第15話 魔女狩り

 連邦麻薬取締局・DD対策室。それがピートの所属する組織の名称である。

 だが、それをしてピートにはDDに手を染める理由があった。

「ああああああああああああっ!?」

 スマホ片手にピートがしばし放心していると、背後から突然絶叫があがる。

「今度はなんだ!」

 声を荒げたピートが振り向くと、そこには床に這いつくばり「ない! ない!」としきりに口走っているフリッカがいた。

「何探してんだよ?」

「えほん!」

 バタバタと、膝丈スカートの裾がめくれることも何のその。フリッカは目につく物を手当たり次第にひっくり返している。

「オイオイ……あんまり散らかすんじゃ」

 ねえよ、とピートが言うが早いか。

「あったぁ!」

 いつの間にやらベッドの下に潜り込んでいたフリッカが、無駄に大きいと称される胸に一冊の本を抱いてピートの前へと躍り出た。

 絵本である。

 よほど読み込まれているのか、厚手の紙で出来たその本は所々が色あせて角も剥げてきている。また表紙には、長い赤毛の髪に三角帽子をかぶった老婆の姿が描かれており、手には自分の背丈ほどある一本の箒を持っていた。

「魔法使い……」

 ピートの口から不意にその名がこぼれると、足元では例の黒猫が身をすり寄せて甘えに来ていた。

 しかし彼の目に映るのはフリッカでも黒猫でもなく、絵本に描かれた老婆の姿だ。

 魔法使い。

 すべてがそこに始まり、そこへと収束されるのだろうか。

 老婆は何も語らない。まるで自らの手で解き明かしてみせよ、とでも言うように。

「おい、ポンコツ」

 全身ホコリまみれになりながらも、満面の笑みで絵本を抱きしめるフリッカにピートは言った。

「『魔女狩り』のはじまりだ。クロウ・ハザマは必ず俺が捕まえる。ハルフォード室長が元に戻ったら、あとはFBIの好きにしろ」

「……それはわたしの『仮説』を信じてくれるって意味ですか?」

「他にあてが無ぇから付き合ってやるだけの話だ。調子に乗んじゃねえ――」

 ピートはフリッカの肩を押しのけると、ベッドの上にある拳銃を手にとった。

 弾倉マガジンを取り外し、スライドを手動で引けばチャンバー内に残った弾丸が排出される。

 空になった得物を構え、銃口を窓辺へと向ける。その先に浮かぶのはクロウ・ハザマという男の顔だ。香港の魔都・九龍城で闇医者をしていた男である。

 ピートは上司の命令により、一度はこの男の確保に成功していた。容疑は記憶データの違法流通である。

 だがハザマはピートの上司でありDD対策室の室長でもあるロバート・ハルフォードから直接尋問を受けていたところ、忽然と姿を消している。

 現場は、ロバート・ハルフォードが宿泊していたホテルのロイヤルスイート。

 尋問中に人払いを受けていた医療スタッフのひとりが、いつまでも呼び戻されないことを不審に思い、ピートに状況の確認を要請してきたことから事態が発覚した。

 ピートが部屋に駆けつけた時にはすでにハザマの姿は無く。

 あったのはカーペットを濡らしていた大量の血液と、破れた輸血用バッグ。さらには血に染まった一本のアーミーナイフと――。

 ピートは構えた拳銃の銃爪に指をかけた。銃口をぶらさないよう静かに、ゆっくりと絞るように銃爪を引く。

 カチン、と乾いた金属音を伴いハンマーが落ちた。

 まるでそれがスタートの合図だったかのように、ピートの胸裡にはきのうまでの出来事がありありと思い出されていった。

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