いきなり奴隷兵
第2話人間との初接触でやらかす
ガラス管の中のタイヨウは、胸を大きく上下させる。
「すうううう。ふうううう」
久しぶりに息をした感じがした。心地いい。どれくらい眠っていたのだろうか。
薄っすらと目を開ける。暗い。まだ夜明け前だろうか。しかし、眩しい何かが近くにある。
「きゃああああ!」
「逃げろ逃げろ逃げろ!」
「生きてる! あいつ生きてるーっ!」
他に人がいくらかいるようだ。10人弱だろうか。彼等の言葉は日本語ではなく、タイヨウに意味は分からない。が、焦っているのは伝わってきた。
何か問題があるのだろうか。そもそも、何故自分の寝室に見知らぬ外国人が集まっているのだろうか。
タイヨウ自身も焦りが出てくる。周囲をうかがう。そこで、不意に気付いた。自分が、水中にいることに。
「ぶほっ」
焦って水を飲んでしまった。苦しい。
何故自分は水の中にいるのか。目覚めてすぐに深呼吸したような気がするが、どういうことか。
考えながら、タイヨウは自分の体に異常がないか探す。すぐさまいくつも見つかった。
まず、自分は裸である。肌が、とても白くなっている。白だけならいいが、緑の光沢まである。エメラルドグリーンというやつだろうか。偽者の宝石のようにぼんやりと輝いている。問題は肌だけではない。体がとても大きくなっているように感じる。力がみなぎってくる。大きさの変化だけでもない。お尻の後ろに、大きな尻尾のようなものがある。手を見てみると、指と指の間に水かきのようなものがついている。
ふと、部屋が暗くなった。原因はすぐに思い当たる。あの光っている何かが、部屋から出たからだ。
様々な疑念は残る。しかし暗い水中で取り残されたら死しかない。
タイヨウは光源を追いかけることにする。しかし、前に進もうとしたところで透明な壁に阻まれた。
なんだ今の。ガラスみたいな音がして阻まれた。あっ、ガラスがある。
タイヨウは、自身の周りをガラスが覆っていることに気付いた。いや、自身だけではない。部屋一面に、巨大な円柱形のガラス管がたくさん見える。ここは、沈んだ船の中の実験室だろうか。
わけが分からないが、とにかく空気が欲しい。ガラス管から出て、光源を追って、外に出たい。
一先ず、目の前のガラスに全力でタックルをしかけることにする。狭い管の中を最大に使う。背中を側面につけ、手足もつける。タイミングを見計らい、手、足、尻尾で押しながら飛び出す。頭の前で両手をクロスさせ、タックル。
ガラス管はとても硬かった。しかし、管の底がガコっと鳴ると、透明の壁が傾き始めた。
壊れたのか?
タイヨウはガラス管の底を見る。地面とガラス管との間に、隙間ができていた。
ガラス管は分厚くて硬かったが、ガラス管を土台に引っ付ける部分が弱かったようだ。ボルトが外れたのだろうか。
とかく、これで透明な壁から脱出できる。タイヨウはガラス管を下からくぐり、外に出る。
もちろん、まだ終わりではない。光源目指して泳ぎ、地上への道を見つけ、そこまで泳がなければならない。
タイヨウは自身の息がまだ続いていることを不思議に思った。しかも、いくらか余裕がある。既に、特殊な訓練を積んだ人間でなければ窒息する程の時間活動しているはずなのに。
悩んでも始まらないので、考えながら泳ぐ。しかし、また驚かされた。
「うおっ」
手の1かき、足の1けりでとても進むのだ。水かきのおかげか、水を掴んでいるような感覚もある。また、体がとても力強い。楽に水を押し込み、グイグイと前へ進むことができる。尻尾も泳ぎに役立つ。尻尾というより尾ひれのようだ。
どういうことだ? 俺は人間のはずだが。
悩みは尽きないが、うれしい誤算である。見る見るうちに、光っている何かに近づいていく。もうすぐ外に出られるはずだ。光源を持っているのは先ほどの外国人で、彼等は出口を知っているはずだから。
「きゃああああ! きたあああ!」
「早く! つっかえてんだ! 早く!」
タイヨウが近づくと、外国人はまた騒がしくなった。嫌がっているようだ。それ以上におかしな点に、タイヨウは気付いた。
あの光ってるやつ、イカじゃね?
