第45話 穴の底

 中庭を貫く長い小路が、本館へと続いている。その両脇をガス灯が等間隔で並んでおり、深い闇の中へと彼らを手招きしているようだった。

 威厳を備えた大きな扉が開かれると、見事な彫刻が施された玄関ホールと赤い絨毯が彼らを迎えた。まさに中世にでも建てられた宮殿の様相である。

 しかしそこに仕える執事やメイドの姿はなく、ただ閑散としていた。

 ピートとフリッカはホール内の雰囲気に圧倒されている。中へと入るなり、足を止めて周囲を見回していた。すると。

「こっちよ。上モノは全部お飾り。行きたいのはこの『下』よ」

「まだ下があんのかよ」

「悪いヤツほど下へ行きたがるのよ」

 けだし名言である。

 赤い絨毯をひたすらまっすぐに歩くと、地下へと続く螺旋階段があった。

 ぐるぐると――。

 一巻きごとに現実から遠のいていくようだった。

 それはまるで『夢』へと落ちてゆくみたいに。

「覚悟はいいかしら?」

 階下へ降り立ったオジーは言った。

 薄暗く細い通路を壁に掛かる燭台の明かりのみに照らされて。

「何の覚悟だ?」

 ピートがそう問い返した。

「『廃都』の最深部に触れる覚悟……後戻りは出来ないわよ」

「こちとら連れてこられただけだ。覚悟もクソもあるかよ」

「フフ……その元気があれば大丈夫そうね」

 オジーが歩みを止めた。

 目の前には古めかしい扉がある。虚飾を廃するような厳格な意匠。そのいぶし銀のドアノブに彼の大きな手が掛かった。

「ようこそ龍の巣へ」

 扉は開かれた。

 まばゆいミラーボールの光が激しく室内を駆け巡り、BGMには官能的なスウィングが流れている。スパイシーな香の匂いと、濃いひと息とで満たされていた。

「うぅ……」

 フリッカはその場から、おもわず目を背ける。

 広いホールは背の低いパーティションに細かく仕切られ、そのひとつひとつにテーブルとソファが備え付けられており、アルコールやタバコなどが散乱していた。

 ソファには頭部を丸ごと覆うヘルメット型の『コード・スキャナー』を装着した男達が裸で寝そべり、その上をやはり裸の女が乱舞する。

「夢精が一番気持ちがいいって話知ってる?」

 オジーがフリッカをからかうようにして言った。

「DDによって『夢』の中では理想の女を抱き、リアルでは生身の女からサービスを受ける。これこそ究極の快楽。肉欲と愛欲を同時に満たすことが出来るのよ。しかも普通のセックスの何倍もの快楽をね」

「おいおい。ここまで来てただの風俗かよ」

 ピートは怒りを通り越して半ば呆れているらしい。

 フリッカの目元を手で覆ってやりながら、ホール内に軽蔑の眼差しを向けた。

「あらぁ。薄い反応ね、つまんない。そちらのお嬢ちゃんはどう? お小遣い稼ぎにアルバイトでもしない? ウチは見た目は関係ないから、誰でも歓迎よ」

「ご、ご遠慮しまふっ」

 軽いパニックとカルチャーショックでフリッカは完全に硬直している。

 ピートの胸元に顔を埋め、懸命に耳をふさいでいた。

「しかしこれは……俺をDD専門の麻薬取締官と知ってて連れてきたのか? 地上に戻ったら一斉摘発モノだぜ」

「無理よ」

「なぜそう言える?」

「司法省のお偉いさんにどれだけ『廃都』の顧客がいると思っているのよ。アンタがいくら報告したところで、すべて妄想だと片付けられるわ」

「ぐ……」

 冷淡に紡がれるオジーの言葉に、ピートは歯噛みした。

「ま、アンタ達に見せたいのはここじゃないけどね」

「なに?」

「ついて来て。会わせたいひとがいるの」

 オジーはピート達をホールのさらに奥へと導いた。

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