フォートレス.02
「ま、マジか――デカすぎだろ!?」
「あれは――まさか――」
ゆっくりと――。
まるで、恐怖に引きつる人々の悲鳴を楽しむかのように、僅かずつその全貌を明らかにしていくフォートレス。
我先にと逃げ出す者。その場で立ちすくむ者。神に祈りを捧げ、膝を折る者――。
この瞬間。オールセルに住む全ての人々の心は、恐怖と絶望に塗りつぶされた。
そして、フォートレスの出現と同じくして、モローの独白も唐突に終わる。
『ご覧下さい! あれこそいま私がお話したクランの企み! 彼らはあの恐るべき破壊兵器で、オールセルを滅ぼそうとしているのです! なんと、なんと恐ろしいことか!』
恐怖に震えるモローの声が、中継器を通してオールセル全土に響く。
◆ ◆ ◆
――モローの独白。その概要は、実際陳腐なものだった。
いかに自分がクランによって脅迫され、オールセルにおける活動の足がかりとして使われてきたのか。そして、それに抵抗することができなかった弱い自分――モローは、その二つを徹底的、かつ詳細に説明してのけた。
それを聞いたオールセルの住民達に、彼の言葉の真偽を判断することは難しい。
モローという男の普段の素行を知っている者など、いかに有名とはいえ一握りにすぎないからだ。大半の住民達にとってのそれは、クランに脅され、傀儡として利用された哀れな市民の精一杯の抵抗としか映らなかった。
『――私にはあんな恐るべき計画を見過ごすことは出来ませんでした! 私の母なるふるさとである、このオールセルを失うくらいなら、私はそこにいるクランのクズ共に殺されても構わない! それが、この私が皆さんにできる、最後の償いです!』
「――気は済んだか?」
長々と続いたモローの独白。すでに彼の口からはクランの恐るべき企てについても言及されている。その言葉を証明するように出現したフォートレスを指さし、モローはある種得意げに大声を上げた。だがその最中、今まで無言で独白を聞いていたベリルが、飛空挺の前へと進み出る。
「俺達ですら知らなかったフォートレスの投入――一体どこで嗅ぎ付けた?」
『フン……それはこちらの台詞です。弁明はなさらないので? 私を裏切り者と罵っても、構わないのですよ?』
飛空挺の中、モローは重みを感じるまぶたを大きく開き、こちらを見上げるベリルを見下ろす。
「――」
ベリルは無言――。
――モローにはわかっている。口の回るミストフロアならまだしも、ベリルはモローの虚実入り乱れた言動の矛盾を突くようなことはしない。ミストフロアが倒れたいま、モローとクランが共生関係であったことを白日の下にさらす者は、この場には一人もいない。
『さあ、皆さん。早くお逃げ下さい! クランの狙いは225番コロニーです! このコロニーからできる限り遠くへ!』
「待てよおっさん! その前にみんなに話してくれねえか!?」
『――ホ?』
両手を胸の前で合わせ、祈るような仕草で画面に向かって叫ぶモロー。だが、そこに投げかけられるカタナの声――。
『話す――とは、一体どういうことですかな?』
そのカタナの問いかけに、モローは訝しげな表情を浮かべる。彼には、カタナの言っていることが少しも理解できなかった。カタナのその言葉を止めることをしなかった。それが――命取りになった。
「あのでっかいロボットの中に入ってる毒でここを汚してから、毒を元通りにできる機械を売って金を稼ぐってやつだよ!」
『――ハ?』
「――え?」
モローが凍る。
その声が、中継を通じてオールセル全土へと響く――。
人々が逃げる足を止め、毒や、金を稼ぐという言葉に反応し、ざわつく。
「それがここのやり方なんだろうけど――そんなことされたら困るやつだって一杯いるだろ!?」
『な、ななな――』
目を見開き、口を大きく開いたまま固まるモロー。その全身から、一瞬で大量の汗が流れ落ちる。明らかに異常な反応――。
『な、何を言うかと思えば、わ、私は――そんな、こと――ぐ、ぐぐぐぐぅうう!』
「――も、モローさん?」
モローの変化に、オルガは心配するようにモニターへと目を向ける。モニターの中では、真っ赤になったモローが凄まじい表情で剥き出しの眼球をカタナへと向けていた。
(このガキィィィィ!? なぜ、誰も知らないはずの私の計画を!?)
