Chapter 5
ガレージ
群島交易圏オールセルを構成する無数の島々。
その島々の上空。抜けるような青い空めがけて何発もの祝砲が打ち上げられる。
打ち上げられた祝砲は、乾いた音を一帯に響かせながら、どこまでも広がる青空に白煙の花を咲かせた――。
◆ ◆ ◆
225番コロニー沿岸部。
そこには大小様々なテントが設営され、そのテントの下では金属を叩く音や、低く唸りを上げるエンジンの動作音が鳴り響く――。
ここは、この日開催されるエアレース『ユニオンズカップ』のために特設されたガレージエリアだ。
現在この場所では、形状どころか動力すら異なるバラエティに富んだ飛空挺が、ガレージ内で最終調整を受けている真っ最中である。
「――燃料は去年と同じ、海水だ。エンジンの改良でエネルギー変換速度は3割増しになってる。ただ、タンクの容量は変わってねえから、その分、補給のタイミングは早めにな」
「うん。昨日飛んでみて去年との違いはわかったし、いけると思う」
深紅の機体――クリムゾンアップルのコクピット。モニターボードを眺めながら機体の確認を行うジークに、パイロットキャップをかぶったリーゼが頷く。
「一応、必要ならドロップタンクも積めるんだが……もってくかい?」
「いらないわ。そんなのつけたら、せっかくのこの子の良いところが台無しだもん」
追加の燃料タンク設置について言及するジークに、不敵な笑みを浮かべるリーゼ。リーゼは操縦桿をゆっくりと操作しながら、水平尾翼の可動を確認している。
「コースも去年と同じ。コロニーがあるサラーク島を36周だ。ただ、障害物とポイントフラッグの場所は変わってる。ガンバンジーの調整は去年と同じだが、注文があればいつでも言ってくれ。すぐに調整する」
「フラッグの場所がわからないのは他のみんなも一緒だし、問題ないわ。ところで、そっちの調子はどう?」
一つ一つ確認作業を行いながら、ジークの説明に耳を傾けるリーゼ。ある程度区切りのついた段階で、リーゼは後部座席に声をかける。
「ばっちりだ! いつでも行けるぜ!」
リーゼの問いかけに元気よく答えたのはカタナだ。彼もリーゼと同様パイロットキャップを被り、飛行用ゴーグルをかけている。
「もともとこの機体は復座式だったんだが、リーゼちゃんが乗るようになってから単座に改造したんだ。カタナが乗る分重くなっちゃいるが、重量バランスはむしろいまの方がマシになってるはずさ」
「楽しみだな-! 俺、こういうのにちゃんと乗ったこと全然ねえんだ!」
狭いコクピットの中でカタナはうずうずと体を揺らしている。余程レースのスタートが待ちきれないのだろう。
「カタナはこの前、ヒンメルの頭に乗ってたじゃない?」
「ふざけんな! あれは乗ったって言わねえよ!」
まるで子供のような様子のカタナに、リーゼは振り向きながら笑った。
「ふたりとも気をつけてね。わたし、いーっぱい! 応援するから!」
「ありがとな! 頑張ってくるぜ!」
機体横に立てかけられた足場から、サツキが二人に声をかける。カタナはサツキに笑顔で応え、力強くガッツポーズをして見せた。
「――ところで、昨晩の話だけど――クランが動いてるかもしれないんだろ?本当に二人だけで大丈夫なのかい?」
ジークやサツキとは反対側。作業着に身を包んだマリがリーゼに尋ねる。
その声色は気丈な彼女にしては珍しく、若干の怯えの色が浮かんでいた。
「まったくです! クランが動いてるかもしれないのに、気にせずフェスを続けるなんて!馬鹿としか言い様がありませんね!」
そんなマリに同調するように、奥から現れたカーヤが、怒りの表情で機体の側に歩み寄る。
「いいですかリーゼさん! レースに出るのはいいですけど、何があっても自己責任ですよ! もう僕に出来ることは全部! やったんですからね!」
カーヤはサツキの隣に自らも登り、リーゼとカタナ。二人を指さして言った。
「心配すんなって! そのために俺が一緒に乗るんだろ? それに、カーヤは知らねえかもしれねえけど、リーゼだって凄いんだぜ?」
「そうよ! 叔父様の言ってた適応者のことも気になるし、少しでも怪しい奴を見つけたら、空からガンバンジーで引きずり回してやるわ!」
二人はカーヤの心配もどこ吹く風だ。
それを見たカーヤは、呆れたように大きな溜息をつく。
「いまのカタナはただの人みたいなものですよ? その上ナビなんて……本当に大丈夫なんですか?」
カーヤはやや不満の残る表情でリーゼに尋ねる。彼の認識では、いまのカタナはせいぜい腕の立つ剣士といったところである。エアレースのナビなど、専門外もいいところだろう。
「大丈夫。カーヤは気付いてないかもしれないけど、カタナにはミドリムシよりも凄い、ナビ向きの才能があるのよ! 昨日もしっかり打ち合わせしてたんだから! ね? カタナ?」
「ああ! よくわかんねえが、ばっちりだ!」
リーゼとカタナははそう言って目を見合わせる。
なにやら自信を見せる二人に、カーヤは二度目の大きな溜息をつくのであった――。
◆ ◆ ◆
――レースの準備を進めていた彼らの元に、カンパニーからの連絡が入ったのは昨日の午後のこと。
『クランによる、オールセルを狙ったテロ行為の可能性有り。可能であれば警戒を』
たったこれだけの短い伝達通信。しかし、この情報を受け取ったカーヤの行動は早かった。
