第8話女達の争い

※一旦書き直していまして、これが第8話になります。


 黄緑の長髪のシークゥ、黄色い短髪のシーサ、茶髪を肩まで伸ばしたスーコウ。第二王子の愛人である3人の美女は、競うように西与那国基地を目指していた。


「私はお散歩をしておりますのよ! 放っておいてくださいませ!」

「それは私の台詞よ! あなた達の顔など見たくないわ!」

「あんた達は西与那国みたいな田舎臭いところは行けないって言ってたじゃないか!」

「シーサこそ部下に行かせるとおっしゃったわ! ライコスに会うのは絶対に嫌だと!」

「ウソは言ってない! 部下に行かせて自分も行くだけだ! ライコスに会うのは嫌だけど会わないとは言ってない!」


 実はこの3人、裁判所の近くでは、西与那国基地に行かないと言っていた。田舎臭いだの、遠すぎるだの、ライコスに会いたくないだのと言って。ところがそれは、ライバルを油断させるための引っ掛けだったのだ。実際は、誰よりも早く王子のおもちゃを手に入れるために、全力で基地向けて泳いでいた。行き先の方向が同じで、出発時もその時の位置もほぼ同じで、遊泳速度までほぼ同じだったので、こうして競り合うことになったのだった。

 なお、三人の言葉に騙され、基地行きを断念した愛人もいた。チャンプールという戦闘能力は高いが頭はいまひとつな娘である。


フィネーゼは第二王子の母である王妃に呼ばれていた。首都ブルーアースにある離宮に行き、王子と共にお叱りを受けていた。

 離宮は人間の城のように煌びやかな装飾で満たされている。が、巨大な海の獣人のために作られているので、構造が異なる。廊下は水路となっており、部屋も海水のプールを備えている。ただし、勉強用に本を置いてある部屋では、水は厳禁となっている。

 王妃達は離宮の最も奥にある懲罰部屋にいた。王子とフィネーゼは共に縄で手足を縛られている。王子は巨大な井戸に入れられ、フィネーゼは中吊り。また、フィネーゼは執事のような黒い水着を着た男に鞭で叩かれていた。

 王妃は王子を一回り大きくしたような巨体だった。水色の長髪に緑の瞳は息子のホゴと同じ。顔も美しいが、肌は全盛期に比べれば張りがない。とかく、王妃にとって全長4mのフィネーゼは手乗りサイズである。攻撃する時に加減を誤れば殺してしまうだろう。こういう理由もあって懲罰は基本的に部下にやらせていた。


「ああっ! 痛っ!」


 フィネーゼの悲鳴が響く。王妃の罵倒が続く。


「その歳で法律大学を卒業して、優秀だと思ったからこの子の世話役を命じたのです! それを、どこの馬の骨とも分からない京国のイルカの弁護のために中断したですって!?」

「も、申し訳ありません」

「何が申し訳ないですか! あまり調子に乗っているとサメの餌にしますよ!」

「お母様! 彼女を責めないでやってください!」

「あなたは黙ってなさい!」

「うっ。す、すみません」


 第二王子は母に弱かった。マザコンの気すらあったのだった。

 王子が一時フィネーゼを庇ったことで、王妃はさらに機嫌を悪くしてしまった。


「サキビ! やってしまいなさい!」

「はっ」

「ぐっ。ああっ」


 鞭の鋭い音とフィネーゼの悲鳴が再び響いた。

 王子は悔しそうに歯を食いしばり、フィネーゼから視線を逸らす。しかし、不意にハッとなった。


「お、お母様! 私は心から反省しました! ここから出してください! 早く修行を始めたいです!」


 必死の顔で懇願した。明らかにフィネーゼを庇うための方便だ。

 しかし、動機がなんであれ、修行する気になったのなら王妃にとっては悪くない。


「ホゴ、その言葉に偽りはないでしょうね?」

「は、はい! もちろんです!」


 王妃は疑わしそうに息子を見つめる。息子は真っ直ぐな瞳でジッとこちらを見ていた。

 怠け癖はあるが、女のためには頑張れる子だ。この表情なら10日は持つはず。


「いいでしょう。縄を解きます。ついてきなさい」

「は、はい! ありがとうございます!」

「フィネーゼは1週間監禁です。しっかり反省なさい」

「はい。申し訳ありません」


 そうして第二王子は解放され、王妃と共に修行場へ向かった。

 王妃を擁護するなら、何が何でも王にならなければ息子の身が危ないのである。この国では強い者が王になるが、新しく王になった者はライバルになる兄弟を殺す傾向にある。女は娶るので、息子が負けても王妃は殺されないかもしれないが、この王妃は息子と心中するつもりでいた。


 その頃、シークゥ、シーサ、スーコウの3人はようやく西与那国基地にたどり着いたのだった。

 全力で泳いだために3人共酷く消費している。美しい顔が台無しになるほど歪んでいた。見張りがいたが、彼女達の地位を証明する首飾りを見ると、そのまま素通りさせた。指令に報告には行ったが。


