第9話娘達にもみくちゃにされる幸せ
巨大な美女4人。タイヨウを巡って押し合いへし合い。
「いいから渡してくださいまし! あなたの下にあっても何の役にも立ちませんわよ!」
「ちょっとだけ貸しなさい! ね!」
「あんた昔、私に金借りたことがあっただろう! その分を返すと思って寄越せ!」
「嫌だ。あんた達怪しすぎる」
「なんですって!」
ライコスが身を挺して庇ってくれるので、豊富な胸がさらに強く顔に押し付けられる。
「ふぐっ。し、幸せー」
人間なら窒息死してしまうかもしれないが、クジラは長時間水中に潜ることができる。この程度の息止めなら問題なく、タイヨウはただ気持ちよかった。
「うぐっ」
しかし、ある時誰かの肘がライコスの顎に深く入る。
ライコスは腕の力を抜いてしまい、その隙にスーコウがタイヨウを引っ張り抜く。
「いよし! あたしのもんだぞ!」
スーコウは歓喜して来た道へ泳ぐ。タイヨウはライコスと同じく胸にしっかり抱きしめた。
「し、幸せー」
次は茶髪美女の胸である。先ほどより小ぶりだが、図体が大きいので巨乳に変わりはない
タイヨウはさらににやけ面になる。4人の押し合いの中で背中の傷が開いていたが、それも気にしなかった。
「お待ちなさい! そいつは私のもの!」
「私のものよ!」
シークゥとシーサは慌ててスーコウを追いかける。タイヨウの重さ分スーコウは遅くなったので、2人はあっさり追いつくことができた。シークゥがまずスーコウの尾ひれに抱きつく。
「ぐっ、邪魔すんな!」
スーコウは体をよじってシークゥを退けようとする。が、かなりガッシリ捕まっており外れない。
その隙にシーサがスーコウの隣に移動し、横からタックルを仕掛ける。
「ふぐっ」
「私のもの!」
シーサは割り込むようにスーコウの懐に入った。そこからスーコウの腕の隙間に己の腕を突っ込み、タイヨウを掴む。
「ふんぬ!」
「させん!」
シーサがタイヨウを引っ張り、スーコウも負けじと応じる。
8m級美女2人の綱引き。さすがにタイヨウもにやけていられなかった。
「あぎゃぎゃぎゃあああああああ! 千切れる千切れる! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 本当に千切れるって!」
タイヨウがいくら叫んでも2人は力を緩める気配がなかった。緩めた途端奪われると思っているからだろう。
しかしそこへ、シークゥとライコスが突っ込んでくる。
「おバカさん達! 殺してしまっては誰のものもありませんわ!」
「苦しんでるだろうが! 離せ欲望の塊!」
「ぐっ」
「ふぎゃあっ!」
シークゥがシーサに、ライコスがスーコウにタックルを決めた。特にライコスにぶつかられたスーコウが勢いよく吹っ飛んだ。
「ぐっ。相変わらず馬鹿力の暴力女が」
「あんた達には言われたくない!」
「痛いじゃない! 何すんのよ!」
「おバカさんにはこれくらいしないと通じませんわ!」
再び睨み合う4人。4人共この攻防でどこかしら傷を負っており、お嬢様の気品などはなくなっていた。
兵士達は皆、呆然と女達のやり取りを見ていた。タイヨウを羨ましく思うこともあったが、それ以上に、男達の憧れであるはずのお嬢様達が乱暴過ぎていろいろと吹っ飛んでしまった。
当のタイヨウも、シークゥとライコスのタックルを契機に”物理的に”吹っ飛んでいた。きれいな放物線を描き、落下を始める。そこで気付く。このままでは大岩に勢いよくぶつかってしまう。
「やばっ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
しかし、岩にぶつかる前に白い壁がぬうと目の前に出てきた。
「ぶほっ」
肉の壁のような感触だった。それに受け止められ、タイヨウは水面へと落下していく。
「はあ、はあ、はあ」
タイヨウは息も絶え絶えに壁を見上げる。その正体は巨大なシャチの獣人だった。
その目を見た瞬間、心臓をつかまれたように苦しくなった。
こいつはヤバい。桁が違いすぎる。
そこ冷えするような鋭い眼光。筋骨隆々の鍛え抜かれた肉体。全身から溢れる闘気。
彼がその気になれば、自分などいつでも殺されてしまうだろう。逃げなくてはならない。従わなくてはならない。彼の気を損ねたら、それで終わりだ。
タイヨウはガチガチ震えながら視線を落とし、チョロチョロと後ろに下がり始めた。視界に入らないようにしようと思った。
「お前達が第二王子の婚約者とやらか」
男が言った。美女達も男の雰囲気を感じ取り、ケンカを辞めていた。そして男の姿を見ると、途端に恭しい態度になった。
「ええ、指令。ワーサー家の長女、シークゥですわ」
「同じくワーサー家の次女、シーサです」
「ティン家の長女、スーコウです」
基地への乱入者である3人は、一様に演技っぽく礼をする。その姿は男達の理想であるお嬢様と一致する。もはや偶像は消え去ったが。
さて、この男は西与那国基地のトップにして桜国西方軍司令を任されているイザ・ナミダであった。全長10mを超えるシャチの獣人であり、その戦闘能力は桜国でも五本の指に入ると言われていた。
「ナーマ王妃から特命を受けた」
イザは抑揚のない声で言った。
「王妃様が!?」
3人の娘に緊張感が増す。王妃を怒らせたら王子との結婚が遠のく。そもそも王妃自体怖い。
「王子の悪い虫が張り付こうとしている。基地に隔離か、それが無理なら処分してくれとな」
イザはまた抑揚のない調子で言った。しかしその意味するものは穏やかではない。
「なっ!」
「お、王妃様が!」
「せっかくここまで来たのに……」
悪い虫とは、王子のおもちゃであるタイヨウのことだろう。王妃の命令なら従わざるを得ない。
しんどい思いをして田舎までやってきて、殴り合いをやって、徒労に終わった。娘達はガックリと肩を落とし、帰っていった。
もっとも、タダで転ぶ娘達ではない。王妃に従うフリをしながら、西与那国基地に目を光らせておき、隙あらば密かに王子のおもちゃを手に入れるつもりだった。
クジラ無双 理想郷の王を目指して 日向扉間 @arare226
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