Last Chapter

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 オールセルの海にたゆたう緑光が天に昇る。その光は最後の抵抗を見せるフォートレスと紫光へと集い、全てを覆った。


 断末魔のような軋んだ音を響かせてフォートレスの巨体が捻れ、緑光の向こう側へと消える――。

 空を見上げるオールセルの人々は、光の向こうで交錯する緑光の稲妻と、稲妻によって切り裂かれる紫光を見た。

 瞬間。フォートレスを包む緑光は一斉に拡散。別次元へと飲み込まれたフォートレスは紫光と共に姿を消す。そして、まるで傷ついたオールセルの海と大地を癒すかのように、緑光はゆっくりと、穏やかに大地に降り注いでいった。


  ◆     ◆     ◆


「終わったか――」


 崩壊した会場。

 焼け焦げ、火薬と硫黄の臭いが立ちこめるその中央。翡翠色の長髪をなびかせたベリルが呟く。その姿は僅かに煤を浴びているものの無傷。逆に、彼の足元に転がる人影――全身に切り傷を負い、なぜか黒焦げとなって白煙を上げるミストフロア。


「誓いを果たしたな――。ならば、退こう」


 ベリルはなびく髪をそのままに、まるで雪のように降り注ぐ緑光の粒子を見、呟く。そしてその手に持ったクロスボウを腰のホルスターに収めると、足下のミストフロアに目線を移す。だが、倒れたミストフロアはピクリとも動かない。出血はそれほどでもないが、全身の火傷によってショック死でもしたのだろうか。

 しかしベリルは、ミストフロアのその様子に溜息をつき、彼に向かって手をさしのべる――。


「――行くぞ」

「……ギャハ!」


 うつぶせになったままのミストフロアから笑い声が上がる。彼はそのままごろりと寝返りを打つと、炎によってチリチリのパーマとなった髪を弄りながら、ぎざぎざの歯を見せて満面の笑みを浮かべた。


「アー、イテェー! 誰かさんにボコボコにされたせいで、歩けませーん!」

「……急げ。演者は撤退。ブラックもすでに脱出したようだ。歩けないというのなら、置いていく」

「ハッ! お優しいことで」


 ミストフロアは差し出されたベリルの手を掴み、うめき声と共に立ち上がる。そして側で焼け焦げ、穴だらけになったジャケットを掴むと、会場を後にするベリルの後を追った。


「なあ――お前、アイツじゃあのガキに勝てねーってわかってたんじゃねーか?」


 ちらとベリルを見上げながミストフロアが口を開く、崩壊した薄暗い通路。二人の足音だけがただ響く。


「あのガキは、お前にとっての保険だった。豚や俺――アイツが動いたときに止めさせるためのな」


 ベリルは無言。ただ瓦礫だらけの暗闇の中、二人は歩き続ける。


「なあ。なんでそんなことしてんだ? ムカツクもんは全部壊しちまえばいいじゃねーか。それがお前の復讐なんだろ? テメーでテメーの首締めてどうすンだ?」


 暗闇の先、光の漏れる出口が見える。無言を通すベリルが、僅かに速度を緩める。


「――お前には関係のないことだ。もしもう一度俺に刃を向けるなら、次はお前も殺す」


 刺すような、凍てついた声。ベリルはそれだけ言うと、立ち止まったミストフロアを置き去りに、正面の光の中に消えた。


「お前も殺す、ねぇ――。わかってンのか? お前、この島で誰も殺してねーんだぞ――」


呆れたたような笑みを浮かべ、その光を見つめ続けるミストフロア。その二つの瞳は光を反射し、暗闇の中でらんらんと光った。


「まだ、お前は腐り切ってねーってこったな――ベリル」


  ◆     ◆     ◆


 オールセルを囲む海に着水したラピスⅦ。そこには、甲板から空を見上げるカーヤとサツキ――。


「あ!」


 緑光に照らされ淡く輝く空の一点。にわかに強い光が現れると、それはゆっくりとオールセルに向かって降下を開始する。


「心配はしてませんでしたけど、ちゃんと帰って来れたようですね」


 ほっと安堵の溜息を漏らし、すぐさま訂正するかのように口を開くカーヤ。彼の視線の先にうつる緑光は、ふわふわと踊るように空を横切り、まばゆい粒子の中を渡っていく。


「カーヤくんって、やっぱりカタナさんのパパみたい」

「まあ、今回は僕がカタナを焚きつけたような部分もありますし……」


 ラピスⅦの甲板で空を見上げながら話す二人。その視線の先で、深紅の飛空挺が空を舞い踊る緑光に合流し、寄り添うように粒子の中を飛んでいく。


「カタナにとって、彼女と出会えたのはきっと良かったんでしょうね……。僕じゃあ、ああはいかない――」

「カーヤくん?」

「――なんでもありません。ラピスⅦの被害状況を確認したら、隠れます。もうすぐ、ユニオンの基幹艦隊がここに来るでしょうから」


 呟くように口から出たその言葉。聞き取れなかったサツキがカーヤに尋ねる。だが、カーヤはごまかすように作業を開始すると、踵を返してその場を後にしてしまう。しかしサツキの振り向きざま、わずかに見えたカーヤのその表情は――少しだけ、寂しそうに見えた――。


  ◆     ◆     ◆


「いやっふー!」


 見渡す限りの緑光の中、カタナは光とじゃれ合うように大空を駆け巡る。帰還したカタナを真っ先に見つけたリーゼは、その様子に思わず笑みをもらした。


「おかえり、カタナ! 今回は私が拾う必要はなさそうね」

「見ろよリーゼ! みんなすげー喜んでるぜ!」


 くるくると、大空に光の軌跡を描きながら飛ぶカタナ。そしてその横を直進するクリムゾンアップル。リーゼが周囲に目を向けると、眼下には光り輝く海。そして降り注ぐ緑光に照らし出された空と、うっすらと光を帯びたオールセルの島々――。


「綺麗――。これを、カタナが――」


 あまりにも心を打つ光景に、リーゼは感嘆の吐息をもらし、その光景を目に焼き付けようと、カタナと共に大きく機体を旋回させていく。緑光を伴った優しい風が、二人の間を駆け抜けていく――。


「ここのみんなのおかげさ! ありがとな!」


 言って、カタナは視線を後部座席へと向ける。そこには両目を見開き、光り輝くオールセルに目を奪われるモローの姿が――。


「――私は、間違ってなどいない。ただ、あのとき、この海から目を逸らさずにいれば――」

「モロー……。あんた、まだ……」

「ああ、頑張れよ。おっさん……」


 呆然と呟き続けるモロー。カタナは頷き、空中に大きな弧を描いて飛んでいく。


「あ、待ってよ! カタナー!」


 黒雲が消え、日の落ちた夜空の下。緑光はいつまでも輝き、オールセルに降り注ぐ。その光は人々の心と体の傷を癒し、砕けた大地を優しく包んだ。


「みんな生きてる! 怪我しても、間違っても生きてる! 今日も明日も! いっぱい食べて、いっぱい寝るんだ!」

「本当に嬉しいのね……」


 カタナの喜びは収まりを知らず、楽しげに舞い踊る。リーゼはカタナのその様子を見て笑みを浮かべ、同時にある決意を固めていたのであった――。


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