――モローは混乱する。なぜなら、今カタナが語ったモローの計画は、寸分違わず真実であったからだ。
「大丈夫か? すげえ汗だぞ?」
カタナにとっては何気ないこの問いで、モローは完全な窮地に陥った。なぜなら、カタナの発言を肯定すればオールセルの全住民を敵に回し、否定すれば計画は実行不可能になるのだから。
(考えろ――どうすれば一番多くの利益を得られる? 考えろブルマン・モロー!)
「――滑稽だな」
ベリルは――笑った。その笑みは、酷く乾いた、酷薄な笑みだった。
「言ったはずだ。お前の企みの見当はついていたと」
ベリルはそう言って、クロスボウの先端を上空へと向ける。狙うのは、モローの飛空挺――。
「この! させるか!」
カタナは咄嗟にベリルを止めに入ろうとする。
『いやいやいや、いいんですよ! むしろ望むところ! 薄汚いクランめ、そんな脅しでこの私をどうにかできると思うのなら、やってご覧なさい!』
「望むのかよ!?」
(バカが!あの大岩を砕いた弓ならともかく、そんな小さな矢でこの船を落とせるわけあるまい! これはチャンスだ。ここで一旦はぐらかし、何食わぬ顔で出て行けば――)
モローは安堵していた。ここでベリルが力に訴えれば、その暴威の前にはカタナの言葉などすぐに忘れ去られるはず。モローは内心で高笑いをし、表情には悲壮な決意を浮かべてベリルへと装飾品だらけの指を向ける。
「――では死ね」
トリガーが引かれ、クォレルが放たれる。
空中に浮かぶ堅牢な飛空挺。モノコック構造のその船体に継ぎ目は殆ど見らない。装甲の分厚さは数十センチに及び、たとえ例の強弓を使おうと突破は不可能のはず。だが――。
『フホッ! どうしました? なにかしまし――』
衝撃――モローのだぶついた腹回りが一瞬ふわりと浮かび上がり、次の瞬間にはその巨体に見合った質量をモローへと伝える。飛空挺が、傾く。
「――な、なんですかぁぁ!? これは、何が!?」
「ふ、浮力低下! 左舷の粒子放出管に、異常が発生しています!」
混乱に陥る飛空挺。モローは傾く船内で椅子を掴み、必死の形相で確認を促す。薄暗いコクピットの巨大モニターには、左側面エンジンの異常を示す警告。
たったいま放たれたベリルのクォレル。それは、飛空挺の背後にあったひしゃげた鉄柱に直撃、跳ね返り――飛空挺の背後から、廃熱用の小さな管に吸い込まれていた。
「こ、このままでは、爆発します!」
「この無能どもが! 貴様らは船をなんとかしろ! 私は先に脱出する!」
モローは吐き捨てるように言うと、傾き続ける飛空挺コクピットから這いつくばりながら抜け出していく。その様子もまたオールセル全土に放送されていたが――最早、それを気にする余裕は彼には無かった。
(くそ! くそくそくそ! 名声と信頼、そして富! さすがに三つは追いすぎた! だが、まだだ! たとえ足下を見ようと、罵られようと、オールセル全土が汚染されれば、嫌でも私に金を払うことになる! そうすれば、いくらでも――)
「よぉ――待ってたぞ。この――裏切り者が!」
◆ ◆ ◆
「オールセルにフォートレスを投入するほどの価値があるのか!? クランは何を考えている!?」
深さを増した暗雲の下、降下するフォートレスにラジャンが叫ぶ。
より高空より出現したフォートレスの巨体は、その胸の辺りまでが黒雲より露出。まるでそれを見上げる人々の絶望を煽るかのように、ゆっくりと降下を続けていた。
クラン究極兵器フォートレス――その暴威は、ユニオン全土に知れ渡っている。
――五年前、この兵器はユニオンが支配する北の資源採掘コロニーに出現し、僅か数時間でその場を徹底的に破壊。それどころか、近傍から討伐に向かったユニオン第四基幹艦隊すら壊滅寸前にまで追い込んだ、クラン保有の最高戦力――。
結局、ユニオンはフォートレス討伐に数日を要した。通常兵器では抗しきれず、最終的には第一使徒・極光のメダリオンが、その力を振るって跡形も無く消し飛ばさねばならなかったほどだ。
フォートレスの巨体はただ降下するだけで幾筋もの気流の渦を発生させ、全身から水蒸気の白雲を引いた。上空のリーゼ達にもまた、強烈な突風が襲いかかる。
「――近傍の廃コロニーから帰還中の、第二基幹艦隊に救援要請を出しました。残念ながら、到着は全て終わったあとでしょうけれど――」