工業区で大惨事を巻き起こした危険な適応者――超越者かもしれないが。とにかく、危険な男の存在を知っていたカーヤは、すぐに225番コロニーでの調査を開始。クランの主要構成員二人が、すでにオールセルに侵入してることを突き止めた。
「本来なら、このフェスごと中止にするべきなのに――全く、利益に目が眩んだ愚民共は、ほんっとうに救いようがありませんね!」
カーヤは大きな呆れと、憤りを込めて声を上げる。
先の情報を受けたカーヤが真っ先に取った行動は、この祭典の即時中止を運営委員会に掛け合うことだった。常識的な、至極真っ当な判断と言えるだろう。
――が、結果は散々。殆ど門前払いであった。
「僕が以前見た、旧時代の映像記録にもこういう話がありました。巨大な魚に襲われたビーチの支配人が、欲に目が眩んで多くの犠牲者を出す話です! きっとこのレースもそうなりますよ!」
「まあ、しょうがねえさ。ここじゃあ、命と金を秤にかけてどっちを取るかはてめえらの自由だ。で、大抵の奴らは金を取るのさ。一年に一度のかき入れ時を、死ぬかもってだけで中止にする奴らなんか、ここにはまずいねえよ。なあ? かあちゃん」
「あんたこそ、そういう奴らの代表者みたいなもんだろうが! どいつもこいつも!」
呆れたように言うマリ。その時である――。
ジークの肩に、ぽん――と。気安く置かれる、装飾品だらけの手。
「おやおやぁ? 今年は出場なさらないと聞いていましたが。どういう風の吹き回しですかな?」
「うわっ――! も、モロー!?」
ジークの背後から現れたのは、小太りの背の低い男――。
モローズ・ホテル&カジノ支配人。ブルマン・モロー。その人である。
「これはこれは、チャンピオンのアンネリーゼ嬢! ご機嫌麗しゅう――行方不明になったと聞いて、大変心を痛めていたのですよ?フホッ! フホホッ!」
「モロー……あんたのせいで、私の家がどうなったか知ってるの!? 絶対に許さない!」
のそのそと姿を現したモロー。彼はそのままゆっくりとクリムゾンアップルへと近づくと、リーゼに濁った瞳を向けた。リーゼはその暗い瞳を真正面から、怒りを込めて射貫くように見返した。
「ほほおお? こちらはなんとまあ、かわいらしいおちびさん達ですなあ? さあ、おいしいおいしい、飴をあげようねえ?」
「あ――ありがとう、ございます……」
「結構です。僕をチビ呼ばわりした時点で、貴方は僕の敵です。いますぐ僕の視界から消えて下さい」
「フホホッ! これは強気なおちびさんだ! いいんですよ。かわいらしいお嬢ちゃんには、ちゃあんとあげますからねえ?」
モローはいまにもはじけ飛びそうなタキシードのポケットから、金色の包み紙で包装された菓子を二つ取り出すと、額の汗を拭きながら、にっこりと微笑んでサツキに手渡す。
「な、なにしにきたんだよ? 見ての通り、リーゼが帰ってきたからには俺達にも勝機はあるぞ!」
「いやいや! リドルさんは私のカジノのお得意様ですからねえ――大切なお客様には、しっかりご挨拶をしておかなくては! フホッ!フホホホホ!」
そう言うモローの周囲に、無遠慮に入ってきた黒スーツの男達が付き従う。
モローはリーゼの怒りも、ジークの弱々しい抗議も意に介さず、舐め回すように深紅の機体と、パイロットのリーゼ。そして、そのうしろに乗るカタナを視界に収めていく――。
「おっさんも乗りたいのか?」
「フホホッ。これは珍しい! 天才パイロット、アンネリーゼ嬢が、ナビを? フホホッ! あなた、よほど優秀なナビなんでしょうねえ?」
モローは笑いながら、カタナに値踏みするような視線を向ける。その視線に、カタナは不思議そうな顔をすると、モローの上下する頭に合わせて自分も頭を上下させた。
「そうよ! 言っておくけど、カタナは私の次くらいに凄いんだから! レースが始まったら、その腐った魚みたいな目でよーく見てるといいわ!」
「ほっほぉー? それはそれは……楽しみにさせて頂きますよ。フホホホッ!」
モローの視線を遮るように、リーゼは身を乗り出して大声で怒鳴る。リーゼの怒鳴り声にもモローは笑顔を崩さない。
「モロー。あんた、自分で出資してるチームがあるんだろう? よそのチームのガレージを覗くのはルール違反だよ。さっさと出て行きな!」
「おやおや……悲しいですねえ。同じオールセルの仲間同士だというのに、いまはレースを争う敵同士――! レースが終わったら、また当店へのお越しをお待ちしておりますよ? フホッ! フホッ! フホホホ!」
モローは一同に向かって大仰なお辞儀をすると、黒服を引き連れて去って行く。
――そして、モローのそのうしろ姿を青ざめた顔で見送るジーク。
「大丈夫? おじ様。なんだか、顔色が悪いみたい……」
「あ。いや――なんでもねえ。いきなり出てきたもんだから、ちょっとびっくりしちまっただけさ――」
ジークの表情は、ただ驚いただけ――と言うには説明がつかないほどに狼狽しているように見えた。だが、モローへの怒りに燃えるリーゼはその変化に気付かない。
「安心しておじ様。私があいつをけちょんけちょんにしてやるから!」
「あ、ああ! 頼んだぞ!」
その二人のやりとりを見つめるカーヤ。
その顔には、何事か確信めいたものが浮かんでいるのであった――。
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