第4話ポンコツ美女が弁護士に! ふつうに敗訴!

 その頃、ルドルフ教授は実験施設に戻ってきていた。岩は入り口の近くだけ壊されて、中が少しだけ見えるようになっていた。

 ルドルフの周りには、彼のスポンサーである桜国第二王子と、その愛人5人がいた。


「どうでしょうホゴ殿下! この遺跡は! おそらく一万年以上前の人体実験施設! それがこれ程の保存状態で残っていた奇跡!」


 ルドルフは小さな体をいっぱいに使って歓喜を表した。いや、ルドルフ自身は全長2m程度の一般的な人魚なのだが、第二王子とその愛人が大きすぎるのだ。特に王子は10mをゆうに超える巨体である。

 水色の髪、緑の瞳、シャチのように前面が白で後面が黒い肌の第二王子は、美しい顔を台無しになるほど緩ませた。


「ぷっ。どうでしょうって? む、むふふっ。すばらしい! すばらしすぎるよ! はなまる!」


 王子は子どものように喜んだ。ルドルフも豊かな褒美を確信して大喜びだ。

 王子はふと、大きな指をルドルフの頭に近づけた。


「ひっ」


 眼前に迫る巨大な指。ルドルフはびっくりして固まってしまう。

 しかし、なんのことはない。王子はルドルフの頭を撫でるだけだった。

 これは王子なりの愛情表現である。気に入った部下には度々やっており、ルドルフも見たことがある。しかし、いざ自分がやられてみると恐かった。王子が力加減を誤ると死んでしまうからだ。


「うふ。うふふふふ。あーっはっはっはっは!」


 王子はルドルフから指を放し、大笑いし始めた。桜国の宝石サンゴと呼ばれる美形の面影はない。

 機嫌がいいこと自体は、部下にとっていいことだ。しかし、今度は声が大きすぎた。ルドルフを筆頭に、愛人達も耳が痛い。目の前で耳をふさぐような真似はできないので、苦笑いで耐える。


「ホ、ホゴ様。おめでとうございます。歴史的大発見ですね」


 愛人の一人が、笑いを止めるために声をかけた。気付いたホゴはハッとして振り向く。顔はまだにやけているが、笑みは女性をうっとりさせるものだった。


「ああ、シークゥ。ありがとう」


 その言葉に、他の愛人がハッとする。出し抜かれてはいけない。


「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「ああ、スーコウ。シーサ。ありがとう」


 王子は愛人達に礼を言い、一人ずつ頭を撫でていく。

 その間、女達は同じように顔を赤くする。が、王子の視線が他所へ行くと、すぐさま変貌する。その視線の先、王子の寵愛を受ける別のライバルを、憎げに睨むのだった。

 抜け駆けは許さない。ルドルフには彼女達の心が透けて見えた。現金で嫉妬深い。見た目と裏腹に心の濁った女達に、ルドルフは苦笑するしかなかった。


 撫で終わったところで、王子がルドルフへ振り向く。


「聞かせてくれないか。中に何があったのか」

「ええ、実は……」


 ルドルフは数時間前にあった語っていった。

 ホタ子を光源に中へ入ったこと。電撃を使って入り口の扉を開けたこと。中は人間にちょうどいいくらいの通路があり、左右に鍵の閉まった部屋があったこと。奥の部屋だけは鍵が開いていて、入るとガラス管がいくつも並べられていたこと。ガラス管の中に人が入っていたこと。その内、1人のクジラの獣人が動き出したこと。王子はとてもうれしそうに話を聞いていた。


