#93.02
「――に、ニンジャ?」
その聞き慣れない単語に、リーゼは思わず聞き返す。
「いつまで経っても戻らないカタナを不審に思った彼の仲間達が、このコロニーにやってきた。そして、彼らは自分達のことをそう名乗っていたわ」
「それって、一体――」
驚くリーゼに対し、アマネは大きな声を出すことを避けるかのように呟く。
「彼らは、自分達のことを時代の受任者だと言っていた。任されし者――それが、ニンジャだと」
「時代の受任者……」
アマネは続ける。
「ニンジャの目的。それは、この世界の摂理に反する全ての多次元技術を滅ぼすこと――私の作った時空間干渉システムは、彼らの言う摂理に反していたのよ」
(なによそれ……一体、どういうことなの?)
全球凍結の溶解直前ということは、まだ全世界は強烈な寒波に覆われていた時期のはずだ。とても、人間が自由に移動できるような環境ではなかったと聞いている。
ニンジャはその寒波の中。しかもどのコロニーが、どのような技術を持つのかまでわかった上で、滅ぼして回っていたというのか?
「それ以上のことはいまでもわからない。でも、とにかく今度こそ、私達はこのコロニーを捨てて脱出しなくてはならなくなった――」
彼らは、たった一人の子供のニンジャ相手に手も足も出なかった。恐るべき力を持つニンジャの集団に対抗する手段は、当時の93番コロニーには存在していなかった。
「――じゃあ、このコロニーが放棄された本当の理由って……」
「ニンジャの襲来から逃げるため――ということになるわね」
リーゼはその話に言葉を失う。そんな恐ろしい力を持った者達が実在し、しかも、あのカタナがそうだという。その事実は、とても信じられるものではなかった。
「でも、私はそのニンジャっていう人達のこと、初めて聞きました。もし彼らがいまでも活動しているなら、それこそユニオンやギルドとは戦争になってるんじゃ――」
「――心配いらねえよ!俺がここで、みんな倒したからな」
「え……?」
いつの間に話を聞いていたのか。椅子の背もたれに腕を乗せ、反対向きに座って二人を見るカタナ。
「倒したって――カタナが、ニンジャを一人で倒しちゃったの?」
「まあな!」
カタナはそう言って得意気に笑った。本当に、屈託のない笑み――まるで子供のようだ。
カタナと出会って僅かの間。何度この笑みを見ただろう?思えば、いつもこいつは笑っている。本当に、今目の前にいるこの男が、そんな恐ろしい行為をして回った集団の一員だったというのだろうか?かと思えば、そのニンジャ達はすでに全員こいつが倒したという。
「あいつらがこのコロニーに来たのも俺のせいだろ? だから、俺がケリを付けた」
そう言ってカタナは、ある種真剣な表情でリーゼを見た。その瞳には、リーゼも初めて見るような、強い決意が浮かんでいるように見えた。
「ば――馬鹿なの!? そんなことして、死んだらどうするつもりだったのよ!?」
「まあな。多分、俺はあんときに一回死んでるんだ。アマネとの約束には間に合ったけど、危なかったぜ」
「一回、死んでるって……」
こともなげに言い放つカタナに、リーゼは心臓を掴まれるような痛みを感じた。もしいま、カタナがそんな絶望的な戦いをすると言って出て行ったら、一体どんな気持ちだろう。そしてそれは、きっとアマネも――。
「呆れた……あなたって、ずーっとそうなの?」
「――何がだよ?」
激情を一度鎮めるように、嘆息するリーゼ。リーゼはカタナを見つめ、その間抜け面に人差し指を突きつけた。
「ずっとそんな無茶ばかりしてるのかってことよ!」
リーゼは、怒っていた。
「どうせその時だって、俺に任せとけ!とか言って、勝てる見込みもないのに勝手に出て行ったんでしょ!」
「――ま、まあな」
「別に、あなたが勝手にどこで死んだって構いませんけど! でも、あなたのことを心配してくれる人のこと、もっとちゃんと考えなさいよ! 私の時だって、それで落ちてきたくせに! 死んだらどうするつもりだったの!?」
一気にまくし立てるリーゼ。
カタナは確かに強いかもしれない。ミドリムシの不思議な力もある。次元跳躍が出来るということは、超越者なのかもしれない。でも、それがなんだというのか。
こいつは、あとに残される人の気持ちを考えたことがあるのだろうか?
