第14話 臭うオンナ、どやされるオトコ

 画面には『no signal』とだけ表示された特殊なメディアプレイヤーが立ち上がっており、本体から出たケーブルはそのままピートが頸部に装着しているプラスティック製の器具へと繋がれていた。

「捜査のためとは言っても、あまり度が過ぎるとお身体壊しますよ?」

「……余計なお世話だ」

 さっきまでの剣幕はどこへやら。

 ピートは首に付けた環状の『コード・スキャナー』を取り外すと、ベッドの上へと乱暴に放り投げた。

「そんなことよりもフリッカ。お前さんちょっと臭うぞ。出かける前にシャワーでも浴びておけ」

「じょ、女子になんてこと言うんですか……あれ? そう言えばここ三日ほど……」

 否定しながらも自らの脇の下なぞを嗅ぐフリッカを見つめ、ピートは大きくため息をついた。足元ではいつの間にか彼女から逃れた黒猫が、身をすり寄せている。

 何かがひとつ狂うと、すべてが噛み合わなくなるものだ――。

 ピートはまだ『薬』の効果が抜け切らない頭を抱えた。

 しばらくして室内には、よくある電子音のメロディーが鳴り響く。

 音の出どころは壁にかかったファー付きのフライトジャケットである。ブランド物ではないが、ラム革のいいところを使用した一品だ。その内ポケットから、寒々としたベッドルームの空気を伝ってスマートフォンが鳴っている。

 身長185センチの恵まれた体格であるピートをして、やや片手にあまる大きさのそれを取り出すと、着信画面には『鬼軍曹』の文字が躍っていた。

 それを見たピートは一度、ヘイゼルの瞳を眇めて通話のアイコンをタップするのをためらう。だがいつまでも取らないわけにもいかず、

「……お、おはようございます。ゲオルク」

 神妙な顔つきで電話に出た。

 するとスマホの向こう側では怒号が鳴り響いているらしく、それ見たことかと言わんばかりにピートは受話口から耳を遠ざけた。

「はい、はい……そうすね。もうおはようって時間じゃないっすよね。ええ……」

 などと言い訳がましい口調であいづちを打つと、厳しい視線をベッドの方へと向けた。しかしピートがどやされている原因を作った張本人は、彼がいま反撃できないのをいいことに全力のアカンベーをしている。

 通話口でお説教されること五分。

「はい。じゃあ二時間後に九龍城で。はい、はい。失礼します――」

 ようやく解放されたピートは、通話終了と同時に冷たい汗を拭った。

 緊張の糸が切れると次は、急な倦怠感に襲われる。それが『薬』の影響だということはピートにも分かっていた。

 ドリーミング・ドラッグ――。

 通称DDとも呼ばれる『メメント・システム』を利用した違法行為である。他人の記憶データを自らの体内にあるメモリーチップにインストールし、「夢を見る」という形でそれを追体験するのだ。

 その際に使用される薬物には人体に有害な物質も含まれており、また種類によっては依存性が高いことで知られている。

 DDは時として現実の認識を曖昧なものにする。

 他人の人生に憧れ、自らの存在を危うげなものにしてしまうのだ。

 ゆえに法で取り締まり、違反者は激しく罰せられる。

 だがDDに関する事件はここ数年増加の一途をたどっていた。記憶を売る者、買う者、使う者、そして奪う者。それらすべてが取り締まりの対象である。

 そんなことは誰よりも分かっていた。なぜならピートはそれらを取り締まる側の人間だからだ。

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