「動いた!? 獣人が生きていた!? というより、1万年も前からクジラの獣人はいたのか!?」

「そうかもしれません。大発見です」

「うほほおおおっい! すごいすごいすごい! それで!? そのクジラの獣人はどこにいる!? 早く会わせてくれ!」

「あっ、と……」


 ルドルフは急に言葉を濁す。事実を口にしたらマズい気がした。


「どうした!? ま、まさか死んでしまったのか!? いや、死体でもいいぞ! 会わせてくれ!」


 この反応である。やはり事実を伝えれば怒られるだろう。勢い余って殺されてしまうかもしれない。


「あの、実は……」


 ルドルフは何とか誤魔化す方法を考える。せめて自分に非がなかったという風にもっていきたい


「な、なんだ! 焦らすんじゃない! 焦らすのは女の子だけで十分だ!」

「じ、実は、クジラの獣人は狂っておりまして」

「狂う? 狂っていたのか?」

「は、はい。ですから、あまりにも危険で、我々のような小さい者は逃げるしかなく」

「なんだって!?」


 頼む。怒らないでくれ。許してくれ。

 ルドルフはギュッと目をつぶる。祈るような気持ちで、恐る恐る片目を開ける。

 王子の表情は、悩みだった。目をつぶり、眉間にしわを寄せ、その眉間に指を当てていた。

 これはセーフか!? 俺は賭けに勝ったのか!?

 ルドルフは期待して王子の返答を待つ。


「うーん。困ったなあ。とりあえず確保するとして、それからどこで保護するか。あまり目立つとお母様に怒られちゃうからなあ」


 やはり怒っていない。俺は生き残ったんだ!

 ルドルフは内心で歓喜した。


 ふと、愛人の一人が手を上げた。緑色の髪に碧い目の美女。全長4m程度のイルカの獣人だった。


「あの、ホゴ様」

「なんだいフィネーゼ?」

「弁護士を呼ぶ声が聞こえました。なんでも、クジラの獣人が不法入国で捕まったとか。大和語しか分からないそうなので、私が適任かなと」


 フィネーゼは申し訳なさそうに王子を見た。

 彼女は獣人の中でも特に聴覚に優れていた。それで一人だけ声が聞こえたのだった。


「すみません。行ってきていいですか?」

「こんな時にかい?」

「すみません。ですが」

「まあいいさ。やさしいのは君の美徳だ。愛しているよ」

「あ、ありがとうございます! では!」


 フィネーゼはとある方向へ急いで泳いで行った。残った愛人達は、彼女の後ろ姿にあっかんべをしたり、そのまま死ねと呟いたりした。もちろん王子には分からないようにだ。

 しかし、ふとルドルフは気付いた。


「あれ? 大和語しか喋れないクジラの獣人?」

「どうしたんだい?」

「いえ、その。もしかしたらその捕まった獣人が、遺跡から逃げた彼ではないかと」

「なんだって!?」


 王子は急変する。必死な表情で、その巨大な顔をルドルフに近づける。ルドルフは思わず「ひっ」と息を呑んだ。


「どうしてそう思うんだい?」

「いえ、確か公用語ができたのって、1000年くらい前でしょう? だったら彼に喋れるはずがなく。タイミングを考えましても」

「確かに! これは怪しいぞ! 急いでフィネーゼの後を追う!」


 一行はフィネーゼの元へ泳いで行く。

 しかし、その途中で邪魔が入った。


「ホォゴォオオ! また遊んでんのかアアアア!」

「ひいいっ! お母様ァ!」


 母だった。王子が最も愛し、最も苦手とする人物である。

 母は息子を王にしたいと思っていた。王子の遊び癖は認められるものではなく、皇后の身でありながら度々現場へ出向いて叱っていた。



 ジュウベエと隊長が去り、代わりに強面の中年人魚がやってきた。全長5mくらいある。


「オラ、これでも着てろ」


 強面の人魚は白い布をタイヨウヘ投げつけた。投げると言っても水中なので、スイーっと漂ってタイヨウの下へ来る。

 そのデザインに、タイヨウは愕然とした。

 着ろと言われても、これ、女子のスクール水着みたいなのだが。まだ裸の方がマシじゃないか?

