第16話 回想とイヤな汗
ひどい夢を見た――。
間借りしている安アパートのリビングでピート・サトクリフは目を覚ます。
強烈な喉の渇きと、全身を濡らす汗。
そんな不快感が彼を現実世界へと引き戻した。
ここ数日は、毎朝それの繰り返しである。
重い身体をソファから無理やり引き剥がすと、首筋に装着している『コード・スキャナー』のケーブルがダラリと床に垂れた。そして足元にはホルスターに収められた拳銃が無造作に転がっている。
不精にも着替えもせずにソファへ寝転がったのがいけなかった。シャツが透けるほどにかいた寝汗は、なにも暖房の付けっぱなしだけが原因ではないらしい。
乾いた喉を潤そうと、ピートはテーブルに手を伸ばした。
机上にはペットボトルの他に『コード・スキャナー』へと繋がるラップトップが置かれ、そのまわりには数枚のメモリーチップと色とりどりの錠剤が散らばっている。
彼がミネラルウォーターのペットボトルを取ろうとした時だった。
不意に視野に入ったラップトップのディスプレイ、そのタスクに表示された「新着メールあり」というアイコン。迷わずクリックしてメーラーを立ち上げると、送り主は『麻薬取締局』となっていた。どうやら『寝ている』間に届いていたらしい。
慌てて用件を確認すると、そこには先日提出した報告書の返答が記されていた。
『任務ご苦労。報告書は読ませてもらった。非常に信じがたいことではあるが、これらの内容がすべて事実だとするならば大変に由々しき事態である』
という味気ない文章からはじまる局内上層部からの返信は、おもにピートが所属しているDD対策室への苦情と文句で占められていた。
ピートは寝汗で濡れたままの前髪をうしろへと撫でつける。
苦笑まじりにその文面を読み飛ばしていたが、メールの後半に差し掛かったあたりで彼のヘイゼルの瞳は動きを止めた。
『……以上の調査結果からクロウ・ハザマがいまだ香港に潜伏している可能性は高いと思われる。ピート・サトクリフ捜査官には現地での捜査続行を命じる。また本件は状況の特異性からFBIとの合同捜査となった。現地へはウィザーズ・ケース課のフレデリカ・マーキュリー捜査官が派遣されるので、捜査協力をすること』
「FBI? ウィザーズ・ケース?」
ピートは手にしたペットボトルを一気にあおると、口に出して文章を反芻した。
油断をすればすぐに閉じようとする目蓋に抗いながらも、マウス片手にページをスクロールしていく。すると文面はまたもDD対策室への抗議文へと立ち返り、罵詈雑言のオンパレードが続いていた。
そして最後に、
『それでは朗報を期待する。マーキュリー捜査官は明日の十四時の便で香港に到着する予定である。遅れずに合流すること』
と締めくくられていた。
「十四時?」
悪い予感がしてピートは腕時計に視線を移した。すると案の定、時刻はすでに正午を回っている。香港国際空港のあるランタオ島まで、車を飛ばせば一時間と少し。
まだ余裕はあるが、ゆっくりとしていられる状況でもないようだ。
軽いめまいに襲われながらもピートは、しかし確かな足取りでバスルームへと所在を移した。
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