第48話 霊魂否定論

「魔法使いによる『霊魂否定論』です。これが決定的なキッカケとなって教会との全面対立が始まりました。彼らがアトランティスへと隠遁する何百年も前の話です」

「……爺さん、アンタ一体何者だよ? どう考えたってまともじゃないぜ」

 すると壁際で沈黙を友としていたオジーが身を乗り出した。

 老人の横たわるベッドの脇までやって来て、そっと彼の肩に触れる。

「長老はかつてフォン・ノイマンと呼ばれた西側の天才科学者よ。現存するあらゆるコンピュータ技術の基礎を作ったひと。世界で十人と存在しない、『メメント・システム』のすべてを開発者である『サクラ』から直接伝えられた人物よ」

「『サクラ』だと? 『メメント・システム』をアイツが?」

「そう。アンタ達が探してるあの『サクラ』よ。彼女こそがアトランティスの生き残り。本物の魔法使い……」

「どうして俺達が『サクラ』を追っていることを知っている? それもお前らの『顧客』からの情報か?」

「違うわよ」

 オジーはピートの短絡的思考を鼻で笑うと、どこからか取り出したタバコに火を点けた。くゆらせた紫煙が、けぶる香に溶けてゆく。

「長老はこの部屋にいながら、世界中の情報を知ることが出来るのよ」

「なに?」

「長老の『メメント・システム』は世界中のネットワークと繋がっているの。どんな

ファイアウォールも彼の前では無に等しい。通信の傍受、個人情報の閲覧、各管制機構に忍び込むことだって出来てしまう。そこら中の監視カメラが彼の目も同然よ」

「監視カメラ!」

 ピートは思い出す。空港やベッドタウンの防犯カメラを、そして香港警務処の取調室にあった監視カメラを。そしてすぐに辿り着いた、ある可能性について。

「おい爺さん。きのうの夜だ。俺のアパートの近所にクロウ・ハザマが現れた。周辺の防犯カメラはオシャカだったが、どこかひとつくらいは映ってねえのか?」

「ちょっと待って。クロウが? アンタんとこに行ったの?」

「ああ。物陰から俺のアパートを伺っていやがった。捕まえようと思ったが、すぐに姿を消しちまったよ」

 ピートの前では常におちゃらけていたオジーが、これには複雑な表情を見せた。もしかすると本当にハザマとの繋がりはないのかも――ピートがそんなことを考え始めた時だった。

「ピートさん……」

 ずっと押し黙っていたフリッカがようやく口を開いた。

「やっぱり『サクラ』さんは魔法使いでした!」

 大きく見開いた瞳をキラキラさせ、無駄に大きい胸の前で手を組んで。

「いちいちテンポが遅えんだよ! つか今それどころじゃねえ!」

「でもっ。でもぉ~」

 フリッカの興奮は収まらない。鼻息も荒くピートの胸元に飛び込んだ。

 思案げに、オジーの動きが止まっている。指先から灰がポトリと落ちていった。

「お若いの。単刀直入に言おう」

 白の少女がピートに向けてそう告げた。そして、

「『サクラ』からは手を引け。今日はそれを伝えるためにお主を呼んだ」

 黒の少女があとに続いた。

 室内には部屋中の機械が作動するブウゥンという低い音で満たされている。

 ピート、フリッカと、オジーと。

 ベッドに横たわる老人はもとより、この部屋のすべてが動きを止めている。

 息が詰まるような緊張の中、ただ双子の少女だけが何かを伝えようとしていた。

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