超越者.02
メダリオンの居室――。
戦艦の中とは思えない程豪奢な作りと、古風な内装が施されたその部屋の隅。大掛かりな寝具の上、犬のぬいぐるみを抱えた銀髪の少女が、もう一人の少年と何事かをして遊んでいる。
「カルマ……それ、私の勝ち」
「うー? あうあー?」
可愛らしい絵柄の書かれたカードを指差して少女が言う。カルマと呼ばれた銀髪の少年はその意味がわかっていないのか、不思議そうな顔で少女を見つめ、再びカードをめくろうとする。
「さあ、スピカ、カルマ。そろそろ提督がこの部屋にやってきますよ。お片づけしなさい」
見事な作りの執務椅子に腰掛け、読書に耽っていたメダリオンが、穏やかな表情で二人に声をかける。
「わかった、メダリオン。カルマ……一緒にお片づけしよう」
「うー!」
二人はメダリオンに一度返事をすると、いそいそと、二人でカードやぬいぐるみを片付け始める。
「うん。いい子ですね」
メダリオンはその様子を見てにこやかに頷くと、途中だった読書を再開する。
提督がこの部屋に来るまで、あと数分はかかるだろう。メダリオンは渋い顔のキアランが、重い足取りでこの部屋へと向かってくる光景を、執務机に広げた本の向こう側に視る。先程のキアランと副官のやりとりや、三人の適応者達の顛末。カタナと言う名のニンジャが次元跳躍を行った光景も、彼はずっと――ここで『視て』いた。
(流石にあのコロニーの中までは視えませんか……父上が見込むだけのことはある)
メダリオンは目の前の本の内容を読み進めながら、先程カタナが突入した場所の周辺へと視線を送る。だが、そこには入り口らしきものは一切見当たらない。
(私の視線を欺くということは、恐らく時空間断層――基幹艦隊の技術では、解析から突破まで数時間――といったところですか)
コロニー全体に施された、侵入者を欺く技術の高度さを確認すると、次にメダリオンは自軍艦隊の技術室へと視線を向ける。艦隊後方に編成されている工作艦内部では、無限に再生するドローンを殲滅するための機器の調整が着々と進められていた。
「これは、基本的にはゲートと同様の仕組みです。ゲートと違う点は、送るのみで、出口を用意しないということです」
技術士官らしき男が、通信装置に向かって説明を行っている。士官の周囲では照射装置らしきものが整備を受けている。
「ゲート設置用の照射器を急造で改造しています。出口を用意する必要が無いため、通常のゲートよりもはるかに大型の入り口を作り出すことができます。また、送り込める物体の数もはるかに――」
(ドローンへの対抗策も順調……)
――メダリオンは思案する。キアランは、ニンジャの抑えとして自分の出撃を許可するだろう。メダリオンの力をもってすれば、コロニーを守る時空間断層すら、直接的干渉でどうとでもなる。そして、艦隊はすぐにドローンの排除にも成功するだろう。
ドローンさえ排除できれば、すぐさま艦隊の上陸部隊が塔へと取り付き、時空間断層の解析と排除へと取り掛かるはずだ。それが完了すれば、内部にも上陸部隊が突入し、93番コロニーは即座に制圧できる――。
最早、彼らの目的達成を阻むものは皆無に思える。だが――。
(ですが……艦隊にまでコロニーの中に入ってこられるのは、少々面倒ですねぇ)
メダリオンは笑う。その笑みには、先程の穏やかな笑みとは全く違う、狂気の影が見え隠れしていた。
そして――彼が視た通りのタイミングで、部屋の扉はノックされる。メダリオンはつとめて穏やかに。入室を促すのであった――。
◆ ◆ ◆
「――それにしても、随分大きくなったわね。前はもっと小さくて可愛かったのに」
「そうか? 自分じゃよくわかんねえな」
薄暗い通路に声が響き、ヒンメルの重く低い歩行音が一定の感覚で残響を残していく。巨大なトンネル状になったその通路は、ことさら二人の会話を大きく反響させた。
「あ、あの。アマネ博士……でしたっけ」
「ええ。なにかしら? リーゼさん」
開放されたヒンメルのハッチに隣り合うように座るカタナと、先程二人に声をかけてきた女性。アマネと名乗ったその女性に、コクピットの内側からリーゼがおずおずと声をかけた。
「博士が、カタナと約束した人なんですよね?」
「ええ、そうよ。ざっと百年くらい前にね」
