塔.02

 ヒンメルはすぐに林立する廃ビルの森を抜ける。視界が開ける。ヒンメルとカタナの眼前に、見上げるほどの威容を誇る『塔』が出現する。


『凄い――近くで見ると、こんなに大きかったのね――』


 ヒンメルは塔の円周を大きく回り込むように弧を描く。塔の周辺は円を描くように開けており、その根本には台座のようにも見える円盤状のドームが設置されている。そのどれもが、数百年もの凍結状態を経たとは思えぬほどの保存状態だ。 


『カタナ! あなたが言ってた搬入口だけど、どの辺りかわかる?』


 リーゼはヒンメルの単眼越しに入り口を探す。


「……ダメだ! こっからじゃ思い出せねえ! 降りれるか?」

『ちょ、ちょっと! 本当に大丈夫なの?』


 いまいち頼りないカタナの言葉に不安になりながらも、リーゼはヒンメルを開けた円周部に降下させる。ヒンメルの背面スラスターノズルから吐き出された白煙が周囲に広がり、ヒンメルの巨体がゆっくりと金属製の地面に降り立つ。


「よっし! ようやく地面に戻れたな!」


 カタナはヒンメルの完全降下を待たずにその背中から飛び降りると、軽快な音を立てて地面に着地する。そしてその背後。重く鈍い音とともに着陸したヒンメルが、スラスターからの噴煙を停止させた。


『どう? 思い出せそう?』

「ああ! 多分、こっちだった気が――ん?」

『……どうしたの?』


 搬入口を目指して踏み出そうとしたカタナ。そのカタナの足が止まる。


「こっちに向かってるやつらがいるな……六次元か?」

『六次元って……さっきの潜行弾?』


 リーゼはヒンメルのレーダーを確認する。しかし、いまのところ反応は見られない。


「いや、この感じはあれだ。火の玉投げたり、氷で刺してきたりするやつらかな」

『火の玉に氷って……それって、適応者!? ちょ、ちょっと! ヒンメルじゃ適応者なんか相手にできないわよ!?』

「んなこといっても、俺だってあんなの相手にしたくねーよ!」


 カタナはヒンメルを見上げ、若干考えこむような仕草を見せる。 


『適応者』とは、全球凍結後の世界に現れ始めた新人類の総称である。彼ら適応者は、その異常に発達した認識力によって、機械の力を使わずとも、生身で多次元の認識と干渉を行うことが出来る。

 粒子の加速や減速。神経伝達の加速や停滞。物質の分解、再構成。

 それぞれの適応者が得意とする次元によって能力はまちまちだが、大抵は三次元空間の物理法則を無視した、様々な事象を操る事が出来る。戦闘力という側面だけで見た場合、適応者一人のそれは、ユニオンの一個中隊に匹敵するとまで言われていた。 


『急いでカタナ! 早くコロニーの中に入らなきゃ!』

「……ま、仕方ねえか!」 


 急かすようなリーゼの言葉に、カタナは頷く。そして再びヒンメルの背に飛び乗ると、コンコンとヒンメルの頭頂部を叩いた。


「よーっし、リーゼ! まっすぐ進んでくれ!」

『まっすぐ? 真っ直ぐでいいの?』

「ああ! 頼んだぜ!」

『わ、わかった!』


 リーゼはヒンメルの両足に備えられたダッシュローラーを起動。高速回転を開始した両足のローラーから激しく火花が上がり、独特の走行音を鳴らしてヒンメルが滑るように加速。カタナの指示通り直進――。


  ◆     ◆     ◆

 

 ――その僅か数秒後。その場に三人の人影が現れる。


 一人は燃え盛る炎を、一人は放電する雷球を、最後の一人は中空に浮かぶ鋭利な刃物を無数に周囲に従えている。それは、見た者に畏怖すら感じさせる、あまりにも現実離れした光景だった。


「ヒャーハッハッハ! この俺様の業火にかかれば、ニンジャだろうがなんだろうが、一瞬で消し炭よぉ!」

「全く……貴方のような狂人とこの私を一緒にするなんて……キアラン様ったら、あとで少しビリッとさせちゃおうかしら?」

「伝説に聞くニンジャとやら。ついにこの我を楽しませてくれるやもしれぬ相手が現れたか……」


 三人が出現したのは、ヒンメルが走り去ったまさにその場所だ。ユニオンが誇る無敵の『適応者』である彼ら三人は、ついに、ドーム外周部へと降り立った――。



 ――が、彼らはすぐに帰っていった。彼ら三人は、なぜかリーゼ達を見つけることが出来なかったのである――。

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