Chapter 8

#93

 辺りを包む喧騒――。

 色とりどりの飲み物が注がれたグラスが、小型のドローンによって運ばれてくる。広場に用意されたテーブルには、豪勢な食事が山程盛りつけられていた。


(ここが、93番コロニー……)


 リーゼはその光景を見回し、大きく息を吐いた――。

 コロニーの居住区はそれぞれの地域ごとに特色があるが、この居住区ほど広大で、地上の環境を再現したコロニーはそうそうないだろう。計画通り区分けされた住宅街や商業施設。碁盤の目のように整理され、清潔で整然とした見事な町並み。そして、その町並みの外れ――。

 93番コロニー入り口の広場は、今や住民総出のパーティー会場化していた。


「なんだなんだ!? ニンジャしか来ないと聞いておったが、こんなにかわいらしいお嬢ちゃんまで来てくれるとは、やっぱり長生きはするもんだ!」

「だなあ……しかしカタナ。お前、いつのまにそんなにでかくなった? たしか昨日はこのくらいの大きさじゃあなかったか?」

「おじいさんったら……それはカタナさんじゃありませんよ。そこの女の子が乗って来た人型決戦兵器ですよ」

「おお、おお! こりゃあ確かに。見事な機動戦士だの!」 


 リーゼが辺りを見回して見たところ、ここに集まっているのは皆年配の老人ばかりだ。子供や年若い大人の姿は一人も見えなかった。


「ど、どうも?」

「うめええ! おいリーゼ! お前もこれ食ってみろよ!」


 ドローンから渡されたグラスを受け取り、ちびちびと口を付けるリーゼと、黄金色に焼色をした、見事な鳥の丸焼きを貪るカタナ。二人は今、このパーティー会場の中心。主役用に用意された席に座り、これでもかという程の歓待を受けている。


「しかし、まさか本当に来るたあ――正直、絶対に来ないだろうと思っとったぞ……」

「ずっと寝てたから楽勝だったぜ!気にすんな!」

「お前、相変わらずわけがわからんな……」


 二人の隣にやってきた老人が、カタナに謝罪するように言う。だが当の本人は全く気にする様子もない。カタナの隣に座るリーゼは、食事に少しずつ口をつけ、アマネの姿を探していた。


「――どう? 楽しんでる?」

「あ、アマネ博士」

「アマネ! こんなうめえもん、本当にありがとな!」


 未だに続く喧騒の中、人混みの中からアマネが現れる。アマネはリーゼの隣の席に座ると、思わず目の前のグラスに手を伸ばし、映像でしかない自分の腕を透過させてしまう。


「あら……老けもしないし、疲れもしないから便利なんだけど、こういう時はこの体が恨めしいわね」


 アマネは二人を見て肩をすくめ、笑う。リーゼはそんなアマネに一度会釈すると、真剣な表情で口を開いた。


「あの――そろそろ説明して貰えませんか? このコロニーのこと、そして百年前――一体何があったのか」


 リーゼはアマネの目を見据える。


「そうね。じゃあ、少し長くなるけど、それでもいい?」

「お願いします。知りたいんです。このコロニーで一体何があったのか」


 アマネは僅かに逡巡する。だが当然リーゼに逡巡はない。もとより、リーゼはこのコロニーの技術だけでなく、歴史、知識など、使えそうなものは全て手に入れるためにやってきた。その当事者であるアマネの話は、リーゼにとって、まさにこのコロニーを訪れた目的そのものと言っても過言ではなかったのだから――。


  ◆     ◆     ◆


「――時空間干渉技術。それが、私が作ったこのコロニーの根幹技術の名前よ」


 大きな瞳をまっすぐに向けるリーゼに、アマネは一つ一つ。思い出すように、ゆっくりと話し始める。


「元々、このコロニーで使っていた多元技術は不完全――そのせいで、数え切れない程の子供達が犠牲になっていたわ――」

「……」


 多元連結理論を元とした技術に共通の弱点とも言える生体制御。現在でこそ、そういった事例は少なくなったものの、かつては未熟な技術と知識の下。認識力の発達に優れた多くの子供達が、多元技術の制御のための犠牲となっていた。


「私が作った時空間干渉システムは、たった一人。時空間に干渉を行える子供が犠牲になれば、それだけで半永久的にコロニーのエネルギーを賄うことの出来る、画期的な技術だったわ」


 アマネは自嘲気味に笑う。


「当時の私は、それはもう大喜びだった。結局、誰かが犠牲になることに、変わりはないっていうのにね……」


 その言葉には、彼女にとって、致命的とも言える後悔がありありと伺えた。それ程までに、彼女の言葉に込められた悔恨の色は深かった。


「あなたも知っているかもしれないけど、あらゆる次元の中でも、時空間だけは特別な領域……時空間への干渉を行える人間は、殆ど存在しないわ」


 アマネに言われるまでもない。もとより次元という定義は人間が作った曖昧なものだ。次元という呼称で一括りにされてはいるが、それぞれの次元の特性や性質は大きく異なる。その中でも時空間。時間の流れという概念ほど抽象的なものはないだろう。