 怒られたくないから、逆らいはしない。なんのイジメなのだろうかと思いつつ、素直に着る。

 強面の人魚は服だけ渡して去った。タイヨウはまた一人になった。


 ジッと待っていると、今度は綺麗な女性がやってきた。第二王子の元にいた女性、フィネーゼである。

 タイヨウはドキリとした。目つきがキリッとしていて、真面目な雰囲気。見つめられるとゾクゾクする。全長は4mくらいで、人間にとっては化け物かもしれないが、今のタイヨウにとっては若いお姉さんに見える。ただ、紺色の服が、これもスクール水着のようなデザインだ。流行っているのだろうか。

 不意打ちで性癖をつついてくるのは止めてもらいたい。

 タイヨウは思った。


「初めまして。ミズノ・タイヨウさんの弁護人をさせていただくことになりました。フィネーゼというものです」


 フィネーゼは日本語を話した。しかも、日本を感じさせる丁寧な態度で。今までこの世界は未開とばかり思っていたので、タイヨウにはうれしい誤算だった。その彼女が日本語を話せて、弁護までしてくれるのだからなお更うれしい。


「おお! これはこれは、ご丁寧に!」


 タイヨウは内心で叫んだ。

 裁判あるんだ! こんな美女に弁護してもらえるんだ! これは勝てる!


「早速、何があったか教えていただけますか? 公判まで1時間しかないので」

「え? ええはい! そうですね!」


 たった一時間なのは残念だ。タイヨウはやはり未開だと思う。証拠集めをする時間はないのに、ジュウベエ達が裁判に勝てると思っているということだから。

 まあ、裁判があるだけマシか。


「実は、気付いたら海の底にいまして。近くにイカ娘が」

「気付いたら海の底におられた? つまり拉致?」

「は、はい! きっとそうです!」


 頷きながら、タイヨウの内心で葛藤があった。

 本当は転生かもしれないが、そう言うよりは現実性があるだろう。だが待て。この世界では転生が当たり前かもしれないぞ。今から言い直しとくか? でもいきなり、ウソつきましたテヘッ、なんて言うのもなあ。

 フィネーゼは続ける。


「なるほど。ではご両親は?」

「え? 両親ですか」


 何が”では”なのだろうか。


「おられますか。おられませんか」


 ウソをつく理由があるようには思えない。タイヨウは素直に答えることにする。


「いません」


 フィネーゼは小さく眉を上げた。何か問題があったのだろうか。


「なるほど。両親がおられないということは、あなたはクジラ系獣人ですので、この国では戦士の扱いになります」

「そ、そうなのですか?」


 戦士と言われても、だから何だと思ってしまう。常識がないとは辛いものだ。


「拉致ではなく、敗北。捕虜ですね」


 フィネーゼは、至極当たり前のように言った。聞き間違えたのかと思った。


「えっ。拉致ではない?」

「はい。強者強権の原理ですから、当然そうなります。ああ、京国の憲法は違うのでしたね」


 フィネーゼは苦笑した。

 強者強権。強い者が強い権利を持つという字面通りの意なのだろう。自然界が弱肉強食であるから、未開なこの国がその理屈で動いていてもおかしくはない。アニメの某戦闘民族を想像すれば分かりやすい。

 タイヨウは全身から力が抜けていくのを感じた。これはダメだ。本当に犯罪者になってしまいそうだ。


「では、こちらで目覚めた以降の話を詳しくお聞かせください。少しでも罪が軽くなるように」

「そ、そうですか」


 少しでも罪が軽くなるように。弁護士らしい発言だが、タイヨウは二の足を踏んでしまう。先ほどの答弁で、自分が発言したことによって追い込まれた気がするからだ。目の前のスク水女に疑いを持ち始めていたこともあった。

 こいつ、本当に俺の罪を軽くする気あんのか?


