第47話 陰と陽
ピートとフリッカが呆然とする中、オジーは『HELLO』を選んでそっと触れた。
すると部屋を満たしていた光の幕は一瞬にして消え失せ、あたりはもとの静寂さを取り戻していった。
「なに……これ……」
あまりの驚きに身体中から力の抜けたフリッカは、ストンと膝を落とした。ズレた眼鏡をかけ直す余裕もなく、柔らかなカーペットの上へと座り込む。
「まさか……魔法使いの生き残りか……?」
ピートが鋭い視線を老人へと向ける。だが彼は微動だにしない。
オジーは壁を背にしてニヤニヤとした表情を浮かべている。どうやらピートらの反応を伺っているらしかった。
「おい爺さん。これは何かのマヤカシか? 悪いが俺は、こんなペテンにハマるようなアマちゃんじゃないぜ」
一度は雰囲気に呑まれかけたものの、ピートは力強い足取りで一歩前に出た。
老人はやはり無反応だった。その代わり双子の少女らが交互に口を開く。
「さよう。いまのは魔法などではない」
「部屋中に設置したホログラム照射装置から、大気中に漂う香の煙をスクリーンにしてディスプレイを投影しただけのこと」
「難しい技術ではないが、見方によっては魔法に見えんこともないかな?」
白黒白の順番で少女らは言った。
愛らしい容姿にはおよそ似つかわしくない老練とした口調である。
「ガキはさがってな。おい爺さん。こちとらハザマに用があるんだ。かくまってるんならとっとと出せよ」
「言ったでしょ。クロウはいないって。あと言葉に気をつけなさい」
「うるせえ! カマは黙ってろ!」
ピートの激しい口調がオジーを制すと、双子は再び口を開いた。あくまでも表情は変えぬまま、ただ淡々と口元のみを動かすようにして。
「この双子はワシと外界とを繋ぐいわばインターフェース。自律して動いておるように見えるが、遠隔操作でワシが動かしておる」
「ワシの本体はほれ、後ろにおるこの醜い老骨じゃよ」
と、黒い少女が背後にあるベッドを指差した。
「ワシの肉体はすでに朽ちかけておってな。何度か老衰で死にかけたが、大脳機能を移植した『メメント・システム』をインプラントすることで生き長らえておる」
「この双子は生まれた時から脳死状態だった。それを引き取りコピーしたワシの『メメント・システム』を与え、同期させた。つまりワシらは三人に見えるが、実際にはひとりということだな」
「……は?」
それはピートの率直な気持ちを反映させた一言だった。鈴の音のような少女達の声色と、話している内容とがいまいち彼の中で噛み合わない。
すべてが理解の範疇を超え、常識が上滑りしてゆくようだった。
しばらくしてフリッカが眼鏡のズレを直しながら、
「あなたは……人間なんですか……?」
と感情を押し殺すかのような低い声で聞いた。
双子の少女はそろってフリッカの顔を見た。
「肉体の内側にワシの『意思』がある間はそう呼べるだろう」
「魔法使い達は魂など存在しないと言うが、ワシは信じぬ。たとえこの老骨のすべてがデータ化されようとも我が『意思』は死なず」
ピートは立ち上がろうとするフリッカに手を添えてやりながら「何の話だ?」と小声で問いかける。
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