全身ほぼ透明。足が何本もある。しかし、イカが喋っているように思える。イカなのに上半身は人間の形をしている。コスプレなのだろうか。なぜ沈没船の中でコスプレをしていたのだろうか。金持ちのお洒落な趣味なのだろうか。
他の人間達も、尾ひれのようなものをつけていた。まるで人魚だ。やはり、コスプレなのだろう。着ぐるみの中に、酸素ボンベを隠しているかもしれない。叫んでも息が続くのは、そのためだろう。
「逃げろ! 逃げろ!」
「た、たしゅけてー! 私もー!」
「イカは泳ぐのが遅すぎる。残念だが」
「お前の死は無駄にしない!」
「しぇ、しぇんせーっ! うわあああーーんっ!」
イカ娘にいよいよ追いつくという時、とても狭い通路に入った。今のタイヨウが大きすぎることもあって、肌が壁にぶつかる。とても動きにくい。
コスプレイヤー達は、通路の奥から外へ出て行っている。イカ娘はいつの間にか光らなくなったが、外からは淡い光が差している。あそこが出口か。
出口はとても狭いらしく、コスプレイヤー達はつっかえて動きを鈍らせている。特に、イカ人魚のコスプレ娘が遅れている。今、彼女以外のコスプレイヤーは船から出て行った。彼女だけはまだ、1人で悪戦苦闘している。
「こ、こないでえええええ!」
ふと、尻から黒い墨のようなものを出した。タイヨウの視界が黒で覆われる。
コスプレ女が、味な真似をしてくれる。俺を殺す気か。ドッキリでは済まされんぞ。
怒りの全力クロール。壁に手足の肌を削られながら、タイヨウは一気に進んで行く。とうとう、イカ娘に追いついた。
「よく分からんが、お前は人質だ」
「ひ、ひええっ! ぎゃあああ! 食われるうううう!」
タイヨウは手探りでイカ娘をつかみ、出口に突っ込んだ。出口は通路よりなお狭い。壁で肌がガリガリと擦れる。しかし、かゆい程度だ。むしろ壁の方が脆く、壊れて行く。
程なく、壁から出る。周囲を見渡すと、一面に南国の海が広がっていた。
水面までは10m前後。やっと空気を吸える。
タイヨウは娘を抱えたまま水面を目指す。娘の体重などないように、グイグイ進んでいく。
「ぷはあっ」
海面を出て、大きく息を吸う。気持ちいい。さらに吸い、吐く。気分がいい。生き返るようだ。
しかし、日差しが異様に眩しい。ずっと暗い場所にいたからだろうか。眩しすぎて、あまり長くは海上にいられない。
「ぐほおっ。ぶほっ。うほっ」
ふと、イカ娘がむせていることに気付いた。水を飲んでしまったのだろうか。
タイヨウは片手で娘を持ち上げ、はっきりと海から出す。
「うっ。んぐほほおっ。か、かはははあっ」
しかし、その瞬間悪化した。肺に水が詰まっていて、変に動かしたからだろうか。
「カハハハァッ! 水ゥ! 水ゥ!」
娘は叫び、体を激しく揺さぶる。手足を海面に伸ばしているから、海に飛び込もうとしているように思える。
水を飲んだのに、海に入りたいとはどういうことだろうか。自殺志願者だろうか。
怪訝に思いつつも、タイヨウは手を離してみる。
「ぐふうっ。すーー、はあー。すうー、はあー」
水の中に入った女は、なぜか大きく深呼吸した。水を大量に飲んでしまっただろう。
しかし、平気らしい。むしろ、顔色も呼吸も徐々に落ち着いていく。
どういうことだ?
「あっ。ダメダメ! は、早く逃げないと!」
イカ娘は何かつぶやいたと思ったら、タイヨウから逃げ始める。
だが、逃がさない。貴重な人質だ。それに、何故自分を船に閉じ込めたかについて、問いたださなければならない。
「んぎゃあああああ! 放してよ! 私不味いよ! めちゃくちゃ不味い! だから食べないでええええ!」
イカ娘はさらにうるさく叫んだ。しかし、タイヨウは努めて気にしないことにした。他に考えることがあった。
とりあえず海面に出られた。問題は、どうやって島へ辿り着くかだ。
タイヨウは水の上で周囲を探る。近くに島がないかと探す。本当に近い場所にはないが、ぼんやりとならチラホラ見える。
一番近い島で、2キロはあるだろうか。しかし、あそこに行くしかない。周囲に船は見当たらない。助けを呼ぶことはできない。
「平泳ぎで行くか」
体力温存のために、平泳ぎで進むことにする。
娘は放置してもよかった。その方が自分の体力的には楽だろう。コスプレ仲間は何人もいたようだから、放っておいても助けが来るだろうし。
しかし今のタイヨウは、娘の体重や水の抵抗など気にならないほどの力を手に入れていた。だから、人質かつ犯罪の証人になる人物を、陸に連れて行く方がその後が楽だ。
また、このイカ娘はコスプレではなく本当にイカの人魚のようにも思えた。もしそうだとしたら、とんでもない大発見だ。賞金とかそういうやつをもらえるだろう。人魚を飼ってみるのも楽しそうだ。