 多元連結理論が確立され、人類の中から適応者と呼ばれる新人類が出現し始めて尚。時の流れを表す時空間という領域は、ほぼ人類のコントロール外の領域のままであった。


「でも、いたのよ。93番コロニーの中に。時空間に干渉出来る子供が」


 アマネの表情はより痛苦を感じる、苦しげなものになる。その瞳は、何か遠く。瞳の裏に浮かぶ幻を見ているように見えた。


「それが、私の娘……サツキ」


 既に百年もの年月が流れたゆえだろうか。絞り出されるように発せられたその声には、先程までとは違い、何の色も見いだせなかった。


「あの時も、いまみたいな盛大なパーティーをしたわ……サツキには、今日は特別な日だって……嘘をついて……サツキに、人としての最後のパーティーをしたのよ」


 言って、アマネは目を閉じる。 


「いまでも、はっきりと思い出せる。可愛らしいとんがり帽子を被って、冗談みたいな鼻眼鏡をかけたあの子が……私に向かって、こんな楽しいパーティーを開いてくれて、ありがとうって言う姿が――」

「博士……」


 アマネの瞳から流れる一筋の涙。リーゼにも、彼女のその辛さ――大切な人との別離の辛さは、容易に共感することが出来た。


「ごめんなさい……凄く高性能でしょう?ただの再現映像みたいなものなのにね……自慢だけど、これも私が作ったシステムなのよ」


 アマネは、涙を自身の透過する腕で拭う素振りを見せて笑顔を作る。リーゼはただ黙って頷き、彼女の話を待った。


「その後は順調だったわ。サツキを取り込んだ時空間干渉システムは、全て想定どおりの性能を発揮した……コロニーも無事。今度こそ、もう誰も犠牲にならない。私だけじゃない……コロニーに住む皆が、サツキに感謝してた」


 アマネはそこまで言って話を一度区切る。そしてカタナの方をちらと見た。カタナは相変わらず老人達とがやがやと騒ぎ、グラスを飲み干して食べ物を口に運んでいる。その姿を見て、アマネは穏やかな笑みを浮かべた。


「そんなある日のことよ。あの子が――カタナが、私達の前に現れたのは――」


 その言葉に、リーゼは僅かに身を乗り出す。


「あの日。カタナは驚く私達に言ったのよ。『お前達を滅ぼす』って」


 その後に続くアマネの話は、にわかには信じ難いものだった。

 たった一人、全球凍結が終わりつつあった氷の大地から現れたカタナ。彼は圧倒的な力で93番コロニーの防衛システムを完膚なきまでに破壊。無限再生するドローンすら歯牙にもかけず、そのままシステムの中枢まで侵攻したという。


「カタナは……強すぎた。あのとき、彼はまだ十歳にもなっていないような子供だったのに……」


 奥の手として保有していた有人戦闘兵器もカタナによって破壊され、このままではシステムの破壊は時間の問題――だが、アマネはそのとき、システムの破壊を防ぐべく、生身でカタナの前に立ち塞がった。


「必死だった……だって、システムの中には私の娘、サツキがいるんですもの。絶対に壊させない。壊すくらいなら、せめて一緒に殺して欲しい――そう思うほどに」


 その後のことはよく覚えてない。そうアマネは続けた。だが、気がついた時、彼女はカタナを抱えて泣いていた。カタナは、いつまで経ってもアマネに刃を向けなかった。


「あの子はただの子供だった。カタナはコロニーの設備は徹底的に破壊していたけど、人には危害を加えていなかった……そして、あの子のその人間性を必死に繋ぎ止めていたのが、恐らくあの光――」

「――ミドリムシ」


 アマネの言葉に、リーゼは思わず声を上げる。彼女の脳裏に、自分がカタナを殺そうとした時、必死にカタナを守り続けたミドリムシの姿が浮かぶ。


「あの子がいまでもあの光と一緒なのを見て、とても安心したの。ああ――この子は何も変わってないんだな、ってね」


 アマネの話は続いた。結局、戦意を喪失したカタナをアマネが引き取ったこと。アマネとカタナの生活は、とても恵まれた、暖かなものだったこと。結局、その時はカタナが何者だったのかは、わからなかったこと――。

 そして、そこまで言ってアマネは再び表情を曇らせる。そして次に口を開いたとき、アマネはリーゼも知らない単語を口にした。


「カタナは、ニンジャだった――」

 

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