「どうされました?」

「いえ、私の両親がいると言ってみればどうなるかなあと」

「虚偽はいけませんね。裁判で言えば処刑ですよ」

「ですよねえ」


 やはりだ。真正面からぶつかって罰を受けるように言う。先ほどの彼女の発言から予想すると、孤児ではなかったら拉致扱いにしてくれるようだ。ならば、親がいると誤魔化す方法でも教えてくれたらいいのに。それくらい簡単なはずだ。頭でっかちの無能に見えてきたぞ。

 タイヨウはスク水女の評価を著しく下げた。話は続ける。女はまたタイヨウの発言から揚げ足を取るような真似をした。


「つまり、拉致されたと思って焦ってイカ娘を捕まえたわけです。身の安全を保障するために」

「なるほど。しかしそれは、戦士条項に反しますね。戦士は善良な一般人に危害を加えてはならない」

「は、はあ。しかし、危害を加えたわけではないですよ。一緒に行動してもらっただけでして」

「そうですか。ならば問題ありませんね」


 このような形で会話が続いた。フィネーゼは終始淡々とした雰囲気で、タイヨウを有利にしようとはしなかった。あくまでこの国のルールで公正に裁こうとした。タイヨウは会話の中で己を弁護する必要があった。弁護士相手に弁護するってどうなの。心の中で何度も文句を言った。

