Chapter 12

フォートレス

 カタナ。ベリル。オルガ。そのオルガの横、臨戦態勢を取るブリッツ。そして、地面に倒れ伏してピクリともしないミストフロア――。

 彼らの頭上。暗雲垂れ込める上空に蓋をするかのように、全長十数メートルの飛空挺が出現する。

 分厚い装甲と隙間の見当たらない構造は、一目見てその飛空挺が一般的なものとは全くの別物だとわかる。言い表すならば、空飛ぶシェルターとでも言うべきか。


『皆さん、ご無事ですかな?』

「おっとと! なんだあれ?」


 突然の出来事に、決死の交戦に臨もうとしていたカタナは出鼻を挫かれ、つんのめって片膝をつく。

 会場の端でひび割れ、破壊されたモニターに光が灯り、ノイズ混じりの映像が流れる。そしてそこに映し出されたのは、豪奢な特注の椅子に腰掛けて満面の笑みを浮かべるモロー。彼の周囲には、なにやら様々な計器類や操作パネルが映り込んでいる。


「モローさん!? ご無事だったんですね!」

『勿論ですとも! いま私はこの飛空挺の中にいます。少しばかり遅れてしまいましたが、私は皆さんを助けにやってきたのですよ!』


 モニターに映るモローに語りかけるオルガ。モローは笑い、両手を大仰に広げて絡みつくような声でそう話した。

 モローの映るその映像は、会場だけで無くオールセル全土に中継されている。それだけではない。一体どこから撮っているのか、会場側にいるカタナ達の映像までが映し出されている。上空では、いまだに激しい空中戦が行われている。その混乱の中、オールセルの人々は、みな何事かとその映像に目を向けた。


「――助けに来た、か」


 ブレードを構えるカタナから視線を外し、飛空挺を見上げるベリル。 


「――お前が助けに来たのはどちら側だ? 彼らか、それとも、俺達クランか」

「――えっ?」


 言うと、ベリルは左手のクロスボウを頭上の飛空挺に向けて構える。ベリルのその言葉に、オルガは驚きの声と共にベリルの方を向いた。


『何を言うかと思えば――このモロー。腐ってもオールセルの商人! テロリスト風情にさしのべる手は持ち合わせておりませんぞ!』


 モニターに映るモローの顔に、強烈な嫌悪の色が浮かぶ。そしてモローは両手を胸の前で合わせると、悲痛な表情で口を開き始めた。


『――私は、みなさんに謝罪しなくてはいけません――』


 目を閉じ、噛みしめるように言葉を紡ぐモロー。その第一声に、カタナとベリルは全く同時に顔をしかめた。


『皆さんもご存じの通り、私はブラックマンデーのスポンサーを務めていました。ええ、ええ! 告白しますとも! 私は、彼らが邪悪なテロリストであることを――知っていたのです!』


  ◆     ◆     ◆


 ――オールセル上空。渦巻く黒雲の下、繰り返し交錯する何機もの飛空挺。

 飛来したクラン戦闘艇。それを迎え撃つリーゼ達の戦いは、佳境を迎えていた。


「クランのやつら、図体はゴツいがどいつもこいつも大したことねえな!」


 レインボーカラーにペイントされた、派手な機体がゆっくりと高度を落とす。その下にはクランの戦闘艇。クラン戦闘艇はなんとか上昇を試みるが、カラフルな飛空挺は完全に逃げ道を塞いでいる。

 そのまま押し潰すように距離を狭められたクラン戦闘艇は、上昇かなわず地面をがりがりと削り取って右の主翼を破損。大破炎上。


「ハッハー! ざまあみやがれ!」


 機首を上げる飛空挺。後方を振り返り、炎上するクラン戦闘艇にガッツポーズを決めるパイロット。

 サラーク島を中心として勃発した激しい空中戦は、総勢四十機に満たないレース参加者達がクランの戦闘艇を圧倒していた。

 武器も持たず、装甲も限界ギリギリまで削られたレース用の機体。彼らはその研ぎ澄まされた速度と機動性、そして卓越したパイロットの技量によって、武装したクラン戦闘艇を寄せ付けなかった。


「まだよ! あいつら、二度とオールセルに手出しできないようにしてやるんだから!」

「わかったぜチャンピオン!」


 暗雲の下、クラン戦闘艇の追撃を躱すクリムゾンアップル。

 前後左右から迫るクラン戦闘艇に対し、リーゼは正面の一機をガンバンジーで捕獲。スラスターを全開にして加速すると、まるで鞭かフレイルのようにその機体を振り回し、遠心力と質量が拮抗するタイミングでガンバンジーを解放。

