守護者.03
「――っし!」
カタナの全身から緑光が消え、代わりに左手に持つブレードが眩い輝きを灯した。
「バーカ! その得体の知れねえ光を消せば、テメーの体は一瞬で……」
「避けろ! ミストフロア!」
一閃。
「ア――?」
カタナはその場を動いていない。全身の緑光を失ったカタナは、霧の中で白煙を上げ、焼け付くような痛みに膝をついた。
ミストフロアは――動けなかった。
ベリルの能力――エルフの戦士たる彼だけが持つ、先読みと呼ばれる力。実際のところ、それは予知能力でも何でも無い。自然や環境と同化し、常人の数十倍もの情報量を同時に捉えると言われるエルフの感覚器官。それらを総動員し、相手の動きから地面に転がる小石の一粒一粒に至るまで、全てを把握した上で、状況の変化を正確に予測する。それが、ベリルの先見の正体だ。
だがしかし、そのベリルの力を持ってしても、いまのカタナの一撃を予測することは出来なかった。視認可能。感知不可能。それが、カタナの行使するミドリムシの特性だからだ。
必要最小限の動作から繰り出された、針の穴を通すような一閃。カタナのブレードから放たれた緑光は、ミストフロアの顎先をしたたかに強打。脳を激しく揺さぶられたミストフロアは、白目を剥いて仰向けに倒れる。その顔から特殊マスクが外れ、倒れたミストフロアの横にずれ落ちていく。
「――油断するな、と。言ったはずだ」
白目を剥いて倒れるミストフロアを一瞥し、ベリルは呟く。ミストフロアという供給源を失い、会場を覆う有毒な気体は急速に霧散――。
もとより、潮風の吹きつけるこの会場では、能力なくして気体を長時間滞空させることなど不可能――。
晴れていく景色の中、しかしそれでもベリルは、カタナに向かって歩みを進めた。
「――その光。それが、お前の力か」
白煙を上げ、片膝をついて微動だにしないカタナの周囲。僅かに輝きを強める緑光が、カタナを守るようにベリルの眼前を舞い踊る。
「――不思議だ。その光を見ていると、俺の故郷を思い出す」
ベリルは言うと、屈み込んだカタナに対し、渾身の前蹴りを繰り出す。だが――。
蹴り足がカタナに当たる寸前。輝く緑光の渦に、ベリルの攻撃は阻まれていた。
すでに、周囲の観客達は霧の脅威から解放された。安全になった観客から順に、緑光は離れ、カタナの元へと舞い戻る。ベリルは無言で足を戻すと、左手に持ったクロスボウのトリガーを引く。一発、二発、三発――。
しかし、それらもまた下を向くカタナの頭部寸前で停止。届かない。
「そうか――お前は、初めから一人ではなかったのだな」
ベリルは呟き、クロスボウを下げる。そして――。
「――だが。俺は止まるつもりはない。お前が動けないというのであれば、当初の目的を果たさせてもらう」
カタナから目をそらし、後方でその様子を見守るオルガ達へと視線を向けるベリル。オルガはベリルの視線を正面から受け止めると、立ち上がり、僅かに前に進み出る。
「貴方が受けた仕打ち――わかるなどとは、言いません。でも、それでも――話し合うという選択は、本当に残されていないのですか?」
オルガの問いかけに、ベリルは無言をもって返答を返す。
あの日――。
大国同士の身勝手な争いによって永遠に失われた故郷――そして家族。復讐を遂げたとして、彼らが喜ぶわけはないことは、ベリルも当然理解している。だが、それでも彼は止まることはできない。なぜなら――。
「怖いのか――みんなのこと、忘れちまうんじゃ無いかって――」
その時、不意にかけられる声――。
その言葉に、ベリルの足が止まる。
「なぜ――お前にそれがわかる」
背後を――カタナを振り向かず、ベリルが問う。その声には、隠しきれぬ驚きの色が浮かんでいた。
「わかるわけじゃねえよ。教えてもらったんだ。あんたにくっついてる、そいつらに」
カタナの言葉に、ベリルは訝しげに周囲を見る。その目は何も捉えることはできない。しかしベリルは、いま目の前の少年から感じた暖かさと同じ熱を、自身のすぐ側から感じることが出来た。
「――理解できたのなら邪魔をするな。例えそれがどんな理由であろうと、俺は――止まるつもりは無い」
「さっき言ったぜ。あんたが殺すなら、俺は守るってな!」
振り向き、再びクロスボウを構えるベリル。瓦礫の中、ブレードを支えになんとか立ち上がるカタナ。
「そんな!? 二人とも、もう止めて下さい! きっともうすぐ、私達の艦隊がここに来ます! そうしたら、貴方達だってどうなるか!」
オルガの声が響く中、二人はゆっくりと構えを取る。クロスボウと短刀を交差させ、仁王立つベリル。
傷ついた体をかばうように、ブレードを逆手に構え正面を見据えるカタナ。ベリルが踏み込み、カタナが倒れるように加速する――。
『フッホホホホホホホホ!』
崩落した会場に響く、ノイズ混じりの笑い声――。
会場だけではない。オールセル全土に設置された無数の大型モニターに、でっぷりと太った一人の男の姿が映る。
墜落直前に会場から姿を消し、その後の混乱で行方知れずとなっていた、ブルマン・モロー。その人であった――。
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