空に道 海に光.02

 ――フォートレス。

 全長1200メートル。重量2000万トン。動力不明。全身に多数の火砲、誘導弾頭を搭載し、頭部には超高圧重粒子砲を備える。機体内部には動力変換後の排気物質が滞留しており、これが外部へ飛散した場合、重大かつ非可逆的な環境汚染を引き起こす。

 かつてフォートレスと交戦したユニオン艦隊の記録には、正面から対抗できるのは上位超越者のみと記されている――。


 緑光に照らされ、巨大な黒い影をオールセルに落とすフォートレス。不快な軋轢の音を響かせながら、その巨体がゆっくりと旋回、単眼がクリムゾンアップルを認識。操縦桿を握るリーゼのゴーグルに、紫色の発光が反射する。


「どうするの? あれを壊したらオールセルが汚染されちゃうんでしょ!?」

「心配すんな。俺があいつを別の次元に吹っ飛ばす!」


 カタナは答え、先程から集まり続けていた緑光の粒子をその手に握るブレードに収束。研ぎ澄まされた光刃へと変じる。


「ただ、あいつがでかすぎて全力じゃねえと吹っ飛ばせねえ!」

「――ミドリムシの無駄使いはできないってことね?」

「それと、もう一つ厄介なのが――」


 加速するクリムゾンアップル。迎え撃つフォートレス。全身を覆う装甲板が一斉に解放。その下に現れる数千の火砲。それら全ての銃口が機械的な動作で深紅の機体を捉えた。 


「――あいつを操作してるやつが、どっかにいるってことだ!」 


 閃光。爆発。降り注ぐ弾丸と榴弾の雨。こちらの機動を狭める誘導弾頭。

 黒に染まった空の下、次々と豪炎の花が咲く。瞬間的には数千度にも達する炎、その間隙。深紅の機体が一筋の白線とともに弧を描く。


「そんな、狙いでっ!」


 上下への鋭角な機動、僅かでも触れれば大破確実の弾幕を紙一重で躱すリーゼ。


「おぉらああああああ!」


 そこに迫る更なる追撃。上下左右、全方位から迫る誘導弾頭。カタナの裂帛の叫びと共に光刃が延伸、天上にすら達しようかという緑光の刃が長大な正円を描く。一瞬の停滞――のち、弾頭全てが一斉に炸裂。円状に爆発した炎を貫通し、深紅の飛空挺が更に加速する。


「操縦者がいたらどうして面倒なの!?」

「そいつがいたら、吹っ飛ばしてもすぐに戻ってくる!」

「次元跳躍をカウンターするってこと!? それじゃあ、クランにも超越者が――」


 その時、クリムゾンアップルの左後方を黒い影が横切る。リーゼは咄嗟にスロットルを引き倒して急減速、機首の先を機銃が掠める。確認するまでもない、すでに複数の機影がクリムゾンアップル周辺へと群がり始めている。


「こんなときに――!」 


 先ほど散々に追い散らしたクラン戦闘艇群。フォートレスの攻撃でオールセル側の飛空挺が壊滅した今、彼らを止める者もまたいない。

 リーゼは前方を塞ぐ一機をガンバンジーで振り回し、後方から迫る戦闘艇群へと叩き付けて殲滅、一瞬の交錯で四機もの戦闘艇を撃墜する。だがその程度の損失は焼石に水、先程までとは違い、統制された波状攻撃を見せるクラン戦闘艇の包囲に、リーゼはフォートレスへ近づくことができない。


「こいつら、さっきとぜんぜん動きが違うじゃない!?」

「よし、俺が――!」 

「それには及ばん! ここは私に任せてもらおう!」


 正面から迫る敵機が直上からの攻撃で爆散。その黒煙を突き抜けて出現する黄金の飛空挺と、ぴったりと付き従う三機のユニオン戦闘艇。


「ラジャンさん、無事だったの!?」

「我々を舐めてもらっては困る。レースには勝てなくとも、私の本職は戦闘なのでな!」

「国民を守るのも私達の任務です。とはいえ、今はあなた方に頼る他ありませんが――」


 ブリューナクの後部座席から、長大なロングバレルを覗かせてアニタが微笑む。彼女だけではない、ブリューナクに続く三機の戦闘艇からもそれぞれパイロット達が顔を出し、二人に向かって笑みを向けていた。


