号砲.02
『さあ! チャンピオンが二位以下を引き離しての波乱の幕開け! ここからチャンピオンに追いすがれる奴は果たして現れるのか! あーっと! 速い! 速い! なんという加速力だぁぁぁ!』
リーゼに大きく引き離され、更にはリング通過のために密集した39機の編隊。
お互いが接触を恐れ、速度を落とした機動に徹する中、その編隊の中をうねるような機動で抜け出す黄金の飛空挺――ラジャン・シンの駆る愛機『ブリューナク』である。
「そうでなくては面白くない! アンネリーゼよ! その程度でこの私から逃れられると思うでないぞ!」
その美しい黒髪をたなびかせながら叫ぶラジャン。ラジャンの情念に応えるように、唸りを上げるブリューナクのエンジン。その加速力は明らかにクリムゾンアップルを上回っている。
「第一チェックポイントは十一時の方向。海上の廃コロニーを通過する必要があります。テイクオーバーはお勧めしません」
「この私がその程度で怯むと思うか! 一気に勝負をかける!」
拡散し始めたクリムゾンアップルの白煙に並列するように、ブリューナクの引いた白煙が恐るべきスピードでその尾を長く長く伸ばしていく。その恐るべきスピードは、先程のリードすら意味を成さないように見える程である。
「おいリーゼ! もう追いついてきてる奴がいるぜ! すげえ速さだ!」
「なかなかやるわね! でも、速ければいいってもんじゃないんだから!」
カタナはクリムゾンアップルに迫る飛空挺を確認。驚きの声を上げる。だが、リーゼはその展開を予測していたのか、余裕の笑みを浮かべた。
元より、一民間企業であるリドル・マイスター社の技術では機体性能に限界がある。常に進化を続けるユニオンの戦闘艇や、より資金力の豊富な企業の飛空挺に対しては、どうしても性能で見劣りする。
「一気に行くわよ! カタナ、ナビよろしくね!」
「わかった! 任せとけ!」
だが――性能で劣っていたのは今回に限った話ではない。リーゼは去年も、その前の大会においても、常に性能で上回る飛空挺を相手に優勝を勝ち取ってきた。性能差での不利など、今更な話である。
急降下から海面直前で機首を上げ、大きな水柱を吹き上げるクリムゾンアップル。
眼前にはいまにも崩壊しそうなコロニーの廃墟。第一チェックポイントはその廃墟の中である。
『これはチャンピオン! まさか減速しないまま突入するつもりか!? いくらなんでもそれは無謀すぎるぞぉぉぉ!』
「リーゼ! 右上、左下、左上。そこからまっすぐで旗だ!」
「右上――左下――左上ね――わかった!」
更に加速を続け、風圧とGで振動する機上でカタナが叫び、リーゼが応える。通常のナビのセオリーには当てはまらないカタナの指示だが、リーゼはすぐに対応する。
『クリムゾンアップル! 首位のまま第一チェックポイント! 廃コロニーに高速で突入! あーーーっと!? これは凄い!』
大きく張り出した金属製のパイプ。傾いた鉄柱。崩れた柵などが行く手を阻む廃挙の中。しかしリーゼはあらかじめその存在を予知していたかのように、的確に加減速を繰り出すと、最小限の動きで障害物を回避していく。
空中での制動は、飛空挺が旧時代の航空機に取って代わることとなった最大の特徴だ。リーゼは滑るような機動で廃コロニーの壁面寸前を舐め、飛翔する。
「うん、指示通りね!」
「へへへ! 任せとけって! ほら、次はまっすぐだぜ!」
廃墟内部の障害物を殆ど減速せずに抜けたクリムゾンアップル。その眼前に、白い粒子で空中に形作られたフラッグが現れる。
フラッグの数は三つ。
このフラッグを獲得することで、通過タイムとは別にポイントが加算され、速度とポイントの合計で最終順位が決定される仕組みだ。
「もーらいっと!」
フラッグの光点上通過と同時に、レース会場の巨大モニターに現在の順位が表示され、リーゼの項目にポイントが大きく加算される。
「このあとは――右下、左上――! そっからは上だ!」
「おっけー!」
カタナはコクピットから身を乗り出すと、眼前に目をこらしながらリーゼに向かってナビを飛ばす。
このセオリーとは異なるカタナのナビは、彼の純粋な視力によるものである。カタナの卓越した視力は、遙か遠くを見通すだけではなく、入り組んだ障害物や、複雑な地形の遠近感を読み取ることすら可能としていた。そして更には、闇の中でも昼間のように振る舞う夜目すら兼ね備えている。
光学ゴーグルも無しにこれほどの視力をそなえた人間を、リーゼは他に知らない。今回、リーゼがカタナをナビに指名したのは、ひとえにこの驚異的な視力を頼みにしてのことだったのである。
「レースってすげえ楽しいな! どんどん行こうぜ!」