「だ、第二基幹艦隊!?」
ゴーグルの下でうつむき気味に言うアニタの言葉に、リーゼが驚きの声を上げる。
「どうしたのだアンネリーゼ? 心配せずとも、第二基幹艦隊には使徒であるメダリオン猊下も同道されている。間に合えば勝機はある――間に合えば、な――」
「そ、そうですよね――うん――」
ラジャンからしてみれば、まさかほんの数日前、目の前の少女が第二基幹艦隊相手にたった二人で大立ち回りを演じていたなどと思いようが無い。
リーゼは思わず流れた冷や汗を拭うと、再びフォートレスへと目を向ける。
降下を続けるフォートレスは、ついにその全貌をオールセル上空に現わす。
金属製の鈍色の素体に、雑に組み付けられた装甲板――剥き出しのエネルギーパイプ。そして、まるでドクロのような頭部と、不気味に輝く紫色の単眼――。
巨体が、ゆっくりとオールセルを囲む海へと両足を沈める。海面は大波を生み、いくつもの白い渦がその周囲に発生。逃げることかなわぬ洋上の船が、木っ端のごとく波に翻弄される。
「――あんなの、私達じゃどうしようも――」
あまりにも無力なその光景に、歯がみするリーゼ――。
だがその時、リーゼの耳に一つの声が届く。
『リ――ん――さん――リーゼさん! カタナはどこです!?』
「――カーヤ!?」
よく見知った少年の声――カーヤだ。
その声に反応し、周囲を見渡すリーゼ。ラジャンやレース参加の機体も同様だ。しかしそこに変わった様子はない。
訝しむリーゼ。そしてその眼下で、巨大兵器フォートレスが、サラーク島へとその大きすぎる一歩を踏み出す。
「カーヤ! サツキは!?」
ただ歩くだけで海を割り、大気を揺らすフォートレスの進撃。リーゼは荒れる気流の中で機体を安定させると、あたりを見回しながら呼びかけた。
『安心してください! 僕もサツキさんも無事です』
「よ、よかったぁ――」
安堵の溜息を漏すリーゼ。だが、状況はなにも好転していない。フォートレスの進行を阻止しなくては、オールセルの壊滅は決定的だ。
「二人が無事なのは良かったけど――このままじゃ――」
『リーゼさん――急いでカタナを連れてきて下さい。いまアレをなんとかできるのは、カタナだけです!』
「カタナを――? でも、いまのカタナは――」
カーヤのその声に、リーゼは逡巡する。確かに超越者であるカタナならばフォートレスすらなんとかしてしまうかもしれない。だが、それはカタナが十分なミドリムシを行使できればの話だ。リーゼには、いまのカタナにそれだけの力があるようには、とても思えなかった。
『それでも、です――リーゼさん、急いでください!』
逡巡するリーゼに、再びカーヤの声が届く。彼のその声は、カタナに対する信頼に満ちていた。
(そっか――もしかたら、あいつっていつも――)
――思い返せば、93番コロニーで相対した極光のメダリオンとの戦いでも、カタナは十分なミドリムシを保有してはいなかった。にも関わらず、彼はメダリオンと戦い、その目的を阻止してリーゼの元に帰ってきた――。
リーゼは頷き、顔を上げる。
「うん――わかった! でもそっちはどうするの?」
『僕は――』
その声とほぼ同時。薄暗く染まった空を切り裂く熱線が横切る。放たれた熱線はその全てがフォートレスの背面に収束。フォートレスの体表とエネルギーパイプを寸断。灼熱の裂傷を刻み込む。
背面から放たれた不意の一撃に、フォートレスの巨体が僅かに傾く。
『――僕はそれまで、このデカブツを食い止めます!』
何も無いはずの空間――先程の熱線が放たれた場所を起点として強烈な放電現象が発生。そして出現する瑠璃色の大型飛空挺――ラピスⅦ。
『全砲門開け! 機動戦を開始する!』
ラピスⅦ側面の装甲板が一斉に開放。ずらりと並ぶ砲塔とミサイルラック。船体後方の機関部が猛烈に唸りを上げ、青色の粒子が薄暗い空に迸る。
――前方へと向けられていたフォートレスの紫眼が、ゆっくりとラピスⅦを捉える。
『目くらましになればいい! 全弾、撃てーーー!』
瞬間。雄々しい艦砲の射撃音が大気を揺らし、無数の閃光が空を染めた――。
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