第22話 取調室にて
[ 2 ]
シン、と静まり返った漆黒の空間にスタンドライトの光だけが煌々と照らされる。
浮かび上がるのはヘイゼルの瞳を持つ、整った顔立ちの若い男だ。
グイッと近づけられた白熱球の眩しさに目を眇め、明らかな不快感を表情で示す。
そして暗闇から激しい口調で詰問が飛んだ。
「吐け! おまえがやったんだろうっ」
セリフの凶暴さとはうらはらな、あまりにも幼い声色である。
「早く吐いて楽になったらどうだ。田舎のお袋さんも泣いてるぞ……」
言ってスタンドライトを傾ける。すると机上に置かれた紙パックの容器が照らし出された。デリバリーの中華料理である。唐揚げとチャーハンともやしのスープと。
「腹空いてんだろ? さあ……好きなだけお食べ」
ピートは相手をするのも面倒臭そうに重い口を開いた。
「なんの真似だ?」
「一度やってみたかったんです!」
喜々としてそう答えるフリッカに対し、ピートは軽くめまいを覚えた。
「なにが『お食べ』だ! 全部俺の奢りだろうが!」
立ち上がったピートが、壁際にあるスイッチを乱暴に押した。
すると天井にある蛍光灯が、数度の明滅を経て室内を明るく照らす。そこは埃臭い小さな部屋だった。ほぼ正方形をした窓も無い間取り。普段は倉庫代わりにでも使われているのか、部屋の隅には段ボール箱が積まれている。
中央には安普請の机が置かれ、フリッカの手荷物もあるせいで狭さに拍車が掛かっていた。さらに天井の一角には小さいながらもモニターカメラが設置されている。
ここは簡易的ではあるが、いわゆる取調室だった。
フリッカとの合流を果たしたピートは、その足で香港島へと舞い戻った。今彼らがいるのは香港警務処。香港における警察組織の長である。
到着するやいなやフリッカは、警務処長と担当部署への挨拶のために早々と建物の奥へ消えていった。子猫と共にエントランスで待ちぼうけを食らっていたピート。彼の前にフリッカが再び現れた時、事務員らしき小男に今いる部屋へと通されたのだ。
数ある部屋の中から、わざわざこの一室をあてがわれるあたりに地元警察のFBIに対する当たりの強さが伺えるようだった。
はっきり言って迷惑がられているのは明白だったが、フリッカにそれを気にする様子はない。無邪気にもデリバリーの中華を頬張っている。
FBIによる広域捜査といえば聞こえはいいが、地元警察からすれば「縄張り」を荒らされるようなものだ。しかも今回の事件はその特異性から、国家規模の圧力が掛かったと見て間違いない。少なくともピートはそう感じていた。
フリッカの話によれば捜査は初動の段階ですべてがストップし、ロブを発見したホテルの一室もすでに引き払われており現場は維持されていない。また関係者への事情聴取すらされておらず、これには彼女も憤慨していた。
「まったく。こんなの怠慢ですよ」
大きな唐揚げをひとつ、口の中へと放り込むとフリッカはそう言った。
するとピートは声を荒げるでもなく、
「バーカ。その逆だよ。やりたくても出来ないんだ」
手にしたフォークを弄びながら、そう口にする。
「どこからの圧力かは分からねえが、この事件の情報をどこにも漏らしたくない人間がいるらしい」
「情報って……ハルフォード室長の件、ですか?」
「ああ。なんでも医者の話じゃメモリーチップからすべての記憶データが消去されているそうだ。これが本当なら完璧と謳われた『メメント・システム』初の脆弱性が確認されたことになるが……」
ピートは一呼吸置いて、フリッカを見る。
「原因がさっぱり分からないらしい」
「そんな……」
「通常ならメモリーチップ内のセキュリティが働いて、記憶の全消去なんて処理は受け付けるはずがない。だが事実それは起こった」
フリッカは固唾を呑んでピートの次の言葉を待っていた。
「そして本来なら俺達の記憶障害を補完するメモリーチップが、神経系の途中に『空っぽ』の状態で存在することで脳機能を遮断しているという話だ」
「じゃあメモリーチップを取り外せば」
「無理なんだと。メモリーチップは生後三ヶ月以内に体内へと埋め込まれ、成長と共に神経路が形成される。それを外科的に取り外すことは不可能だそうだ。やってやれんことはないんだろうが、下手すりゃ死ぬ。運良く生き残っても、重度の障害が残るだろうとさ」
「……絶望的ですね」
「まあな。――だが希望はある」
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