 状況の説明が終わると、裁判の説明に切り替わる。裁判長がいて、検察役を警備兵が行って、公判だから誰でも視聴可能で、などなど。


「裁判は公用語のみで行われます。通訳も禁止です。ですが、全て私にお任せください」


 フィネーゼは自身ありげに言った。

 タイヨウは不安だったが、別人を用意しろと言うのも気が引けた。柔軟な弁護士を用意したとしても、目の前のスク水女が両親がいないとバラす可能性もあった。


「私からお金を請求することはありません。持たれてないでしょう?」

「ええ。ですが、タダ働きさせてしまうことに」


 前世日本なら、外国人の弁護は大使館かどこかからお金が出ただろう。しかし、この世界にそんなものがあるとは思えなかった。


「ミズノさんが気になさる必要はありません。私は弁護士です。ミズノさんを弁護するのが仕事ですから、借金などさせて、なお追い込むような真似は致しません」


 フィネーゼは笑顔で言った。善人であることは間違いないらしかった。前世日本の弁護士は金の亡者が多かったから、志で言えば彼女の方が立派かもしれない。


 裁判の話が終わり、時間が約20分余った。

 フィネーゼは楽にしていてくださいと言ったが、タイヨウはこの間にこの世界の常識を聞けるだけ聞いておこうと思った。まずは地理から。


「すみません。ここがどこだか教えてもらえますか? 拉致ですから、どこまで来たかも分からず」

「ええ、構いませんよ。ここは、桜国沖縄島の西南の海岸付近ですね」

「すみません。地図をお願いできますか? できるだけ世界規模のものを」

「地図ですか? うーん。取りに行く時間は無いので、岩を削ることにしましょう」

「岩?」


 フィネーゼは海に潜り、沖へ進んだ。ジッと待っていると、20秒程で戻ってきた。直径1mくらいの球形の岩を右の脇に抱いている。巨体の通りパワフルであった。


「よっこらせっと。私の絵で申し訳ありませんが」


 フィネーゼは不意に、左手を自身の首元へ近づけ、スク水の中に突っ込んだ。その手で、胸をまさぐるようにする。


「うえいっ!?」


 タイヨウは驚いて変な声を出してしまった。唐突なエロである。喜んでいいのか分からない。


「ふう」


 と思っているうちに、フィネーゼは左手を出した。その手に先の尖った石を持っていた。その鋭利な部分を岩に当て、削っていく。こうやって絵を描くらしい。

 岩はなんでもないように削れていく。やはりとてもパワフルである。

 削り始めて間もなく、タイヨウは絵を理解することができた。知っている絵だったからだ。細部が少し違うが。


「ここに京国列島がありますね。ミズノさんが来られたところです」


 フィネーゼはそう言ってとんとんと4つの島の絵を叩く。

 京国列島と呼ばれたものは、日本列島そっくりだった。明らかに北海道、本州、四国、九州に似ている。


「で、ここに大桜島があって、ここに台湾があって、その間くらいのここが沖縄本島です。西南のこの辺りが今いる場所です」


 台湾と沖縄の位置もタイヨウの記憶にあるものとそっくりだった。ただ、大桜島は知らない。位置的に桜島のあたりにあるが、大とついている通り、桜島にしては大きすぎる。九州と同じくらいある。


「桜国ってどの辺りですか? 国境線とかは」


 桜島が関連している気はするが、もう少し厳密に知りたかった。


「え? それはまあ、九州の南、大桜島と沖縄をすっぽり含んで、台湾の東、フィリピンの北、大笠原島の西南全部の海ですね」


 フィネーゼは小笠原列島の辺りに本州並みに大きな島を書いた。小笠原ならぬ大笠原。これも日本にはなかったものだ。また、その島と九州と台湾とフィリピンの間の海を、石でクルクルと差し示した。ここが全て桜国であるらしい。


「大笠原島には日本人が?」

「日本人? まあそうですけど、京国の人間は自分達が日本人だとおっしゃいますよね」

「すみません。よく知らないので、詳しく教えていただけませんか?」

「えっ。知らないのですか? まあ構いませんけど」


 フィネーゼはカタカナで本州に『キョウ』、大笠原島に『オガサワラ』、沖縄に『サクラ』と書き、海にそれぞれの国境線を引いていった。


「まあ、海の境目は厳密ではありませんが、概ね九州より南の海が桜国。大笠原島より東の海が小笠原国。それ以外が京国の領域ですね。もっとも、北海道は数ヶ月前にオリンポス軍に占領されてしまいましたが」

「えっ、占領!?」


 フィネーゼはなんでもないように言ったが、タイヨウには聞き捨てならない言葉だった。


「ご存知ありませんでしたか? 今は8月で、確か5月の初めでしたか。京国軍が北海道から完全に追い出されたのは」


 この世界では日本も戦争に巻き込まれているようである。しかも負けている。

 タイヨウには衝撃的だった。もっとも、この世界の日本に同情する義理はない、とも思うが。


「とかく、一番東にある小笠原国が、一番日の出が早いので、日の本、つまり日本と言われています。あなた方は京国こそが日本だとおっしゃられていますが」

「そ、そうだったんですか」


 気を取り直し、情報収集に集中する。

 小笠原国が日本と名乗っている。そう言えば取調べのチビ人魚が小笠原がどうのこうの言っていたなと思う。理屈的には確かに小笠原が日の本だ。むしろ、京国はどういうつもりで日本を名乗っているのだろう。まさか、前世の世界に引っ張られて日本なんてことはないはずだが。もっとも、タイヨウとしては京国桜国小笠原国全て合わせて日本でいいと思う。分裂主義はやめてもらいたい。

 フィネーゼは不思議そうにタイヨウを見た。


「ひょっとして、ご存知ありませんか? 昔、この三国は同じ国でした。それが日本です」


 ああ、やっぱり日本だったんかい。

 タイヨウは内心で突っ込んだ。


「大和語を使う猿の獣人、人間という言い方もありますが、が三国を支配していました。今も経済的心情的に結びつきが強いので、三国を合わせて大和共栄圏と言う事もあります。もっとも、うちの国王や小笠原国の国王はクジラの獣人ですから、猿の獣人の文化に合わせることを嫌いますがね」


 ここまでの情報を纏めると。

 この世界には日本列島があり、本州、九州、四国、北海道を合わせて京国と呼ばれている。国の代表は人間。だが、3年前にオリンポス軍とやらに攻め込まれ、今年の5月には北海道を奪われてしまった。現在も戦争継続中である。

