第3話いきなり逮捕される
クジラとしての生。優雅に海を泳ぎ、魚を食べ、糞を垂れ流し、寝る。成長したら子孫を残す。それだけ。
タイヨウは、お化けには学校も仕事もない、という歌があったのを思い出す。クジラもそうだろう。というより人間以外たいていそうだ。皆ニートだ。あえて付け加えるなら、クジラは自然界のトップだから、外敵もいない。死ぬまで悠々と暮らせる。
しかし、タイヨウは人間の喜びを知っている。アニメ、マンガ、ゲーム、音楽、スポーツ、映画、公園でのんびり、彼女といちゃいちゃ、などなど。それらをクジラでは味わえない。少なくとも海から出て人間と交流しない限りは。彼女については、メスクジラがいるかもしれない。クジラの獣人もだ。しかし、タイヨウの心は人間の女の子を欲している。あのお尻、胸、太もも、背中のバランスがいいのだ。
しかし、この体で交わったら、死んでしまうかもしれない。それ以前に化け物呼ばわりされるだろう。
「はあ」
ため息をつく。今でさえ全長3mくらいあるが、今後伸びそうな予感がする。本能が自分は子ども、いや赤子だと言っている。母親がいなくて寂しい、乳が欲しいと言っている。先に小魚も食べても、特に問題はなかったが。
考え過ぎて少し疲れた。少し頭を休めることにする。時間はたっぷりあるのだから、気楽に行けばいい。
「ふっふふっふーん。ふーんふふん。ふっふっふっふっふん。ヴォンヴォンヴォン」
タイヨウは歌い出した。南国の鮮やかな海に気楽な歌を合わせると、リゾートにでも来たような気分になる。
そうだ。人生楽しんだ者勝ちじゃないか。
タイヨウは笑みを作った。好きな歌を次々と口ずさんで行った。
その後、約2時間歌い続けた。腹が減ったら小魚を食べ、便は出したい時に出した。
不意に、不快な金属音が聞こえた。カンカンカンカンと鳴り続ける。徐々に音が近づいてくる。
なんだろう?
野次馬根性が刺激される。どうせ暇だから、近づくことにする。気のいい人魚がいたら、遊び仲間になってもらおう。かわいい人魚がいたら、是非お近づきに。なんて考えながら。
いよいよ音が近づいたところで、眼を凝らす。
音の方に、大勢の人魚が見えた。全員男だ。半分くらいは、人ではありえない巨大な体躯を持つ。4m付近の者が多いが、一番大きいのは10m近くある。
全員、何故か竹槍や雑な鉄板で武装していた。タイヨウには間抜けに感じる。音の原因は、人魚の一部がドラムのようなものを叩いているからだった。
しかし、全員がタイヨウを睨んでいる。嫌な予感がした。
もしかして、この世界の警察じゃないか? イカ娘が通報した? セクハラで捕まる? ヤバい?
