ブラックマンデー.02

 ――薄暗い洞窟内。

 点々と設置された青白い照明に照らされながら、何機かの飛空挺が高速で飛行していく。

 洞窟の岩壁に反響する、飛空挺の流麗なエンジン音。入り組んだ洞窟は狭く、薄闇の中で突き出した鍾乳石や石柱が飛空挺の行く手を阻む。しかし、周回を重ねたパイロット達はそれらの障害をものともしない――が。


『あああっと! ここでナンバー39! レース初参加のバタフライロールがクラアアアッシュ! 完走目前で無念のリタイアアアアア!』


 洞窟内部。下方に大きく捻れた洞窟の壁面に、青い飛空挺が高速で激突。何度かはね飛ばされたあと、閃光と共に爆散。脱出したコクピットブロックが、粉塵の中をふわふわと落下していく。


『アー、ハイハイ通りますよ。邪魔する奴らは全員構わず押し潰すんでー。死ぬ気でとんずらこいてくださいませませぇー。ギャハハ』


 洞窟内に響く甲高い声。

 現在、パイロット達を追い詰めているのは先を見通せぬ暗闇でも、曲がりくねったレースコースでもない。すでに何周もの周回差をつけられ、レースでの勝利は望めないにも関わらず、応急修理を受けてレースに復帰した巨大な飛空挺。ブラックマンデーである。


『なんということでしょう! ブラックマンデーの巨体がコースを完全に塞いでいる! これでは追い抜くことも、速度を落とすこともできない! 背後から迫る地獄の断頭台だあああ!』


 ブラックマンデーの漆黒の船体が、壁面と激突する度に火花を上げる。

 応急修理を受けたとはいえ、ブラックマンデーは1周目の落石で大きなダメージを負っている。窮屈な洞窟コースを無理に進めば進むほど、船体は悲鳴を上げ、みるみるうちに傷だらけになっていく。


「おいクソ霧野郎! なんでわざわざこいつを飛ばしやがった! 最後に乱入すりゃあいい話だろうが! エエッ?」


 ブラックマンデーのコクピット。

 振動する操縦桿を丸太のような腕で掴みながらブラックが叫ぶ。岩壁との激突の度に船体は大きく揺れ、船内ではひっきりなしにアラートが鳴り響いている。


「うるせー。うるせー。ガタガタ言ってねぇで、シャカシャカ飛んでろ」


 ブラックの隣。リクライニングさせた座席で寝返りを打つミストフロア。

 ミストフロアは寝そべったまま大きく欠伸をすると、間抜けな顔がプリントされたアイマスクを僅かにずらし、剣呑な光を宿した瞳で暗闇を見据える。


「――なんで戻ったかって? 決まってんだろ。俺達をコケにしやがったガキ共を叩きつぶすんだよ」


 そう言うと、ミストフロアは気怠げに上半身を起こし、自らの両腕をコクピット横に増設したダクトに突き入れる。


「ユニオンはぶっ殺す。コケにした奴もぶっ殺す。クソみてえな奴をみんな消していけばよ、死ぬときゃ幸せ。俺様ハッピーエンドってワケ。ワカル?」


 瞬間――ミストフロアの周囲の空間が湾曲。突き入れた両腕から生成された正体不明のガス状の霧が、ダクトを通じて船外へと放出されていく。


『恐怖の進撃を続けるブラックマンデー! しかしいくらなんでもこの作戦は無謀すぎるぞっ! ご覧下さい! この洞窟の観光名所、石柱湖です!』


 前を行く複数の飛空挺が狭まった空洞を抜け、大きく開けた地底湖へと飛び込む。

 ダークブルーに輝く美しく巨大な地底湖は、その水面から無数の鍾乳石が突き出している。


『さあ! この難所、初見のブラックマンデーはどう攻略す――ん? あ、あーーーっと! ついにきた! ブラックマンデーの背後から、クリムゾンアップルとブリューナクが乱入! これは一体どうなってしまうのかあああ!』


  ◆     ◆     ◆


「よっし! そのままつっこめ!」

「りょーっかい!」


 ごうごうと耳元で鳴り響く音が消え、一瞬で視界が開ける。

 長く続いた薄闇から、仄暗く、青く輝く湖面が飛び込んでくる。同時に、二人の正面に出現する巨大な石柱。だが、リーゼはそこで機体をさらに加速させる。


「いまっ!」


 リーゼは操縦桿を引き倒し、石柱に対して平行に進入。そして即座に機体に備えられたガンバンジーを射出。クリムゾンアップルの機首から放たれた超化カーボンのロープは、石柱に深々と突き刺さって固定。固定されたガンバンジーによって石柱を中心に大きくスイングしたクリムゾンアップルは、その勢いを利用すると同時にエンジンを全開――最大加速。後方から迫っていたラジャン・シンのブリューナクを一瞬で引き離す。


