ、ただ月明かりによってのみ一部分が明らかになっている。

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