「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ」

「わ、私が一番……」

「邪魔よ。ど、退きなさい。ぜえ、ぜえ」


 複雑に入り組んだ岩が、巨大な彼女達の行く手を阻む。お互いに押し合いへし合いするので、余計に進めない。

 ふと、痺れを切らしたシークゥが強引に岩を登り始めた。


「めんどくさいですわ! 一気に行きます!」


 シークゥは岩にぶつかりながらもほぼ真っ直ぐ進んでいく。硬化で体の表面を硬くしており、岩の方がボロボロと崩れる程だった。


「ちょっ、変に岩をくずさないでよ!」

「あんた本当に丁寧なのは口だけだよね!」


 スーコウとシーサは不満を言いつつ、シークゥの破壊によって通りやすくなった道を泳いだ。

 やがて基地の中央から、桜国の国家が聞こえてきた。


「あら? 訓練は終わりかしら」

「ちょうどいいタイミングね」

「というか、歌下手すぎるでしょ」


 文句を言いつつも、動きは止めない。やがて兵達が見えてきた。ちょうど解散しているところだった。


 解散が始まってまず、タイヨウは自分に声をかけてくれた美女の下へ向かった。彼女は全長8mもあり、現在は長い赤髪をポニーテールにしている。大きいので人に埋もれることはない。

 タイヨウは人にぶつからないよう注意しつつ、大急ぎで泳ぐ。チンタラしていると不良に目を付けられて、また苛められてしまうかもしれない。

 訓練が終わって皆リラックスしていた。ジグザグに最短コースを進み、狙い通り苛められることなく、赤髪の美女の目の前へたどり着いた。


「ふああーっ。ふう」


 女は大きく腕を伸ばし、深呼吸をしていた。動きに合わせて脇が見える。また、巨大な胸が上下する。タイヨウのみならず、付近の男達は目を奪われた。


「あ、あの! ありがとうございました!」


 タイヨウはそう言って深々と頭を下げた。日本語は通じないだろうが動きの意味は理解してくれると思った。


 瞬間、周りの男から殺気が飛んだ。かなり美女だから狙っている男も多かった。タイヨウが奴隷と同じ身分であり、軍隊の新人であることもいけなかった。

 ま、まずい。出しゃばらない方がよかったか。

 タイヨウの心臓がバクンと跳ねる。ダラダラと汗が流れる。


 しかし、とも思う。ここへ来て、自分にやさしくしてくれたのは彼女だけだ。今の自分は彼女に縋るしかない。このままでは一週間もせずイジメで殺されてしまうだろう。できるだけ早く味方を作りたい。彼女はやさしいだけではなく強そうなので、庇護役に適任である。

 ならば、賭けに出てもいいところだ。今ここで彼女を味方につける。最低でもパシリにしてもらう。買出しでも肩もみでもやってやろう。美女に命令されるならさして辛くもない。


