第35話 爆竹の音
「歓迎……されてませんね」
「当たり前だろ。よそ者には厳しい世界だ。ましてやこんなところまで出張ってくるヤツなんざ、どうせろくなもんじゃねぇ」
「銃は預けて正解だったかもしれんな。そこら中にプロの気配がする。ショルダーホルスターに収めた拳銃など、ジャケットの上からすぐ見破られる」
フリッカの不安げな問いに彼らは口々に答えた。
しかし当然のことながら、それらの言葉は彼女の慰めにはならない。むしろ余計に心配を助長させるだけだった。
「でもピートさん達、よく迷わずに歩けますね。わたしもう帰り道だって分からなくなりましたけど」
フリッカはあたりをキョロキョロと見渡している。
「まあ一度来てるからな。ハザマを追い込むために、この辺の地理はあらかた頭に入れてある。とりあえずお前さんは俺から離れるな。こんなところで迷子になられたら探しようがねえ」
「は、はいっ」
フリッカはピートの腕にしっかりとしがみついた。
「ところで――」
ゲオルクだ。
「最初に向かうのは本当にハザマの診療所でいいのかな? 追われるのが分かっていながら、わざわざ自宅に舞い戻るとは思えんのだが」
するとフリッカは顔を上げて、ゲオルクのほうを見た。
転ばないようにずっと足元を見て歩いていたのだ。
「診療所に行くのは彼を捕まえるためではなくて、プロファイリングのためです」
「プロファイリングというと、現場の状況から使用者の生活習慣や思考を読み解くというアレかね?」
「はい。正確なプロファイリングが出来れば検挙率も上がります。きっと逮捕できますよ、ピートさん」
「頼もしい限りじゃないか。なあピート」
「ええ……まあ」
ピートはきのう読んだメールを思い出していた。フリッカは犯罪分析のエキスパートだ。限られた情報の中から正解を導き出す。彼女が扱った未解決事件の数は尋常ではない。もしかすると本当に彼女の『仮説』は当たっているのか――。
そんな詮ないことを考えながらピートは、自分の腕にしがみついている赤毛のつむじを見下ろしていた。
ハザマの診療所を目指していくつかの路地を曲がる。どんどんディープになっていく九龍城の中心街。次第にいかがわしい店も増えてきて、軒先に得体の知れない動物の干物をぶら下げる店まで出てきた。
どこかで激しい連続音が鳴った。非常に甲高い破裂音だった。
ことある毎にビクビクとしているフリッカの、恐怖心に拍車が掛かる。
「じゅ、銃声ですかっ?」
「爆竹だよ。ほれ。あそこ見てみ」
ピートが顎で指し示す先に、火の着いた火薬筒を天に投じる男がいた。
京劇で着るような時代がかったコスチュームに身を包み、顔もド派手なメイクが施されている。火の着いた導火線は瞬く間に燃え進み、宙を舞う爆竹は激しい閃光と共に耳をつんざく爆発音を生じさせた。
「この辺ではああしてクリスマスを祝うんだ。一説にはイギリスの統治下だった頃、あの爆竹の音に耐えられなくなった役人がここを逃げ出したことが原因で、九龍城の政治的空白状態が始まったとされている。まあ俗説だがね」
「へぇ~。ゲオルクさんは物知りですね」
「そ、それが原因がどうかは知らねえが、香港じゃつい最近まで法的にクリスマスを祝うのを禁じられていたんだっ。だから今じゃド派手な電飾とかしてんだぜっ」
「なに張り合ってんですか」
「別に……」
ピートは子供のように口を尖らせた。
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