「もっちろん! 頼りにしてるわよ!」
薄暗い廃墟に差し込む光の下、クリムゾンアップルのエンジン音と、二人の笑い声が響く。後方に機影は見えない。このまま行けば、問題なく首位を維持できる。そう確信したリーゼは、不敵に笑って操縦桿を握りしめる。だが――。
『アーアーアー。テステステス。チェックポイント? スピード? あーあー。聞こえなーい。めんどくせえし、最後に俺達しか飛んでなけりゃあ、文句なし優勝! だろ? 違う?』
機上の二人の耳に、やや甲高い男の声が響き渡る。
同時に、周囲の壁面がガタガタと揺れ、天板がはがれて落下を開始。さび付いた支柱がひしゃげ、廃コロニー全体が突然崩落を開始する。
「なに? コロニーが崩れてる?」
「でけえのが上から来てるぞ!」
「上から? ふむふむ……わかった!」
巨大な爆発音。廃墟の天板が爆炎とともに粉砕され、金属がきしむ音と耳をつんざく破砕音を響かせながら、黒塗りの巨大な船底が露わになる。
『ああああ!? いつの間にここまで!? というかポイントフラッグはどうでもいいのか!? ミストフロアチームのブラックマンデー! コロニーを突き破り、チェックポイントに真上から突入だぁぁぁ!』
『これは素晴らしいアイデアです! 邪魔な障害があるのなら、全て破壊して進む! シンプルかつ合理的な、いますぐ真似できる成功への近道ですぞ! フッホホホ!』
『で、でも、先に中に入った皆さんは大丈夫なのでしょうか……私、とても心配です……』
モニターには、爆炎とともに崩落した第一チェックポイントの姿が映し出される。
粉塵の中に浮かび上がる一際巨大な黒い船影は、その船底でこするようにチェックポイントを通過すると、廃コロニーの構造物を強引になぎ倒しながら進む。
『ギャハハ。大変失礼いたしました。ちょっとガンバリすぎちまったか? こりゃあ、みんな死んじまったかな?』
ミストフロアの笑い声が響く中、もうもうと上がる黒煙。廃コロニーからはがれ落ちた壁面が、次々と青い海に吸い込まれていく。
「――邪魔な建物を片付けてくれてありがと!そのままずっとそこで掃除してていいわよ!」
ブラックマンデーの巨大な船体。
そのすぐ横を這うように交差して上空へと舞い上がったのはクリムゾンアップル。リーゼはゴーグルをずらして舌を出すと、ブラックマンデーの眼前に浮上、そのまま上空へ向かって一直線に加速する。
『あー!? おいハゲ! さっさと追いかけねえとヅラ被せるぞ!?』
『うるせえ! 締め殺すぞクソ霧野郎!』
ブラックマンデーの拡声器から聞こえる言い合いを尻目に、リーゼはクリムゾンアップルの操縦桿を巧みに操って次のチェックポイントへと向かう。
だが、ブラックマンデーも大型とは言え飛空挺である。
加速力には難があるものの、最高速度は通常の高速挺と殆ど変わらない。
粉塵を大きく巻き上げて、海上から青い空へと舞い戻るクリムゾンアップル。そしてその背後へと迫るブラックマンデー。
大きく風を切って上昇する二機。次のチェックポイントは空中に設置された無数の浮遊岩石地帯だ。
だが、その岩石地帯を前にして、ブラックマンデーの船上に、翡翠色の長髪をなびかせた一人の男が姿を現す。
『ご覧下さい! ブラックマンデーの中から、突然人が出てきました! 乗組員でしょうか? 背中には――弓矢だ! 巨大な弓矢を背負っている! まさかその弓矢で何かを撃つつもりかっ!?』
「――カタナ、見える? あの人、もしかして食堂にいた……」
「ああ、向こうはやる気だぜ!」
風圧に晒されながら、僅かに後方を確認したリーゼが呟く。
カタナはコクピットの内部から愛用の黒いブレードを引き抜くと、身を乗り出して後方へと向きを変えた。
翡翠色の髪の男。ベリルは、その身にぶつかる風圧にも、加速によるGにも全く微動だにせず、ブラックマンデーの船上で直立している。その物理法則を無視した光景に、観客からざわめきが起こった。
モニター越しにざわめく観客達の眼前で、ベリルはゆっくりと背負った強弓を構える。つがえるのは、人の腕ほどもありそうな巨大な矢。狙うは――クリムゾンアップル。
「――まずは、その力の実体を暴く。見せてみろ。少年」
ベリルは呟き、巨大な矢の切っ先を深紅の機体へと向けた、その時――。
「――アンネリイイイイイイゼエエエエエ!」
どこまでも続く青い空。その中で対峙する二機の飛空挺に割って入るように、ユニオンの撃墜王。ラジャン・シンの魂の叫びが、オールセル中に轟いた。
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