アマネはそう言ってリーゼの方を向いた。彼女のその美しい容貌や、知性に裏打ちされた言動。そして、確かな人生経験を感じさせる雰囲気は、リーゼも思わず敬語を使わざるを得ない程である。
「その、百年前ってどういうことなんですか? それじゃあ、カタナもその時から生きてたっていうことになるし……あーもう! 何から聞けばいいのか――」
「ふふっ――あなたが言いたいことはわかるわ。勝手にこっちで盛り上がっちゃって、ごめんなさい」
リーゼに向かってにこやかに微笑むアマネ。彼女はそのまま、昔を思い出すような表情を浮かべる。
「まず、改めて自己紹介するわね。私の名前はユズル・アマネ。このコロニーで、技術主任をやっていたの」
名乗り、アマネはそのまま続ける。
「そして、いまここにいる私は映像――実際の肉体はもう無いの。だから、私は幽霊みたいなもの、ってことになるわね」
「マジかよ!? じゃあなんで見えるんだ? 幽霊は見えないってカーヤから聞いたぞ!」
「説明してもカタナはわからないでしょ? 九九は出来るようになったの?」
「う――ま、まだできねえ……」
横から入ってきたカタナをぴしゃりと制すると、アマネは更に話を続けた。
「肉体は失ったけど、私はメインシステムに自我を移して保存したの。そして百年間。カタナがやってくるのをずっと待っていた……ってわけ」
「なるほど――そういうことだったんですね」
ある種、荒唐無稽なアマネの話に頷くリーゼ。だが彼女自身、似たような延命技術や、擬似的な不老不死への試みは幾らでも聞いたことがある。多元連結理論を元にした技術は、そういった延命分野に対しても遺憾なく発揮されている。
「あの……それで、カタナとはどんな……」
「あら? 二つ目の質問はカタナのことなの?」
急かすようにカタナの話を尋ねられたアマネが、意地悪く笑う。
「え!? べ、別に――深い意味があるわけじゃ――」
リーゼは両手を振りながら慌てて否定する。
「――ごめんなさい。二人がとても仲良しに見えたものだから。つい、ね?」
「どうした?」
「うるさい! あなたが聞かれるまでなんにも話さないのが問題なのよ!」
「なんでだよ!?」
そう言ってカタナの首のボロ布を引っ張って高速で振り回すリーゼ。そんな二人を見るアマネの表情は、とても柔らかく。優しさに満ちていた。
「でも、カタナの件はあとでゆっくり話すわ。複雑なのよ。カタナと、私達の関係は」
「私達……?」
「……」
アマネのその言葉に、少しだけ気まずそうな顔をするカタナ。同時にリーゼは、『私達』というアマネの言葉にひっかかるものを感じた。
「でも、これだけは言える。カタナは百年前、間違いなく私達を救ってくれた。そしていま、また約束を果たしにここまで来てくれた。カタナには、本当に感謝してる」
「な……なんだよ。気にすんな! 任せとけって言ったろ!」
「あれ? カタナも照れたりするのね?」
「う、うるさいぜ!」
カタナに向き直って感謝の言葉を述べるアマネ。それを受けて、カタナは照れ臭そうに目をそらしてしまう。
「……百年経っても身長以外何も変わっていなかったのは、さすがに予想外だったけどね」
アマネの話が終わるのと、ヒンメルが搬入口奥の隔壁前に辿り着くのはほぼ同時だった。アマネは重量を感じさせない動きでヒンメルのハッチから飛び降りると、そのまま隔壁まで歩いて行き、隔壁開放の操作を始める。
「さあ、百年ぶりのお客さんよ。皆も待ちくたびれてるわ」
「さっきも言ってた私達って……もしかして、博士以外にも同じような人が、まだこのコロニーに?」
リーゼの言葉に、アマネは微笑む。巨大な隔壁が開き始め、向こう側から温かい陽気と人工太陽の陽の光が差し込む。
突然差し込んだ明るい日差しに一瞬目を細めるリーゼ。そして、リーゼの視界が光に慣れるよりも早く、彼女の耳に、割れんばかりの歓声と、無数のクラッカーが破裂する音が響いた。
「「「ようこそー! 儂らのコロニーへ!」」」
「すげえー!」
「な、なんなの?」
光に慣れたリーゼが見たもの。それは――。
広場を埋め尽くし、二人を歓迎する横断幕を掲げる無数の老人達の姿だった。
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