 振り回されたあげく放り投げられたクラン戦闘艇は、後方と下方から迫っていた味方の戦闘艇と擦るように接触。翼を砕かれた三機はそれぞれきりもみに高度を落とし――爆散。

 同時に、眼前の爆発に機動を乱された上空の一機に対し、急旋回から接近したクリムゾンアップルは上陸用の車輪を出してのし掛かる。


「ほらほらほら! 海の底でお友達が――! 待ってるわよ!」

「ノ、ノオオオオーー!」


 深紅の機体に空中でがっちりとグラップリングされたクラン戦闘艇は、そのまま揚力を失い海面に墜落。パイロットの断末魔の叫び声が響く。


「悪いけど、私はカタナみたいに優しくないの! この私に挑んだこと、後悔しなさい!」


 高々と爆発による水柱が上がり、その水柱を突き抜けてクリムゾンアップルが海面を舐めるように飛翔する。

 そしてその上空――巨大なクランの戦闘艇が、船体の各部から爆炎と黒煙の尾を空中に引きずる。


「ターゲットの炎上を確認!」

「よし! エランド! フェネック! ボンゴ! 引導を渡すぞ!」

「「「了解!」」」


 ブリューナクを先頭としたユニオン戦闘艇が、すでに手負いとなった獲物に獰猛な牙を剥く。

 編隊は捻り込むような機動で中型戦闘艇の後方へと位置取ると、必死に消火用溶剤の白煙を放出する機関部めがけ機銃斉射。一瞬の停滞のあと、閃光と共に中型戦闘艇の後部が大爆発を起こす。


「ターゲット轟沈! 誘爆の可能性有り。退避を推奨!」

「よーしお前達! 今日のスコア。ブービーは全員に飯だ! いいな!」

「マジですか隊長!?」

「そりゃないですよ!」


 ――クランは、その襲撃当初より空中での格闘戦を想定していなかった。

 地上攻撃用装備を満載し、その動きは鈍重。たとえ空戦装備で挑んだとしても、この技量差では勝てたかは怪しい。そもそも、彼らは互いの連携が全く取れていない。

 無抵抗な相手、もしくは不意を突かれた相手を一方的に貪り、そして去る。それがクランの常套戦術。高い士気を持って反撃に転じたレース参加者達とは、その質に大きな差が存在していた。

 乱戦の様相を呈するオールセル上空。しかし、その趨勢は最早決したといえよう。リーゼも、ラジャンも。そして彼らに追い立てられるクランのパイロットすら、そう思っていた。だが、その時――。


「隊長! 上空の低気圧内部に大規模な次元湾曲を確認!」

「フン――クランめ、増援というわけか」


 ブリューナク後方。モニターに目をこらしていたアニタが叫ぶ。

 アニタの言葉を受け、ラジャンは空を覆う黒雲へと目を向けた。その先には、僅かな放電現象――。

 先程、クランの戦闘艇が多数出現したのもこの黒雲からだ。それが天然自然のものではないことなど、ラジャンでなくとも理解している。


「ラジャンさん! あれ、わかりますか?」


 上空を精査するブリューナク。そのすぐ横。クリムゾンアップルがブリューナクに接近。放電する黒雲を指さしてリーゼが声を上げる。


「少し待っていて下さい。現在、限られたデータではありますが精査中――これは――」

「どうした?」


 後部座席のアニタが声を失い、必死に小型のコンソールを操作。モニターに映し出されるデータが、次々と規格外のエラーを弾き出す。


「これは――フォートレスです! 隊長、至急近傍の基幹艦隊に救援要請をかけてください! フォートレスの出現を確認! 次元跳躍、きます!」

「フォートレス……だと? 馬鹿な! あり得ん!」

「次元跳躍――? フォートレスって――まさか!?」


 危急の色を帯びたアニタの叫び。フォートレス。そして次元跳躍――。

 後退するクラン戦闘艇。それを追い立て、勝利の歓声を上げる飛空挺パイロット達の顔から笑みが消える。

 彼らの頭上、視線の先。黒雲の中央。

 放電と共に気流が渦を巻き、配水管に吸い込まれる水のように黒雲が飲み込まれ、大気の流出が、止まる――。

 

 先程までの混乱が嘘のような静寂に包まれた、漆黒の渦から現れた

 全長1000メートル。測定不能の質量を持つ巨大な金属の人型。かつて、ユニオン支配下の一地方を灰燼に帰した、クラン保有の究極兵器『フォートレス』であった――。

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