「大人しく縄につけ! 抵抗しなければ殺しはしない!」
不意に、全長5mくらいの男が言った。陣形の真ん中に位置し、武装も一番まともな鉄槍である。隊長のようだ。
トグロに彼の言葉は理解できなかったが、怒っていることは分かった。慌てて次にどうするかを考える。
警察だとしたら、大人しく捕まった方がいいかもしれない。だが、異世界の警察はどうなのだろうか。未開な武装を鑑みるに、中世レベルの危険思想でもおかしくはない。捕まえられて、そのまま処刑もありえる。それか奴隷行きだ。
ダ、ダメだ。もう耐え切れん。逃げる。
タイヨウは背を向けて逃げ出した。
「あっ! 逃げるな! 止まれ! 不法入国は第二級犯罪! 逃げれば懲役だぞ!」
人魚の声がさらに苛烈になった。タイヨウはさらに恐怖を感じ、全力で逃げて行く。
しかし、声は近づいてくる。向こうの方が速いようだ。さらに、前からもカンカンカン、と金属音が聞こえてきた。
四面楚歌。絶体絶命。
追い込まれたタイヨウは、目をつぶって叫んだ。
「お助け! お助けおおおおおお!」
タイヨウが選んだのは降参だ。彼等には言葉が通じないだろうから、両手も挙げておく。それも異世界の常識では降参の意味ではないかもしれないが。
「観念したか! だが遅いぞ! 何故一度で従わなかった!」
人魚達は激しくタイヨウを恫喝する。恫喝しながら周りを囲り、タイヨウに竹やりを向ける。その状態でジワリとにじりよっていく。
タイヨウにはとても恐ろしかった。周りのどこを見ても、人魚が自分を殺さんばかりに睨んでいる。まるで猛獣に囲まれているようだ。未開な竹やりも、野蛮を連想して恐怖を煽られる。
隊長だろう男がタイヨウに近づき、鉄の槍をのど元に近づけた。
「応えろ! 貴様どこの者だ!」
言わなければ殺す。そんな殺気が込められていた。
しかし、タイヨウには言葉の意味が分からない。
「すみません! 日本語しか分かりません!」
タイヨウは縋るような気持ちで叫んだ。目の端からつーと涙がこぼれた。
「なんだって? おい! もう一度言え!」
隊長だろう男は首をひねり、もう一度槍を突きつけた。
「に、日本語しか分かりません!」
「んん? 今何と言ったか」
不意に、全長約2mの人魚が隊長だろう男に近づいた。
「隊長! こいつ大和語しゃべってますよ!」
「何!?」
この全長2mの男には、タイヨウの言葉が分かったのだった。
しかし、2人の会話はこの世界の公用語で行われた。よってタイヨウには、2mの男が隊長だろう男に告げ口をしているように思えた。
告げ口はやめてくれ。俺を揺すっても何も出ないぞ。
「ジュウベエは大和語いけるんだったか。こいつは何と言ってるんだ?」
実はジュウベエはサケの人魚だった。幼少期は川の上流域で過ごし、大和語を使う人間に囲まれて育ったため、理解することができた。
「大和語以外はしゃべれないと言っています。しかも大和語のことを日本語と言っています」
「なんだって!? 今の時世に公用語が話せない!?」
隊長が叫ぶ。タイヨウにはやはりジュウベエが隊長に告げ口しているように見えた。
うわああ。やっぱり告げ口かよお。隊長めっちゃ叫んでるじゃん。やめてくれよお。
オラァ! チビ! 何余計なことしやがっとんじゃい!
「はい。そのようです」
「こいつは怪しいな。逮捕だ。とにかく逮捕。それからじっくり取り調べてやらないとな」
「はい。そうですね」
隊長はジュウベエとの話を終えた。槍をタイヨウに向けたまま、部下に指示を出す。言われた部下は、縄を取り出した。
また、ジュウベエが「おい貴様!」と言ってタイヨウの注意を引いた。
まさか、日本語分かるのか?