「嫌ああああ! やめてよおおお! どうせ食べるなら一思いに! じゃなくて食べたらダメえええ! ダメだよお!」
イカ娘は喚き、動き続ける。イカの柔らかさとツルツルした肌でヌルッと逃げる。タイヨウはつい手が滑り、離してしまう。
「いやったああああ!」
「おっと、危ない」
「いやあああああ!」
しかし、すぐさま追いつき、再び確保する。イカ娘は大泣きした。
若干かわいそうだと思ったが、興味が勝った。それに、こいつも自分を酷い目に遭わせた一味かもしれない。
島へと泳ぎながら、イカ娘を細かく調べてみる。全身透明で、血管や内臓が若干透けて見える。完全な透明ではなく、イカのように白く濁っている。肌はベタベタと体液で覆われていて、それが潤滑剤となって握ろうとすると滑る。足は10本ある。が、そのうち2本は人間の手のように器用に動かしている。顔の輪郭はほぼ人間と同じ。頭にイカっぽいとんがり帽子のようなものがついている。耳の位置にはヒレのようなものがある。髪は無い。
全体的な印象として、かわいい女の子に見える。が、人を選ぶだろう。
タイヨウに邪心が芽生えた。彼女は素っ裸で、人間のように膨らんだ寸胴が露わになっている。
人間で言う胸や尻のふくらみは見当たらないが、だいたいこの辺かなという位置は分かる。さりげなく調査してみることにする。
「ぎゃあああああ! そこっ! あっ! ダメ! うわあああああ!」
ふつうにイカの感触だった。やはり乳房とかそういうのはないらしい。
タイヨウにあまり罪悪感は沸かなかった。自分が被害者という意識があった。代わりに、少し残念に思った。
とかく、陸を目指す。
相変わらず体はグイグイ進んだ。ひょっとしたら陸で走るより速い。島があっという間に近づいて行く。
2分と少し程度で、岸に着いてしまった。おかしい。2キロはあったはずなのに。目が悪くなったのだろうか。
島には簡易な船着場のようなものがあり、船も人もちらほらと見えた。タイヨウは少し安心する。海から出て話しかけようと思ったが、自分が裸であることに気付いた。どう説明すればいいだろうか。
裸以前に、肌が緑色で、手に水かきがあり、巨大な尻尾があり、身体自体巨大である。絶対に怪しまれるだろう。自分でも人間ではないように思える。
ふつうに話しかけて大丈夫なのだろうか。ダメだとしたら、自分は、人間ではないことを受け入れなくてはならないのだろうか。
「ああっ! そこの人! 助けっ! クジラ! クジラの獣人!」
イカ娘が島の人間に気付き、何やら叫んだ。その声に近くの漁師が反応した。
人間は焦りや怒りの表情になった。タイヨウを憎げに睨む。
マズいことになった。どうしよう。どうすればいい?
「ま、待て! 俺は悪い人間じゃない!」
タイヨウは上半身を海面から出し、その漁師に話しかけた。怒られる前に事情を説明するつもりだった。漁師の顔は日本人のようだから、日本語が通じるかもしれないと期待しながら。
「や、やーたーやが! なんでクジラの獣人が大和語しゃべるんさー!」
「ク、クジラの獣人?」
日本語は通じた。方言が沖縄のようだったが、ひとまず安心する。
しかし、いきなり妙な言葉を聞いた。クジラの獣人。そして大和語。
「違うんか? まあなんだっていいさー! 早くその子を放せ!」
「えっ、でも」
タイヨウは驚いてしまった。目の前にイカ娘と喋る化け物がいて、この程度の反応。貴重な人魚を簡単に手放していいのだろうか。ここではふつうなのだろうか。
「く、やはり余所者か。お、おまえらああ! 敵襲だあああああ! クジラの獣人が襲ってきたぞおおおおお!」
「え、ええええええ!」
タイヨウはさらに驚いてしまう。人魚を手放せと言われたかと思ったら、自分が敵襲扱いされてしまった。そして、再びクジラの獣人という言葉。受け入れなくてはならないのだろうか。
漁師がモリを手に集まってくる。非常に危険な予感がする。殺し合いも、ありえる感じなのだろうか。
俺、ここ10年はケンカもしてない一般人なんだけど。
「ちょ、ちょっとタイム!」
タイヨウはそう言って海に潜る。口惜しいと思いつつ、イカ娘を手放す。
その後、急いで沖へと逃げた。
タイヨウが100m程沖に出ても、港は騒がしかった。槍や剣やを持った人間が集まり、タイヨウを睨み付けた。驚くことに、猫耳や犬耳のついた人間もいた。
ここまでされたらタイヨウも察してしまう。ここはファンタジー世界であり、自身はクジラの獣人になってしまって、人間から危険視されているのだ。
タイヨウは呆然としながら島を離れていった。途中、小腹が空いたのでその辺の小魚の群れを吸い込んで食べた。本能の赴くままに咀嚼し、飲み込んだ。おいしいと感じてしまった。
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