第44話 廃都

「アンダー・クーロン、別名『廃都』。戦時中にイギリス軍が戦略拠点として建造した大型シェルターよ。例の『アトランティスの悲劇』で全世界停戦命令が出された時に放棄されていたのを、革命後の中国から流れ込んだギルドが勝手に住み着いて改装したのが始まりよ」

「幇?」

 フリッカが小首を傾げ、顔にクエスチョンマークを貼り付けた。

「大陸系の秘密結社さ。清朝打倒を掲げて革命を起こしたが敗北した。内部分裂のあと地下に潜ったが、いまとなってはマフィアと区別がつかない連中だよ」

「厳しい意見ね。まあその通りだけど」

「しかしこんな大きな街を地下に作るなんて……」

 フリッカはリュックを背中に背負い直し、改めて『廃都』の巨大さに呆れる。

「彼らはまだ革命を諦めていないからね。表の九龍城を目眩ましにして、地下ではせっせと報復のための力を貯める。それは何世代にも受け継がれる。悲願を達成するその日が来るまでね」

「でも中国って革命が成功したから民主化したんじゃなかったでしたっけ?」

「裏切りがあったんだよ。幇の中にもいくつもの意見や主張があった。その中でも最大の一派が清朝と講和を結び、皇帝による独裁を放棄させるかわりに帝位は残されることになった。負けたほうの幇は逆賊として中国を追われ、どうやらここに行き着いたらしい」

「よくお勉強しているわね。褒めてあげる」

「ヤクザ者に褒められても、うれしかねえや」

「彼らにとっては今も革命は続いているんですね……」

 フリッカは感慨深げに呟いた。

「さ。歴史の授業はオシマイ。行くわよ」

 そう言ってオジーは『廃都』へと続く階段を下り始めた。扉の向こうはもはやランタンなど必要としないくらいの明るさを保っている。

「一体どこに連れて行く気だ? そこにハザマがいるのか?」

「いないわよ。クロウなんて」

「何ぃ!」

「最初からそんなこと誰も言ってないじゃない。アンタが勝手に騒いでただけ」

「ちょ、じゃあ何のために俺らをこんなとこまで」

 ピートはそっとフリッカの前に出る。

 かばうようにして左手をスッと差し出した。

「ゴチャゴチャ言わずに来なさいよ。別にとって食やしないわ。それともビビってんの? 威勢がいいのは案外フェイク?」

「じょ、上等じゃねえか! 行ってやらぁこのカマ野郎!」

「ちょっとピートさんっ」

 猛るピート・サトクリフ。そのあとを小走りに追うフリッカだった。

 彼女はまた転んでしまう前にピートの手を掴んだ。そしてその手は、ただ無言でフリッカの手を握り返してきた――。

 三人は『廃都』を行く。そこはまるでロンドンの古い街並みのようだった。

 余裕を持って取られた道幅に、石やレンガ造りの建物が軒を連ねる。それらはかつて軍事施設として建造されたイギリス軍の忘れ形見だ。『廃都』の至るところに点在し、地下都市の全体像を形作る。

 またその景観に溶けこむようにして中華風の建造物が挿入され、ライトアップされた原色の壁や柱がピート達の目を引いた。

 さらに近代風の建物や、世界各国の様式を取り入れた建物が群雄割拠として建ち並び、さながらミュージアムのようである。

 軍事施設として建造が始まり、その後は秘密結社の隠れ家となった『廃都』は表の九龍城の建物とは比較にならないほどしっかりとした造りがなされていた。

 道行く人々はそのほとんどが脛に傷を持つ者達ばかりだ。

 肩で風を切って歩く強面達だが、皆オジーの顔を見ると頭を下げていった。

「ふん。節操の無ぇ街だな」

 ピートの鼻息は荒い。

 舐められてなるものかとそこら中を睨め回している。

「異文化に寛容的だと言って欲しいものね」

「ケッ」

 やがて三人はロココ調の城を思わせるような、見事な建物の前に立った。密集した繁華街の中に突如として現れた凹型の鋭角なデザインがなされたビルである。

 オジーは迷いのない足取りでエントランスへと向かった。

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