リーゼの脳裏に、自分に夢を託して死んでいった家族の光景が重なる。彼女は、ほんの僅かに涙すら浮かべ、カタナに激情を叩き付けていた。
「でも最近は気をつけてるぞ! さっきだって戦わないで逃げただろ?」
「駄目よ、その程度じゃ全然駄目! どうせさっきのだって、一人だったら戦ってたんでしょ!? お見通しなんだから!」
「な――なんでわかるんだぜ――」
「ほら見なさい! カーヤさんだって、アマネ博士だって、みんな心配してるのよ!? 私だって――」
リーゼに怒られ、どんどん小さくなっていくカタナ。しかし、カタナは不意に何かをを閃いたように顔を上げると、突き付けられたリーゼの指を、ぐいと横に押しやって起死回生の反撃に転じる。
「で、でもよ! リーゼだって人のこと言えねえだろ!? 俺より弱いくせに色々無茶してるじゃねえか! 半年も海の上で缶詰になってたのはどこのどいつだよ!?」
「――う、うるさいわね! 私は退き際はわきまえてるし、いざとなったら命乞いでもなんでもして、絶対生き延びてみせるわ! 半年間あの場所にいたのだって、私の生存能力の高さの証明よ!」
「たった半年で威張るなよ! 俺は百年だ! 俺の勝ち!」
「なによそれ!? わけわかんない!」
「――二人共、そこまで!」
ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた二人を、アマネの透過する腕が制した。見れば、アマネだけではなく、老人たちも皆、にこやかにその様子を眺めていたようだ。
「あなた達、本当にまだ会ってから一日しか経ってないの? とっても仲がいいのね」
「仲が良いって――そういうのじゃなくて――もっと、傍にいる人の気持ちを考えろって思っただけで――」
柔らかな笑みを浮かべて言うアマネに、リーゼは気まずそうに俯いてしまう。
事実、先程までの言葉はリーゼの本心だった。次々と明かされるアマネの話に混乱していたのもある。だがそれ以上に、カタナを大切にしていたであろうアマネを心配させた目の前の少年に一言、言ってやらねばと思っていた。
「――リーゼさんの言いたいことはわかるわ。その時は私も、本当に辛かったもの」
アマネの表情は、やはり彼女が当時、どれほどの思いをしたのかを容易に想像させた。リーゼはアマネの表情を見たあと、カタナにジト目を向ける。
「俺は――」
それまで仏頂面でリーゼから顔を背けていたカタナが、不意に口を開く。
「俺はあの頃、ぶん殴るくらいでしかミドリムシを使えなかった。ここのみんなは俺にすげー良くしてくれたし……あんなやつらに、壊させたくなかったんだよ」
やはり思い詰めたような、リーゼの知るものとは違う瞳で言葉を紡ぐカタナ。その表情には、掻きむしるような悔恨の念が垣間見えた。
「でも、そうだな。俺は勝った気でいたけど、死んだら負けだな――」
カタナはリーゼとアマネを正面から見据えたあと、リーゼの目を見て言った。
「ごめん……これからは、無茶しないようにもっと気をつける」
「カタナ……」
そして、すぐに笑った。
「でもさ! 無茶しないってのはリーゼもな! 俺だって、お前が怪我したりしたら、すげー嫌なんだぜ?」
「――えっ? そ、そうなの?」
カタナのその言葉に、リーゼは思わず顔を真っ赤にしてあたふたと答える。
「ま、まあそうね! 私も、ちょっと言い過ぎちゃった――ごめんなさい」
そう言うと、リーゼはカタナとは逆に、目を逸らして手を下ろした。そして、目を逸らしたまま、最後に聞こえるかどうかという小さな声で呟く。
「なんか――ありがと」
「……これが若さか」
「……いいなぁ」
「……成仏しそう」
そんな二人を笑顔で見守るアマネや老人達の顔は、とても柔らかかった――。
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