空に道 海に光.03
全長1キロを越える巨体に緑光の裂傷が奔る。大きく縦に切り裂かれ、苦痛を感じているかのようにのけぞるフォートレス。斬撃の傷跡から膨大な緑光があふれ出し、その巨体が大きく湾曲。中央の裂傷に向かって僅かずつ飲み込まれていく。
「やったの!?」
「いや、こっからだ!」
「まさか――さっき言ってた操縦者がいるって――」
次元跳躍。
この世界において、超越者だけが有する別次元への転移能力。カタナは今、オールセル全土から集結したミドリムシの力を借り、フォートレスへの強制転移を敢行。眩いばかりの緑光のゲートは、カタナの斬撃を中心としてフォートレスの長大な全身を別次元へと放逐しようとしていた。だが――。
「――きやがったな」
突如として、裂傷から逆流するかのように出現した紫色の閃光がフォートレスを包む。先ほどまで飲み込まれる一方だったフォートレスの動きが止まり、紫光と緑光の放射が激突。幾筋もの光の奔流が多頭の蛇の如く天空でのたうつ。
フォートレスを境界面に繰り広げられる、双方の主に属するエネルギー同士の攻防。大空を二つに引き裂くその光景は、真に人知を越えた、超越者同士の戦い――。
「くっそ、どっから操ってんだ!?」
「何か私が手伝えることってないの!?」
速度を落とし、大きくフォートレス周囲を旋回するクリムゾンアップル。カタナは機上で額に手を当ててうずくまり、大粒の汗と共に呼吸を乱す。
「なんでもいいんだ、動かしてるやつのことがわかれば――」
「――
「え?」
細々と、消えるような声。しかし、激しい大気の振動と激突の中にあって、その声はリーゼにもはっきりと届いた。先ほどのカタナとのやりとり以降、後部座席にうずくまっていたブルマン・モロー。彼が、不意に口を開いたのだ。
「クランにフォートレスの投入を依頼したのは私です。フォートレスを動かす権利を持っている人物のことを、クランはそう呼んでいましたよ」
「やっぱり、あんたのせいで――!」
「待ってくれ! ありがとな、おっさん。それだけわかれば十分だ!」
怒りに声を震わせるリーゼを制し、カタナはモローに力強く頷いた。彼の瞳が再び緑光に染まり、全身が緑光の粒子を纏う。彼が見上げる先は、緑光と紫光が拮抗するフォートレス――。
「カタナ! あなたまさか、モローを許すの!?」
「俺に許すも許さねーもねえさ。それを決めるのは、ここの皆だろ?」
カタナの態度に憤慨したリーゼが声を上げる。だが、カタナはそんなリーゼに笑みを向け、再び立ち上がると大きく周囲を見回した。
「――私こそ、勘違いしてもらっては困りますな。あなたにこの情報をお渡ししたのも、フォートレスなど使わずに儲ける方法をたった今思いついたからです! 無論、あなたがあれを止められなければ、予定通りオールセル中の人々から汚染の除去を破格で請け負いますよ! 全ては利益のため! フッ、フッホホホホホ!」
「モロー……っ!」
「心配すんな! 汚させやしねーよ。あんたが言ってた魚、絶対に食うからな!」
そう言って向けられるカタナの視線を、モローは今度こそ受け止める。そして、本当に、本当に少しだけ――口の端を上げてひきつった笑みを浮かべた――。
「はぁ――あなたって、本当に勝手ね」
「なにがだよ?」
降り注ぐ光の放射。その光に照らされてリーゼが呟く。
「モローのこともそう。それに今だって、また一人で行こうとしてるじゃない!」
どこか寂しそうな色を帯びたリーゼの声。――が、リーゼは一度嘆息すると、穏やかな笑みを浮かべてカタナへと視線を向ける。
「――前みたいに、ボロボロで戻ってきちゃダメよ。優勝チームは後で写真撮るんだから」
リーゼは緑光に包まれたカタナの瞳をまっすぐに見据え、言った。
「安心して。また落ちてきても、何度でも私が拾ってあげる!」
「ああ、行ってくる!」
緑光と紫光。交錯する粒子が迸る空中。二人の視線が確かに交わり、離れる。
カタナは跳んだ。倒すべき相手が待つ、ここではない別の次元へと――。
◆ ◆ ◆
「――来た」
青と赤、そして紫の濃淡に染まる虚空の中。
「聞きたいことは沢山あるけど、どれくらいもつかな?」
停滞は一瞬。演者は再び激しく両腕を振り回し、その長い黒髪を振り乱して踊る。空をかき、空間をつかむ。演者の周辺領域が様々な色に輝き、その輝きは波となって遙か彼方へと伝わる。その波の先、緑光の主、カタナを出迎えるために――。
◆ ◆ ◆
「重いな……」
正体不明の白い雲を突き抜け、何もない、音すらしない世界を飛行するカタナ。先ほどの雲に触れた緑光が火花を上げる。
カタナは視界を巡らせる。この世界は青く沈む領域と、赤く輝く領域とにはっきりと分かれていた。
前者はほぼ絶対零度。後者は数十万度に達する。常人がこの世界に足を踏み入れれば、即座に分解されてしまうだろう。
(――待ってたよ。一度でいいから、こうしてニンジャを見てみたいと思ってた)
