Chapter 13
裏切り
――光が、虚空へと流れていく。
青から黄、そしてまた青へと変わる粒子の渦。その中心。まるで、なんらかの楽器を弾き奏でるかのような動きで両手を振る人影――。
特異、かつ頭部から胸元までをすっぽりと覆う巨大な真鍮の仮面をかぶり、ほっそりとした腕の動きに合わせ、腰よりも長い黒髪が左右に揺れる。
虚空の中、舞い踊る粒子だけが存在する空間で、その小さな影の演奏は、永遠に続くかのように思われた――。
「へぇ――?」
動きを止めぬまま、影が口を開く。その声は中性的で、幼い。
「ニンジャがいるっていうから急いで来たんだけど――アイツも一緒なんだ?」
場所によっては全身の半分を覆うようにも見える仮面の下。影が笑う。その声には、まるで新しい玩具を見つけた子供のような無邪気さが見え隠れしていた。
「――お手柄だね。ミストフロア――」
影はクツクツと笑い。先程までより激しく、狂ったように虚空の中で身を揺らした。そして、その影の遙か下。うっすらと浮かぶフォートレスと、その巨人と対峙する瑠璃色の飛空挺――。
「じゃあ、少し遊ぼっか――カーヤ・クーシスト」
◆ ◆ ◆
「ラピスⅦ、最大戦速!」
青光が灰色の空に尾を引く。第一波の着弾を確認したラピスⅦは急速上昇。船体を大きく海面へと傾けながらフォートレス上空を旋回。側舷に並ぶ砲塔から超硬度の徹甲弾を叩き込む。
しかしその砲撃の寸前、もうもうと上がる黒煙の中でフォートレスの紫眼が灯る。同時に、黒煙が渦を巻いてフォートレスの内部へと吸入――その巨体が滲むようにゆらぐ。ゆらぎに触れた徹甲弾は、強固な装甲に弾かれたかのようにはね飛ばされ、火花を上げて海面へと突き刺さった。
「――超高レベルの次元断層――あれを破るには――」
ラピスⅦブリッジ。自分用の小さな指揮机に両手をついたカーヤがうめく。そしてそのカーヤの周囲では、人の頭部ほどの球体がせわしなく動き回っていた。
彼らはビーンズ。
カーヤが創り出した自己増殖・自己進化・自律行動可能な高機能AI群だ。彼らを統率することこそ、カーヤの持つ権利にして力。ラピスⅦの制御も、全て彼らビーンズがカーヤの指示の元に行っている。
「――よし、次弾装填! 短距離潜行弾であの断層を抜きます!」
顔を上げ、次の手を指示するカーヤ。だが、フォートレスもそれを易々とは許さない。
ラピスⅦの砲撃が止むのと同時、フォートレスを覆うゆらぎが消え、無造作に立て付けられた装甲板が開放。数千にも及ぶ砲門が姿を現わし、ラピスⅦめがけ一斉に砲撃を開始。
耳をつんざく爆音の連鎖。豪雨のような数の弾丸が襲いかかり、船体の周囲で次々と榴弾が炸裂。あまりにも絶望的な火力差――ブリッジを襲う衝撃に、カーヤはよろめき、舌打ちする。
「ステルスの再装填、急いで!」
大型飛空挺としては圧倒的に高速なラピスⅦだが、これほどの砲撃全てを回避することは不可能だ。いくつかの榴弾と飛翔弾頭が船体に着弾。展開されたシールドが大きく湾曲。次元断層で防ぎ切れなかった衝撃が、瑠璃色の船体を大きく揺らす。
「上は――こっちが取ってるんです!」
指揮机にしがみつきながらカーヤが叫ぶ。その声に呼応した何体ものビーンズが、マニュピレーターを伸ばしてラピスⅦの操縦とコントロールを行う。
ラピスⅦの周囲で次々と炸裂する榴弾。瑠璃色の飛空挺は黒煙を抜け、爆炎を湾曲させながら突き進む。青色の粒子が迸り、船体各部から水蒸気の尾を引き延ばしてフォートレス上方――その背面へと回りこみつつ砲撃を加える。
再びゆらぎの防御層を生じるフォートレス。だが、いま打ち込まれた弾丸はゆらぎに触れる寸前で消滅――フォートレス体表寸前で再出現、全弾直撃。
第一波と同様、背面から攻撃を加えられたフォートレス。だがしかし、もはやその巨体へのダメージはほとんどない。すでに、幾重もの防御層を構築したフォートレスに対し、ラピスⅦの火力では抗しきれない。
「動いて攪乱、とにかく時間を稼げればいい!」
ラピスⅦの数百倍――数千倍もの火力を誇る、ユニオンの基幹艦隊ですら倒せなかった相手だ。もとより、カーヤはフォートレスに対してダメージを与えようなどと思ってはいない。
(まったく、だから普段からもっとミドリムシを集めておけと言っているのに! カタナ――急いで下さい!)
カーヤは呟きつつ、新たな指示をビーンズに与える。全ては時間との勝負。
だがその瞬間、立ち上る黒煙を突き破り、フォートレスの頭部から閃光が奔った――。
それは、絶望の一閃――。
紫光の熱線は海と大地と空を音も無く両断。その閃光に触れた海水は一瞬で蒸発。
――ラピスⅦは直撃こそまぬがれたものの、近傍を掠めたその閃光と衝撃波によって空中で大きく体勢を崩し、反転、転覆。瑠璃色の船体から白煙と火花を上げ、フォートレス眼下の海面へと落下していった――。
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