 タイヨウはさらに身を屈め、水中土下座をした。奉公人の気分である。

 赤髪の美女は気だるそうに前髪を上げながら、タイヨウを見下ろした。


「君か。うーん、感謝されてるんだろうなあ。声をかけただけなのに」


 彼女としては、この程度で必死に感謝されても逆に気分が悪かった。自分に取り入りたいのが透けて見えるからだ。しかし、彼女は同情心も持ち合わせていた。

 ま、あれだけイジメられたらねえ。こうなるのも仕方ないか。


「顔を上げなよ。と言っても公用語は分からないだろうけど」


 彼女はタイヨウを安心させるように微笑む。

 少しだけ哀れな新人を助けてあげることにした。面倒ごとは嫌いだが、これだけ悲壮な態度で縋られると、断るのも気が引ける。自分にそう言い聞かせた。


 声の調子は穏やかだった。タイヨウは賭けの成功を祈りつつ、ゆっくりと顔を上げていく。


「さ、こっち来なよ。ここの常識くらいは教えてあげるからさ」


 美女はやさしそうな笑みを浮かべ、タイヨウに手を伸ばしていた。

 やった。これでかつる。

 タイヨウは目の端から涙をこぼし、大喜びで彼女の手をつかんだ。


 その瞬間、周囲の男達がどよめいた。


「汚い手を退けろ! 奴隷の分際で!」

「ぶっころされてえのかてめえ!」


 その剣幕にタイヨウは怯えて縮こまってしまう。

 美女はタイヨウを守るように、彼を自分の胸に隠した。


「大丈夫よ。安心して」


 美女は柔らかい口調でそう言いつつ、男達を軽く睨む。男達はさらに気分を悪くした。


「なっ、ライコス! 相手は下級三等兵だぞ!」

「こんなやつほっておけよ! 下級の相手は下級にやらせろ!」

「別にいいじゃない! 慣れるまでちょっと教えてあげるだけよ!」

「いや、それはお前の仕事じゃない!」


 美女と男達が睨み合う。男達は美女に気があるので、タイヨウを睨みたかったが、すっぽり覆われているのでできなかった。やがて1人、2人と視線を逸らしていく。

 その頃、タイヨウは豊富な胸に包まれていた。びっくりするくらい唐突な幸福である。これまでの肉体のダメージの蓄積もあり、鼻から血がダラダラと垂れた。


「とにかく、さっさとそいつを離せ! 俺が教官の元に連れて行く!」

「でも、私なら大和語も少しは分かるし。この子クジラの獣人だから、仲間って言ってもいいんじゃない? 将来は一等兵になるかもしれないし」

「仲間!? 全然違うだろう!」

「一等兵は無理だ! こんなやつ絶対すぐに死ぬ!」

「なぜそんなやつを庇おうとする! これだけ言われても譲らない理由はなんだ!」


 赤髪の美女、ライコスが思っていたより、男達の追及がうっとうしかった。


「はあ」


 ため息をつくしかなかった。

 どうしてこう、男って図体ばかり大きくて人間が小さいのかしらね。

 2つの意味で失望した。まず、自分に対する独占欲。自分の見た目がいいことは理解しているが、独占欲を前面に出して醜くなるのはやめてもらいたい。もう1つは、この国のルールに盲目的であること。ライコスも身分制があることは理解しているが、誰も身分の違いによって人を見下せとは言っていない。あれは単に、立場ごとに権利を制限しているだけなのだ。人間の大小を測るものではない。

 その時、女のバカでかい声が響いてきた。


「げっ! ライコスですわ!」 

「ちょっ、なんであなたがそいつを捕まえてんのよ! おかしいでしょ!」

「ライコス! またお前が邪魔をするのか!」


 シークゥ、シーサ、スーコウの3人だった。


「いや、こっちの台詞でしょ! なんであんた達ここにいんのよ!」


 ライコスも応じる。

 突然表れた美女達。全員ライコスと同程度の巨体で同程度の美貌を誇る。

 男達はうろたえて、ライコスの糾弾どころではなくなった。


 不意に、シークゥがハッとなった。


「ちょ、ちょっとお待ちになって! あなた達も!」


 シークゥは後ろを振り返り、シーサとスーコウに待ったをかける。


「何よ」

「何だよ」


 シークゥは緊張した面持ちで2人の肩に手を伸ばし、抱き寄せる。

 シークゥは耳打ちするように言った。


「ちょっとお聞き。おそらく彼女、おもちゃのことを何も知らないですわ」

「は? なんでよ」

「あれはどう見ても」

「しっかりお聞き。タイミング的に知らないはずですわ。そして今は、知らなかった場合を想定して動くべきです。その場合、変に情報を漏らしてしまうと、やつが都に帰る口実を与えてしまうかもしれないですわ」

「まあ、そうかもね」

「一応演技しておくわ。ライバルは少ない方がいい」


 それで話し合いは終わる。3人は侮蔑するような表情でライコスを見た。


「おやおやライコスさん。田舎の空気が根付いちゃったのかしら? とうとう下級兵士に欲情してしまったのね」

「ぷふっ。上手いなお前」

「お前は相変わらず男癖が悪いなー。ライコスー」


 憎たらしい言い方だった。ライコスはムッとして3人を睨む。同じように挑発するような笑みを浮かべる。


「あーら。どうしてこの子が下級だと分かったのかしらー?」

「は? 何を」

「何言ってんだこいつ」

「あっ」


 シークゥとシーサはポカンとしたが、スーコウは質問の意図に気付いた。


「この子クジラの獣人よねえ。ふつう中級か上級じゃないかしら? どうして下級と思ったのかしらー?」

「なっ、そ、それは!」

「アホシークゥ! あんたのせいで疑われたじゃないの!」

「このバカ!」

「ぐっ」


 ライコスは笑みを強くする。3人は何か都合の悪い情報を隠している。そしてそれはタイヨウに関係しているようだ。


「もしかして、あなた達がここに来たのはこの子が原因かしらー?」

「なっ! 違っ!」

「なんで下級兵士なんかのために!」

「全然違うぞ! アホ!」


 当たりらしい。そして、3人が自らここへ来たということは、よっぽど重要な人物である。それも、おそらく第二王子に関係している。

 1つ、思い当たる理由がある。この子が王子の弟か隠し子であるというものだ。しかしそれをこの場で言うことはできない。下手したら国に影響が出てしまうからだ。


「と、とにかく! 早くその子を渡しなさい!」

「渡すなら私にしろ! 私が一番家が近い!」

「わ、私が一番金持ってるぞ! 私に渡せ!」

「私が一番胸が大きいですわよ!」


 なぜか、この3人でこの子を取り合っているらしい。隠し子を育てることで、王族に接近できると思っているのだろうか。確かにそうかもしれない。

 しかし、ため息が出た。


「はあ、あんた達相変わらずね」

「あなたに言われたくないですわ!」

「相変わらず股が緩いのはお前だろ!」

「相変わらず貧乏のくせに!」


 実はライコスは、彼女達の幼馴染であり、第二王子の愛人の1人だった。生まれもいいところのお嬢様である。

 しかし彼女は、嫉妬と嫌がらせが渦巻く後宮争いが耐えられなかった。親とケンカをし、王子に散々謝って、なんとか田舎へ逃げてきたのだった。

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