第42話 龍の尾

 もうどれくらい歩いただろう。

 ピート達が廃ビルの迷宮に飛び込んでから、かれこれ二十分は経っている。ピートが腕時計のバックライトを点灯させ時刻を確かめると、すでに十八時を回っていた。

 もしかしてと思いスマホも確認するが、やはり圏外になっている。

 それにどちらも照明にするには物足りない。

 マグライトを持つゲオルクと分断されたのが悔やまれた。

「ピートさん……」

「どうした? 怪我でもしたか?」

「いえ、そうじゃなくて。あのひと……オカマさんですよ」

「今かよ!」

 ようやく平静を取り戻したのだろう。いつものフリッカが戻ってきたようだ。

 ピートは内心ホッとしたものの、前をゆくゴツい背中に刺すような視線を送る。

「オジー・オズボーン。光明街のバー『ブラック・サバス』の店主にして……広域犯罪組織『龍尾ドラゴン・テイル』の大幹部のひとり。この九龍の実質的な黒幕ってところか?」

 オジーは取り立てて変わった様子もなく、ただ一言「ご名答」と告げた。

「でも黒幕ってのは心外ね。これでもマスコットキャラを自認してるんだけど」

「ふざけろ。ハザマはどこだ。テメエらが繋がってんのは分かってんだよ」

「やだぁ。あたしとクロウはプラトニックな関係よ」

「そういうことを聞いてるんじゃねえ!」

 どうにも体よくあしらわれている。

 ピートの苛立ちが徐々に募る中、フリッカが恐恐として口を開いた。

「あの……ハザマ、さんと一緒に写真にうつってたひとですよね?」

 弱々しい彼女の一声に、オジーは少しだけ彼らのほうに顔を向けた。

「よく観てるわね。ただの田舎娘じゃないようだわ」

「ハザマさんとは戦場で?」

「そ。いわゆるブラジル紛争の戦友よ。ユーラシア連合――ロマノフ朝が打倒され、イスラム圏すら取り込んだ東側諸国と、連邦政府との代理戦争ね。クロウはブラジル出身で保守派の前線部隊に所属していたわ」

「あなたも南米のひとなんですか?」

「え? 違うわよ」

 オジーは彼女をバカにするでもなく笑った。

「あたしは外人部隊の傭兵としてクロウの部隊に編入されたの。ちょうどその頃、デカい仕事ヤマを当てたあとで、世界中から狙われてたから」

「や、やま?」

「隠れ蓑にちょうど良かったのよ。外人部隊は過去の経歴も問われないしね」

「ゲオルクさんとこと同じですね」

 フリッカが小声でピートに語りかける。

「紛争が終結してブラジルが永世中立国になったあと、あたしはクロウをこっちの業界に誘ったわ。アイツ……その頃にはもう薬でボロボロだったから、戦場以外ではまともに暮らしていけそうになかったのよ」

 ピートもフリッカも黙ってオジーの話に耳を傾けていた。すると、

「あ、ここから階段くだるから気をつけなさい」

 オジーの言う通り、彼らの足元には突然階段が現れ下へと続いていた。

 そこで転ばないフリッカではない。あと一歩踏み外せば奈落へと落ちてゆく、というところでピートに抱きとめられた。

「こ、こわいぃぃぃ」

「もういい! お前もう歩くな!」

 そう言うとピートは彼女の腕を自分の首にまわし、そのまま抱き上げた。

「ちょ、お姫様だっこじゃないですかっ。ダメですよ恋人同士でもないのにっ」

「どういう価値基準だ。じゃあ、だっこだと思うな。運搬だと思え」

「わ、わたしは荷物じゃありません!」

「荷物じゃなくても、『お荷物』にはなっているだろう。黙って抱かれとけ」

「ふぇ~ん」

 フリッカの抵抗はあえなくついえた。

 その一部始終を見ていたオジーはニヤニヤとしている。

 ピートは居心地の悪そうな顔をして、あえて聞こえるように大きく舌打ちした。

「ケッ! それで慈悲でも恵んだつもりかよ。結局はジャンキーひとり野に放っただけじゃねえか」

「まあね。でもおかしいの。ここ数年はマリファナすら吸ってなかったはずなのに、急にDDなんて始めちゃって」

「何だと?」

「常習じゃ……なかったんですねぇ……」

 ピートが驚きの声を上げ、フリッカがそれに続いた。

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