「ガンバンジーを利用したディメンジョンマニューバ……この私でも、あの機動だけは真似できん!」


 このレース中、何度も繰り返された一連の流れ。歯がみしつつも、為す術無く距離を開けられるブリューナク。

 速度では明確に勝っているブリューナクが、この終盤に至るまで首位を奪取できなかったのは、伸縮自在のガンバンジーを利用したこの特殊機動のためだ。


「私達は飛空挺にガンバンジーを装備しませんからね。あと、真似しなくていいです。怖いので」


 淡々と事実を述べるアニタ。とはいえ、本来貨物運搬用――もしくは船体固定用装備のガンバンジーを、飛行中の機動に応用するのはリーゼくらいのものだろう。


「――ん? 見ろよリーゼ! あいつら、いつの間に戻ってきたんだ?」

「あれだけやられたのにリタイアしないなんて、なかなか根性あるじゃない!」


 ひんやりとした地底湖の空気を切り裂き、無数の鍾乳石をかいくぐるクリムゾンアップル。二人の視界に、鍾乳石を破壊して直進するブラックマンデーの黒い船体が映る。


「またあの矢で壊してるの? せっかく綺麗な場所なのに、本当に迷惑なやつね!」

「いや――あいつなら、あんなことしねぇよ! 左だリーゼ!」


 憤慨するリーゼに、カタナが叫んだ。

 カタナの声に反応するよりも早く、リーゼの直感は操縦桿を左に横倒す。

 即座に主翼を垂直に傾けるクリムゾンアップル。瞬間、先程までクリムゾンアップルが飛行していた軌道をなぞるように、巨大な火柱が空中をなぎ払う。


「な、なんなのよ!?」

「まだ来るぜ! 上に逃げろ!」


 炎が通過した空間に、激しい水蒸気の渦が発生する。その渦は遙か後方まで続き、先程の火柱が、いかに凄まじいものだったかを如実に表している。万が一直撃していれば、リーゼ達もろとも一瞬で消し炭になっていただろう。


『良く来たなクソガキども。人生舐め腐ったお前らに、俺様が世の中の厳しさってもんを教えてやんよ。しっかり覚えてあの世にゴー。ギャハハ!』


 甲高い声と共に、ブラックマンデー側面のエアダクトから放たれる火柱。リーゼはカタナの指示通り急上昇して炎を回避。そのまま、ブラックマンデー外周をなぞるような機動で船体底部へと位置取る。


「この声……コロニーを壊したのもあなたね!? 頭おかしいんじゃないの!」

『あんだと? 人の頭にそんなこと言っちゃいけません! って、親に言われなかったか?』


 声の主に向かって罵声を浴びせるリーゼ。その間にも、ブラックマンデーに迫る石柱は次々とへし折られていく。見れば、火柱とは別のもやのようなものが鍾乳石にまとわりつき、ブラックマンデーに触れるよりも先に、石柱を自壊させている。


『まあいいや。お前ら、腐ったリンゴって知ってっか? 腐ったリンゴってのはな……あー。あれだ、なんだったかな? アー、そうそう。腐ってても、焼けば食える!』


 突然、ブラックマンデー底部が左右に開き、黄色の霧が辺り一面にばらまかれる。その霧をリーゼが視認した次の瞬間。霧はクリムゾンアップルの眼前でのたうつ炎へと姿を変える。


「――っ!」


 リーゼは油断していた。先程ダクトから炎が放出されたのを確認していたため、ダクトの見当たらない底部は安全だと――。


「そのまま前だ! 俺がやる!」


 カタナの声――リーゼは咄嗟にスロットルレバーを押し倒し、クリムゾンアップルを最大加速させる。

 リーゼの視界が真っ赤に染まる。灼熱の炎が機体を焦がし、凄まじい熱がリーゼとクリムゾンアップルを飲み込む。


『腐った焼きりんご。誰か食うか? 俺いらね。ギャハハハ!』


 地底湖に響くミストフロアの笑い声。そこへ、遅れてやってきたブリューナクが、あっさりとブラックマンデーを追い抜いて行く。


「馬鹿め――」

『アン?』


 抜き際、ラジャン・シンの侮蔑の声。そして――。


『あああーーーっと! ブラックマンデーと石柱の激突に巻き込まれたかに見えたチャンピオン! 何事もなかったかのように周回遅れの機体をかわしていくうううう!』


 火を噴くブラックマンデーと、その炎に飲み込まれたクリムゾンアップル。その様子をつぶさに捉えていた特設モニターに、炎と黒煙の尾を引いて飛ぶ、深紅の機体が映し出される。


『んだと? なんで焼きリンゴ出来てねえわけ?』

「フン――豚は豚らしく、鼻を鳴らして我らの戦いを眺めているがいい!」


 ブラックマンデーの前方を飛行する何機かの飛空挺をかわし、深紅と黄金の二機の飛空挺は、鋭角な機動で地底湖の出口へと消える。


「オイオイ。あいつら俺様のことコケにしすぎじゃねえの? 流石に笑えねーわ」

「まんまと逃げられたな! てめえの出番は終わりだ! とっとと引っ込んでろ!」


 死んだ魚のような目で二機の消えた先に視線を向けるミストフロア。

 そのミストフロアの顔面を遮り、ブラックはブラックマンデーのスロットルを全開。周囲の飛空挺を蹴散らしながら、自らも出口へと突入していくのであった――。

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