 この世界では前世日本と少し列島の形が異なる。沖縄の北に、大桜島という九州並みの面積の島がある。この大桜島と沖縄の各島を合わせて、桜国と名乗っている。タイヨウが今いる場所も、この桜国の領海内。国王はクジラの獣人。

 東京の東南へ約200キロ、小笠原諸島に当たる場所に、本州並みに大きな大笠原島がある。それと付近の島を合わせて、小笠原国と名乗っている。こちらも国王はクジラの獣人。

 そして、桜国、京国、小笠原国を合わせて、人間は大和共栄圏と呼んでいる。三国は経済的にも心情的にも結びつきがある。人間は大和語と公用語を話す。他の獣人や人魚は公用語を話す。


 タイヨウはさらに聞いていく。

 この星は地球と呼ばれていて、島や大陸の形は前世と似ている。しかし、類人猿以外の生物が人間並みの知能を獲得していて、中には魔法のような技を使える種族もいる。


「ゲノマーシというとても小さな虫の扱うのですが、ご存知ないですか? 体を鉄のように硬くしたり、火を噴いたり、風を起こしたり」


 タイヨウが思っていたよりファンタジー世界であるようだ。魔法に興味は尽きないが、その前に常識が必要だと考える。タイヨウは次の質問に移る。


「オリンポス軍というのは」

「それもご存じないですか?」

「すみません。遊び呆けていたので」

「はあ。どうやら京国というのは滅ぶべくして滅んでらっしゃるようですね」


 京国の評価を下げてしまったが、説明はしてくれた。オリンポス軍は、人間の土地を奪って回っている”新人類”の軍隊の1つ。世界中で戦争を起こしており、連戦連勝。地上最強の軍隊と言われている。

 高度な知的生命体のうち、前世の人間のような顔を持つ種を一まとめに”人”と呼ぶ。そのうち、哺乳類なら獣人、魚類なら人魚、爬虫類なら竜人、鳥類なら鳥人、植物なら木人、などと呼ばれる。それらに属さない存在を魔人と呼ぶこともあるが、魔人の存在はおとぎ話だという説もある。

 最も早く”人”に至ったのは猿の獣人であり、特別に人間と呼ばれている。かつて世界は人間が支配していたという。しかし、次々と別種の”人”が生まれ、彼等が人間の技術を吸収したことで、人間の天下は終わった。

 新たな”人”は人間の知恵と野生の力によって人間の土地を奪っていく。一説によると、既に大地の70%は新たな”人”の手の内にあるという。現在も、世界はその戦争の真っ只中である。人間は相変わらず劣勢で、新人類の勢力は負ける気配がない。あと10年もすれば、人間は滅ぶのでないかとさえ言われている。

 タイヨウには気分の悪い話だ。しかしフィネーゼは冷めた口調で言った。


「力あるものが土地を手に入れるのは、当然のことだと思います。それが戦いに勝った者の権利でしょう。人間もまた、かつてはそうやって我々の祖先から土地を奪ったのです。反論の余地はありません」


 理屈は通っていた。それでもタイヨウは、人間を贔屓したかった。



 その後、タイヨウは裁判所に連れられた。裁判所と言っても、浅瀬の四方を雑に石で囲っただけだったが。やはり未開だなと思う。海の獣人と人魚の両方に対応できるように、裁判は水面近くで行われた。

 検察側は、参考人に被害者の人魚ホタ子とゼミ仲間が来ていた。ルドルフ教授もいた。第二王子はいないが、その愛人は公聴席に来ていた。結果を王子に報告するためだ。



 タイヨウが連れられてすぐ、裁判が始まった。心の準備などはさせてくれなかった。もっとも、ここの裁判は公用語のみ使用可能であり、通訳まで禁止されているから、タイヨウは何もすることがない。ある意味気楽なものだ。

