ガレージ.02
リドル社のガレージを出たモローは、そのまま自らがスポンサードするレースチームのテントへと入っていく。
そのテントには、大きくモローズ・ホテル&カジノの看板が掲げられ、周囲のガレージとは規模も、設備も違う特設ガレージが併設されていた。
「どうですかな? 皆さん、レースの準備の調子は?」
モローはテントに入るなり、薄暗いガレージで機体の整備作業を行うスタッフ達に声をかける。だが、スタッフ達は皆一様にモローを一瞥しただけで、答えることもなく整備作業を続ける。
モローは彼らの反応も意に介さず、整備を受ける飛空挺に歩み寄っていく。
大きさはクリムゾンアップルの5倍はあるだろうか。黒い迷彩の施された、高速艇というよりも、爆撃機のような寸胴な機体。
機体側面からは片側二つずつ。計四つの大きな主翼がつきだしている。
その主翼には、各翼ごとに物々しい銃口が設けられており、とても民間のエアレースに出場するような機体には見えなかった。
主翼の下までやってきたモロー。
彼はその下の作業台で、自身の得物を手入れする翡翠色の髪のエルフ――ベリルに対して声をかけた。
「貴方が仰っていた少年。しっかりとこの目で見てきました。どうやら、ナビとしてレースに出場するようですなぁ」
「――」
ベリルは無言で作業を続ける。
「流石は『先見』の二つ名を持つベリル様――と、言ったところでしょうか? この広いコロニーの中、一度会っただけの少年の居所をすぐに特定してしまうとは! 正になんでもお見通しと言う他、ありませんねえ!」
モローは両手を広げ、大げさな身振り手振りと共に、ベリルの周囲をぐるぐると回る。ベリルは相変わらず無言だったが――すでに、彼の作業の手は止まっていた。
「しかし――本当にあんな間抜け面のガキが超越者なのですかねぇ? 私には、どうにも信じられません!」
「……何が言いたい?」
ベリルは僅かに視線を向ける。その瞳には、剣呑な光が宿り始めていた。
「いえいえ! 他意はありませんとも! ありませんが……小耳に挟んだところによれば、クランの内部でもまだまだオルガ様を恐れる声は大きいとか? まさかとは思いますが、別の超越者をでっちあげ、怖じ気づいた口実に、なんてことは――……あががががっ!?」
「――言葉は選べ。一秒でも長く、その良く回る舌を動かしたいのならな」
モローのその言葉は最後まで述べられることはなかった。ベリルはモローの首を片手で掴み、その巨体を軽々と引き上げる。その太い首を握るベリルの手に力がこもると同時に、モローの顔が青ざめ、そのでっぷりと太った体が小刻みに痙攣し始める。
「も、モロー様!」
周囲の黒スーツ達は雇い主であるモローを守るべく、咄嗟にホルスターから拳銃を抜くと、銃口をベリルへと向ける。だが、ベリルへと向けられた拳銃は一瞬で白煙を上げ、地面に向かって溶け落ちる。
「あー? てめえら、俺の相棒になにやってるワケ? って……ア? なに? うわっ! こいつマジで怒ってんの?」
機体の奥から、ボサボサの短髪を掻いて現れたのはミストフロアだ。ミストフロアは眼前でモローを引き上げるベリルを見ると、モローを持ち上げるベリルの腕にぶら下がり、無理矢理モローを地面へと引きずり落とす。
「ヒュー……! ヒュー……!」
「バーカ! キレたらこの根暗の方が俺よりこえーって知らなかったのか? てめえ、これで貸し一つだ。あとで欲しいもんは言うわ! ギャハハ!」
ミストフロアはベリルの腕にぶら下がりながら、地面に這いつくばるモローをあざけるように笑った。
「――早く降りろ。もとより、この男を殺すつもりはない」
「あー? 気にすんな。俺はたまたま偶然、ここに乗っているだけなので――あ」
ビュンッ――と、風を切る音と共にベリルの腕が振り払われる。ベリルの腕に捕まっていたミストフロアは、残像を残して暗がりへと高速で投げ捨てられていった。
「――使徒は殺す。ユニオンに連なる者は、例外なく全て滅ぼす。それを邪魔する者は、例え子供だろうと、超越者だろうと容赦はしない」
剥き出しの土の上に這いつくばり、激しく咳き込むモローに、刺すような視線を向けるベリル。その翡翠色の瞳には、モローに対してのものではない、激しい憎悪の炎が浮かんでいた。
「モロー。お前が何を考えているか――それなりに見当はついている。俺の目を欺けるとは、思わぬ事だ――」
ベリルはそれだけ言うと、そのままミストフロアが消えた暗闇とは反対側の出口を使って退出。青紫色に鬱血した首元を押さえながら、モローは歯ぎしりと共に地面の土を掻き集め、憤怒の表情でベリルの背中を睨んでいた。
「ゲホッ! ゲホッ――! おのれっ……! おのれっ! 利の意味も知らぬ蛮人めがっ!」
黒スーツ達をぞんざいに払いのけながらモローが吠える。
しかし、憤怒は一瞬。醜く歪んだモローの顔は、すぐに暗い笑みに彩られる。
モローは、ただいたずらにベリルを挑発したわけではない。いまのやりとり、そして反応から、モローはある確信を得ていた。
即ち、あのリドル社のナビに収まった蒼髪の少年が、ほぼ確実に超越者であること。そして――それによってクランの計画は、大きく揺らぐ可能性が高くなっているということを。
(頭のイカれたミストフロアはともかく、あのエルフがあそこまで感情を露わにするのは珍しい……オルガはまだしも、あの少年にまで邪魔されることを、相当危険視していると見えますねぇ?)
立ち上がり、息を整えたモローは、暗がりの中、黒スーツの一人になにやら指示を伝えると、服についた土を払い、不敵に笑う。
(――先見? フン!止められるものなら止めてみるといい。例え貴様一人が強かろうと、この世界で最も強い力は経済力! 無知な蛮人には、ここらでそれをしっかりと教えてあげなくてはいけませんねぇ! フホッ! フホホホホッ!)
機体整備を続けるクラン所属のメンバーに聞こえぬよう、必死に心中を隠そうとするモロー。だが――あとから溢れ出る笑みを押さえることは、ついに出来ないようであった――。
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