第34話 フリッカの意志
「負けたよ、お嬢さん。君の意見にも一理ある」
「ちょっと軍曹!」
「我々の目的はあくまでもハザマの逮捕だ。九龍マフィア相手に全面戦争というわけにもいくまい?」
「そりゃそうですが……」
「いざとなれば我々には体術があるじゃないか。そのためのCQBだろう?」
「SAS(英国陸軍特殊空挺部隊)の近接戦闘術――正直ちょっと苦手なんだけど」
「言い訳は無用。日頃の鍛錬を怠るからだ。ではお嬢さん。自分の銃を預けよう」
ゲオルクはマガジンを抜いた愛銃を、フリッカの手にするリュックへと入れた。
ストンと、銃の重みでリュックの底が膨らんだ。
「わっ。思ったより軽いんですね?」
「弾は抜いてあるからね。それにその銃はポリマーフレームを採用しているから、普通の拳銃よりも重量を抑えられるんだ」
「へぇ~そうなんですね。おもしろ~い。じゃ、ピートさんも」
今度はピートの番だった。まっすぐ見返してくるフリッカの瞳は、黒縁眼鏡を通して彼の揺らいだ胸中を貫いてくる。
トドメにゲオルクが彼の耳元で一言つぶやいた。
「マガジンは抜いておけよ。彼女なら転んだ拍子に暴発なんてことになりかねない」
「ぐぅぅぅ……わかった! わかりましたよ!」
ピートは不服そうな表情でマガジンを抜くと、しぶしぶ銃をリュックへ投じた。
入った瞬間、ガクンとリュックに重力が掛かる。
フリッカはすんでのところでリュックを落とさずに済んだ。
「おいおい。大事に扱えよ」
「ちょ、なんですかこの重さ? ゲオルクさんのと全然違うっ」
「当然だ。コルトのM1911はメタルフレームだ。そいつは軽量化してあるから普通のガバメントよりまだマシだが、余裕で一キロ近くあるから気をつけろよ?」
「先に、言っといて、くれます?」
リュックを背負い直したフリッカだったが、動きがどうにもぎこちない。双肩にはストラップが食い込み、普段は控えめなバストを誇張していた。
それを見たピートは思わずニンマリだったが、対するゲオルクは表情を崩さず。
「では改めて――」
「参りましょうか」
アイコンタクト。
軽く言葉を交わしたふたりは、フリッカを置いて先に歩き出した。
「あ、待って! 待ってくださいよぉ」
慌てて彼女がそのあとに続く。
半壊した壁で構成される細い通路のその先は、およそ数メートル歩いただけで開けてきた。途端に漂う生活臭。降り注ぐ太陽光と下町特有の喧騒と。
はしゃぎ回る子供たちを尻目に、女達は井戸端会議。
くだらない賭け事に一喜一憂する男衆と、それをあおる娼婦に金貸し。
路傍には生きているかも定かではない浮浪者が寝そべっており、野良犬が時折臭いを嗅ぎに来た。
それらすべてが同じ温度を持って背景に溶け込んでいる。
ここが九龍城の入り口。
彼らは非日常の中の日常に、足を踏み入れたのだ。
街はデタラメに入り組んでいた。
メインストリートとなる数本の大通りを除けば、あとはすべて支線である。あちこちに枝分かれした道路の両脇には、圧縮された建造物がそそり立っていた。
戸建ての家屋は一件もなく、ビルともアパートともつかない集合住宅が延々と続いている。普通に住居として使われている部屋もあれば、商売をしている場所もある。
空き家も目立つが、見た目は民家と変わらない。いずれもボロボロだ。
電気や水道も、住人達が好き勝手に引き込んでいるのでまとまりがない。足元には至るところに水道管が露出し、空を見上げればまるで蜘蛛の巣のように電線が張り巡らされていた。
そんなカオスな街を三人は進む。明らかに浮いているのは自覚していた。なにより住人らの排他的な視線が痛い。
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