 言葉は分からないが、見てくれは検察側が押しているように感じた。余裕そうに糾弾しているからだ。フィネーゼが淡々と反論するのみ。

 やはりこの女は無能くさいな。タイヨウはそう思った。

 ふと、ホタ子が発言を始めた。


「お、恐ろしいクジラの獣人! わ、私きっと恨まれてます! 食べられてしまいます! 反省するまで絶対に自由にしないでください! ほ、本っ当に危険なんです! あらゆる抵抗が無駄でした! 力が強すぎるんです!」


 発言の最中、裁判官が笑い始めた。検察や公聴席の人間までだ。失笑や嘲笑と言った笑いだった。

 これは、ホタルイカの人魚への差別のためである。それを知らないタイヨウは、ホタ子がバカなことを言ったんだろうとしか思えなかったが。


 ホタ子は追い込まれたような表情になった。ついにはポロポロと泣き始めた。

 ここまで来ると、タイヨウもおかしいと思い始める。やり過ぎだ。この裁判では俺が容疑者で彼女が被害者のはずなのに。

 はたと、人種差別的なものではないかと思った。フィネーゼと話している時に、彼女も「クジラ系の獣人こそが最も優れた人種です。他の獣人や人魚に優れた種もいますが、総合的にはやはりクジラです」と言っていたのだ。白人黒人アジア人でさえいがみ合い、戦争までしたのだから、生物として種が異なればなお更だろう。激しい差別偏見があってもおかしくはない。


 やや気分を害して、裁判に集中するのを止めた。ゆっくりして、フィネーゼや公聴席の美女を眺めた。

 スク水を着ている美女はフィネーゼのみ。公聴席の美女は、多種多様の飾りをつけており、ビキニのように露出が多かった。顔は、人間の美人より整っているかもしれない。それくらいの美女がちらほらいる。体格は人間より遥かに大きいが、だからこそ豊富な胸が強調されていた。背中から腰にかけての流線も美しい。肌も若々しくていい。

 眺めていると、不意に場が静かになった。皆の視線が裁判長に集まっていた。判決が下される雰囲気だ。


「自称ミズノ・タイヨウを捕虜として扱う。不法入国の罪により戦士資格を剥奪。罰金不払いから兵役5年とする。参考人ホタ子の要求は全て却下。性的、肉体的暴力に関しては無罪とする」


 裁判長が言い終えると、検察が得意げな笑みを浮かべた。ホタ子は泣き崩れた。いや、不意に笑い始めた。


「うふふふふふ。アーッハッハッハッハ! 奴隷ばんざーい! 奴隷ばんざーい! クジラさまばんざーい! 人様ばんざーい! イカなんかに生まれてすみません! はいい! 知恵遅れですう! 泳ぐの遅いですう! 光ったり墨吐いたりして、適当に漂うだけの無能ですう! アーッハッハッハッハ」


 タイヨウに言葉の意味は分からないが、結果が悪すぎて笑うしかなかったのは分かった。裁判官や検察からはまた失笑が漏れていた。

 フィネーゼは、相変わらず淡々とした表情だった。スッと立ち上がり、タイヨウに近づいてきた。


「死力を尽くしました。イカ娘の要求は退けましたが、やはり法律違反はどうにもなりませんでした。戦士資格を剥奪。兵役5年です」

「兵役? 懲役じゃなくて?」


 予想外の言葉に耳を疑った。


「ええ、クジラの獣人ですからね。基本的にそれ以外の懲役はないです」

「そ、そうですか」


 この世界では常識らしい。


「前線に出されるまで準備期間が3ヶ月あります。頑張って強くなってください。応援してます」

「そ、そうですか」


 3ヶ月の猶予はありがたい。しかし3ヶ月で何ができるのかとも思う。

 タイヨウは呆然としてしまった。戦争が当たり前の世界で、兵役を課される。悪い予感しかしなかった。

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