虚空を飛ぶカタナの周囲から響く声。その声は少女のようでもあり、少年のようでもあった。カタナは不思議そうに辺りを見渡して飛翔速度を上げる。この世界に響く音は、どこからか聞こえるその声だけだ。
(その光、綺麗だね? でもおかしいな――見えるのに、掴めないなんて)
「――っ!?」
虚空がゆがむ。各色の領域が異常な速度で再配置され、プラズマの放電がほとばしり、超重力のうずが生まれ、四次元上には存在しない粒子がジェットとなって世界に飛び出す。時の流れが加速する。吹き出したジェットはカタナの認識時間を越えて姿を変え、その全てが大小様々なフォートレスへと成長、数秒前までよどんだ大気と色しか存在していなかった果てなき世界が、数万を超えるフォートレスという、絶望の黒に覆い隠される。
(ここは僕の世界。あのメダリオンも、ここでは僕を倒すことはできなかった――)
「メダリオン――あいつが?」
超音速で飛ぶカタナの背後、ほとんど人間と変わらぬ大きさのフォートレスが追いすがる。数は軽く千を超えるだろうか。前方には百メートル前後の巨体。そして更にその背後には、カタナの進行方向すべてを塞ぐフォートレスの頭部。全長数百キロにも及ぶ、とてつもない大きさのフォートレスが待ち構えていた。
(挨拶みたいなものさ。そういえば、君はメダリオンを倒したんだったね)
「こっちか!?」
加速するカタナ。次々と浴びせかけられる紫色の閃光を弾き飛ばし、眼前に迫る百メートル台のフォートレスを一閃。貫通。明滅する緑光とともに金属のパーツをはじき飛ばしながら飛翔。急上昇ののち、旋回。後方からせまる数千の機影に対し、こちらも長大に延伸した光刃でなぎ払う。音もなく、ただその場で炸裂する無数の爆炎。聞こえるのは、あの声だけ。
「なんでこんなことするんだよ!」
虚空に向かって叫ぶカタナ。彼はいま、オールセルから任された力を存分に振るっていた。しかも恐るべきことに、カタナの力はこの空間に突入してからも増大し続けているのだ。フォートレス内部に滞留する汚染物質を気にする必要の無いこの空間で、カタナの力はかつてないほどの高まりを見せていた。
(たしかに強い……。これがニンジャ……)
「俺は、カタナだ!」
カタナは叫ぶ。その返答に、演者は声を上げて笑った。
(――でも、ニンジャであることに変わりはない。違うかい?)
前方をふさぐ、全長数百キロのフォートレスが動く。否、それは先ほどから動いていた。あまりにも大きすぎ、その全容を捉えることができなかっただけ。世界を埋める粒子が巨体の動作に圧縮され、激しい渦となってカタナを捕らえる。叩き付けられる粒子の奔流に緑光が激しく拮抗。カタナは加速。白煙と火花を纏い、緑光が飛翔する。
(知っているよ。君たちニンジャが、クランなんて比べものにならないほどの殺戮を繰り返していたことを)
音はない。光速の半分の速度にまで加速したカタナの緑光が、左右からせまる巨大な壁――。フォートレスの手のひらに挟まれ消える。
(誤解しないで欲しい。いまさらそんなことで君たちを責めるつもりはないよ。ただ、見せて欲しいんだ。その力を――)
「俺の……? なら、あのデカイのがここにきたのって――」
無音の世界、カタナの声が響く。祈るように閉じられたフォートレスの手のひらが発光。物質を構成している最小原子単位へと緑光が侵入。貫通する光に飲み込まれ、フォートレスの体が溶け落ち、崩れ、消滅する。
(――うん。オルガを殺すだけなら、僕は来るつもりはなかった。ニンジャがいるって言われて、急いで来たんだよ)
「そういうことかよ……!」
巨大なフォートレスの残骸をかき分け、次々とカタナへと迫る大小無数の人型。カタナの感情に呼応するかのように激しく燃え上がる緑光めがけ、数万にもおよぶ熱線が収束する。
「消えろ!」
カタナを中心に緑光の放射が正円に広がる。降り注ぐ熱線はその全てが別次元へと転移、消滅。さらに押し広がる光の輪に触れた無数のフォートレスはなす術もなく爆散。豪炎を背景に、緑光に染まったカタナの瞳は世界の果て、虚空の究極を射貫く。その瞳に浮かぶ感情は、怒り――。
「すごい、けど……なにかが違う。ニンジャに、ここまでの力はないはず……」
「みつけたぜ」
声は背後。演者は、自身の背中から漏れ出る光を認識した。この世界には存在しないはずの、緑色の可視光を――。
「俺は怒ってる……けど、あのでかいのを連れて帰るなら、俺も帰る」
「君は、優しいね――」
すでにその戦いは、戦いにすらならずに終わっていた。
「――決めたよ。クランなんてもう関係ない。君の力、もっと見たくなった」
「そうかよ……。なら、仕方ねえな!」
それは、いかなる想いの発露だったのだろう。演者はその大きな仮面の下で笑みを浮かべ、紫色の閃光を発しながら背後の少年を振り返る。
刹那の交錯。二人の超越者は、互いの力の有り様を示す光の中に飛び込み、そして消えた――。
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