「アンネリーゼ、そしてカタナ! 雑魚共は我々が引き受ける。ユニオン最速の称号――伊達ではないことを証明してみせろ!」


 ラジャンはコクピットから僅かに身を乗り出すと、指先を揃えてリーゼへと敬礼を決め、不敵に笑ってブリューナクの機首を翻す。狙いは数十を超えるクラン戦闘艇。クリムゾンアップルの盾となるように散開したラジャンの編隊は、それぞれ複数の敵機と交戦、激しいドッグファイトへと移行する。


「わかった、あんたも気をつけろよ!」

「ありがとう!」


 交差する戦闘艇群を背後に、クリムゾンアップルは一直線に上昇加速。漏れ出る緑光の粒子が一筋の閃光となって空に昇る。その機動をトレースして放たれる無数の対空砲火、緑光の線上が次々と爆炎と黒煙に塗りつぶされ、加速する深紅の機体に追いすがる。

 すでに機体の速度は限界、エンジンが悲鳴を上げ、機関部が猛烈な熱を持っていることがコクピットからもわかるほど。全てのメーターが真っ赤に振り切り、操縦桿がぶれ、主翼が大きく振動する。だがリーゼは加速を緩めない。一瞬でも出力を抑えれば、砲撃に飲み込まれ死ぬからだ。

 そしてなにより、彼女はクリムゾンアップルを信じていた。三年――、共に数え切れない程の死線を越えてきたこの愛機の力を。


「大丈夫――あなたと私なら、どこまでだって飛べる! カタナ、一気に行くわよ!」

「ああ! やってくれ!」


 フォートレスが出現した黒雲直下、雷雲突入の寸前で大きく弧を描いたクリムゾンアップル。尚も追いすがる砲撃を躱し、深紅の機体は眼下のフォートレスめがけて最大加速。位置エネルギーすら利用したその加速は機体の限界速度を越え、一筋の光の矢と成った。

 迫るクリムゾンアップルめがけ、フォートレスから放たれる無数の弾丸、しかしその狙いは単調にすぎる。


「どう? ここからじゃ、まともに狙えないでしょ!」


 人型を成すフォートレスの構造上、その武装は全面と背面において最大の火力を発揮する。直上からの急降下に対応できる火砲は僅かであり、斜線も大幅に制限されてしまう。そんな砲撃を回避するなど、彼女にとっては造作も無いこと。


「接触まで15秒!」


 散発的な弾幕をかいくぐり、急降下を続けるクリムゾンアップル。だがその時、フォートレスの単眼が深紅の機体を捉える。瞳孔の収縮にも似た紫色の明滅。リーゼの脳裏に先ほどの閃光が蘇る。オールセル全土を切り裂いた高圧粒子砲――。


(回避――してみせる! けど、その後は――?)


 時間にして一瞬。リーゼは即座に無数の回避パターンを模索する。直撃は回避可能、だが、その後に襲い来る大気を震わせる衝撃波と気流の乱れは――。

 当然、リーゼの思考がまとまることを待ちはしない。ターゲットを捉えた単眼が明滅を終え、粒子が収束。一撃でオールセルを切り裂いた破滅の閃光を再度撃ち放つ――。

 景色が白と紫に染まり、あまりの光量に視界が一瞬にして奪われる。しかしリーゼは操縦桿を握りしめ、予測した機動にクリムゾンアップルを操作、襲い来るであろう衝撃に備える。が――。


「衝撃が、弱い?」


 拍子抜けした声を上げるリーゼ。閃光で白に染まった視界が戻ると、そこには大きく体勢を崩し、全く見当違いの方向へと粒子砲を撃ち放ったフォートレスの姿があった。


『――いつまで遊んでるんですか!』


 少年の声。そして、体勢を崩すフォートレスの背後。着水しながらもありったけの艦砲射撃を行うラピスⅦ。


「カーヤ! 無事か!?」

『あの程度で僕とラピスⅦがどうにかなるわけないでしょう! そんなことより、さっさと終わらせて下さい!』

「任せろ!」


 カタナは完全に垂直となった機上で屈んだ状態からブレードを持ち変えると、抑制していた緑光の力を解放――緑光の光刃が、長大なを形成する。


「みんな、ありがとな――助かった!」

「カタナ! 接触まで三秒!」


 叫ぶリーゼ。大上段に構えるカタナ。長大な光刃の切っ先が、黒雲の中に消える。


「消し、飛べええええ!」


 ――振り下ろされる光刃。全長1キロを越えるフォートレスの右肩口から侵入した光跡はそのまま胴体中央から腰部、左大腿部へと抜け、袈裟斬りにその巨体を一閃。両断した――。

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