タイヨウは地獄に仏が現れたような気分になった。ところがジュウベエの表情はどう見ても仏ではなかった。タイヨウを見下すように、余裕そうな笑みを浮かべている。
「お前、大人しくジッとしていろ。妙な動きを見せたら殺すからな」
やはり、日本語が話せるようだ。顔はムカつくが、タイヨウはひとまずホッとした。
「に、日本語お分かりになるのですね」
「分かるが、日本語と言うな。大和語と言え」
「は、はあ」
言われた通りに大人しくしていると、縄を持った人魚がやってきた。別の、5m近い人魚も近づいてきて、タイヨウの手足を拘束する。酷く強引で、痛い。その間に、縄を持つ人魚がタイヨウの手と足を縛っていった。こちらも酷くきつく締め付けられており、痛かった。血行が悪くなるだろうな。タイヨウは思った。
「オラッ! ついてこい」
そう言ってジュウベエに背中を蹴られた。あまり痛くないが、腹が立った。悪いことをしたわけではないので、何故ここまで邪険に扱われるのか。自分より弱いだろうチビが、仲間の影で偉そうにしやがって。
内心憎しみが溜まっていたが、大人しく従った。周りの大きな人魚が恐かったからだ。
しばらく進むと、大きめの島が見えてきた。島の周囲にはサンゴ礁がいっぱいに広がっていて、とても綺麗だった。舟もちらほら浮かんでいた。木でできた原始的な帆船が多かった。オールで漕ぐ小型舟や、アシカが綱で引っ張っている小型船もあった。養殖の生簀のようなものも、あちこちに見えた。人間と人魚が生簀の周りに集まり、網やモリを使って魚や海草を獲っていた。
さすがは異世界。おもしろいな。
タイヨウは景色に見入ってしまって、一瞬自身の境遇を忘れるほどだった。
やがてタイヨウは、砂浜の海岸まで来た。錆の目立つの鉄の牢がいくつかあった。
「オラ! 入れ!」
タイヨウはジュウベエに背中を蹴られ、牢に入れられた。直後、カチッと鍵のかかった音がする。
ジュウベエと隊長は牢の外で悪そうな笑みを浮かべていた。それ以外の人魚はいなかった。実はタイヨウが景色に見入っている内に、決められた位置に戻ったのだった。
「名前は?」
ふと、ジュウベエが尋ねた。
「水野太陽です」
特にウソをつく理由は思い当たらず、タイヨウは正直に答えた。
「国籍、年齢を言え」
「国籍は、……」
ここは、迷った。この世界に日本があるとは限らない。存在しない国名を口にしたら怪しまれるだろう。しかし、1つだけ、存在していそうな国の単語に覚えがあった。
「おら、さっさと言え」
「や、大和です」
タイヨウは恐る恐る言う。
大和語とか言っていたし、大和って国があるはずだろう。タイヨウはそう思った。
「ああん? 大和だあ?」
ところが、ジュウベエは酷く不機嫌になってしまった。タイヨウの心臓がバクンと跳ねる。
これは、なさそうだな。日本と言うべきだったか。それか無国籍か。
「バーカ。大和なんて国はねえよ。舐めてんのかオラァ!」
ジュウベエは叫び、鉄の柵を掴んで揺らした。
それがさらにタイヨウの緊張感を煽る。や、やっぱりなかったか。ヤバいよヤバいよ。めっちゃ怒ってるよ。
「に、日本です」
祈るような気持ちで、ぼそりと言った。
「チッ」
ジュウベエは舌打ちする。
それはどういう意味の舌打ち? タイヨウは困惑してしまう。
「小笠原か?」
しかし、ジュウベエはさらに困惑するようなことを言った。
急に小笠原と言われても、何が何やら。
タイヨウが悩んでいると、ジュウベエは不遜な笑みを浮かべた。
「ふん。言えないってことは、京人か。小笠原と自分達を同一視しようとしても無駄だぞ。明確に国が違うんだよ劣等人が」
表情と言葉遣いからして、タイヨウを蔑んでいるらしかった。
しかし、京人と言われてもタイヨウは知らない。何わけの分からんこと言ってバカにしてくれちゃってんの。タイヨウは心の中で叫んだ。
「何にせよ。不法入国であることには変わらん。罰金6万アクア硬貨。払えないなら懲役だ」
ア、アクア硬貨? 何それ。払えるはずがないじゃん。
また心の中で叫んだ。しかし、洒落では終わらない。
払えないから、おそらく懲役である。いきなりである。気付いたらクジラ人間になっていて、水中で殺されかけて、ちょっと泳いでいたら犯罪者扱いである。
何それ! この世界終わってんじゃねえの!
タイヨウはまた心の中で叫んだ。
「払えないんだな。まあ素っ裸の変質者だしな。ついでにセクハラと猥褻物陳列罪もあるからな。その分懲役は伸びるぞ。覚悟しておけ」
「は、はあ」
タイヨウは苦い顔で相槌を打った。努めて大人しくしたが、内心は憎しみが滾っていた。
何が覚悟しておけだ。バカ野朗が。こっちも裁判で言いたいこと言わせてもらうぞ! ……裁判あるよね?
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