Chapter 6

エントリー

 オールセルの中心都市である、225番コロニー。

 このコロニーはサラーク島と呼ばれる、大きな火山島の麓を囲むように建造された、世界でも珍しいドーナツ型のコロニーだ。


 レースはそのコロニー外周部の洋上を、設置されたチェックポイントを通過しつつ、どれだけ早く、どれだけポイントを多く稼いでゴールするかで競われる。

 ユニオンズカップで優勝することは、そのまま最高の飛空挺乗りの証でもある。その栄誉を求め、多くの腕に覚えのあるパイロット達が名乗りを上げていた。


  ◆     ◆     ◆


『レディーーーッス! エンッジェントルメン! ボーイズ、エンッガールズ! 今年も世界最速の飛空挺乗りを決めるときがやってきた! 皆様お待ちかね! ユニオォンズ! カップ! 司会を務めるのはぁ! この私! バンカー・ビューイング!』


 銀色の山高帽に純白のスーツ。真っ赤な蝶ネクタイをつけた浅黒い肌の男が、銀色のマイクに向かってレース開催の第一声を発する。

 オールセル全土に設置されたモニターに映し出されたその光景に、オールセルを形成する無数の島々から、一斉に大歓声が沸き起こる。


『なんという熱気っ! オールセル全土が震えているっ!』


 司会のバンカー・ビューイングは、その熱気を直に受けたように、額に大粒の汗を浮かべながら大仰に手をかざし、カメラに向かって白熱の口上を続ける。それを見る観客達も、最早レースのスタートを待ちきれないとばかりに、地面を小刻みに踏みならし、地割れのような歓声は止むことが無い。


『だがしかーっし! この熱気にも負けない熱いハートを持った奴らが今年もやってきた! ご覧下さい、まず最初に姿を現したのはぁ――! エントリーナンバー1。ユニオン第五基幹艦隊所属! ユニオン最強の撃墜王にして、獅子の名を持つ男ぉお! ラジャン・シンだぁぁ!』


 バンカーの言葉と共に、会場の直上に黄金の高速艇が白煙の尾を引いて出現する。機体後方から突き出した六本の真鍮管。そしてそこから放出される褐色の粒子。

 黄金の高速艇は、向かい合う金色の獅子が描かれたユニオンフラッグをはためかせ、三度会場の上空を大きく旋回。そして速度を落として会場へ進入――滞空する。


 それと同時。コクピットの中からパイロットが片手を上げて立ち上がる。

 彼は身につけたパイロットキャップとゴーグルを外し、美しい黒髪と鋭い眼光を備えた精悍な素顔を露わにして、会場を埋め尽くす観客達に向かって手を振って応えた。


『ユニオンが誇る撃墜王も、レースじゃ二年連続で準優勝だ! 三度目の正直なるか! 漆黒の獅子王が狙うのはぁ! 優勝だけだぁぁぁっ!』

「たいちょおおお! 今度こそ絶対に優勝してくれえええ!」


 再び巻き起こる大歓声。

 見れば、会場にはユニオン空軍の士官服に身を包んだ男達が、巨大な横断幕を振って声も枯れんばかりに声援を送っている。飛空挺の上から彼らの姿を認めたラジャンは、その艶やかな唇を緩やかに曲げると、士官達に向かって微笑んだ。


「今回こそ、我がユニオン飛行連隊に黄金の聖杯を持ち帰る。そして、その暁には――!」


 ラジャンは一人太陽に手をかざし、気合いを漲らせるのであった。


  ◆     ◆     ◆


『――さあっ! 最初からとんでもない大物が現れた! この大物にも恐れず立ち向かえる命知らずは、果たして現れるのかぁ? あ、あーーっと! この黒い影は一体なんだぁー!?』


 ラジャンの登場で盛り上がる会場に、日差しを遮って巨大な黒い機影が出現する。

 逆光となって黒一色にしか見えないその機体は、徐々に高度を落とし、そのまま会場中央を陣取るように滞空する。


『で、デカーーーイッ! こ、この機体は本当に高速艇なのかっ!?物騒な砲塔は闘争心の表れか!モローズホテル&カジノスポンサード! エントリーナンバー2! ミストフロアと愉快な仲間達チームの登場だぁぁぁぁ!』


 バンカーのエントリーコールと同時に、会場の一角から割れんばかりの大拍手と、楽団による豪勢な演奏が開始される。彼らは皆モローに雇われた応援要員である。

 彼ら以外の観客の盛り上がりは、明らかに先程のラジャンに比べて乏しい。

 見栄えのしない寸胴なデザインと、フェスティバルにあって明らかに浮いた黒い迷彩柄。どれもこれも、明らかに観客の困惑を誘っていた。


『ギャハハ。なんだなんだ? 辛気くせえオーラ出しやがって。今日は俺達がたっぷりテメーらを楽しませてやるから、応援ヨロシク』


 突如として会場に甲高い男の声が響くと、同時にその黒い機体のあちこちから、紫色の煙が立ち上る。


『アーアー。ン、ン。よし。最初は大きな声で挨拶だ――こんにちはあ!』


 機体から火花が飛散すると、その紫色の煙が一斉に爆裂。バチバチという燃焼音と共に、上空へ立ち上る紫色の煙は、そのまま一瞬にして巨大な火柱へと変わる。観客席の中から悲鳴が上がり、観客達が腰を抜かして慌てふためく。


『あーーーっと! これは凄まじい炎! ミストフロアチーム、意気込みが燃え上がりすぎて火薬の配分を間違えたかぁ!?』


 司会席に迫る火柱にも全く臆することなく、バンカーは遮光グラス越しにその光景を実況し続ける。そのまま彼の眼前へと迫った炎は不可視の壁にぶち当たると、会場内部で方々に飛散。消滅する。


『ハッハッハ! 皆様どうぞご安心下さい! 我々がいるこの観客席は、オールセルが誇る最先端技術! 次元断層によって保護されております! 皆様がお怪我をする心配は一切ございません! ですが、会場の外でタダ見している貧乏人はその限りではないのであしからず!』

『ギャハ! ジョーダン。ジョーダンだって。びびるなよ。ギャハハ』


 会場に響く男の笑い声。それに呼応するように巻き起こる拍手。

 どうやらいまの行動で、当初よりも観客達の彼らへの期待値は高まったらしい。観客達からの割れんばかりの歓声を受けるミストフロアチーム。オールセルの住人。特にこのエアレースを待ち望む熱心な観客達にとっては、自らの命の危険すらも娯楽や余興でしかないのだろう。


  ◆     ◆     ◆


「――あまり派手なことはするな」


 先程火炎を放出した黒い飛空挺の船内。

 薄暗いが、ある程度の居住性が確保された船内でベリルが警告する。

 その声の先、大型のキャノピーを備えたコクピットに座るのはミストフロアだ。


「アー? 確認だよ! か・く・に・ん! 雑魚共が言ってたとおり、むかつく壁作ってやがる。めんどくせえなあ――っと」


 ミストフロアは大きな欠伸と共に伸びをすると、頭を掻きむしりながら脱力。操縦席で寝返りをうつ。その座席は二人乗りであり、彼の隣にも一人、大柄な男が座っていた。


「最初から無理だって言ったじゃねえか。てめえ、俺の話聞いてたのか?」


 口では悪態をつきつつも、男はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 この男の名はブラック。

 クラン構成員の一人で、クランでも指折りの飛空挺乗りである。

 本来、この飛空挺『ブラックマンデー』も彼の所有物であり、船の整備を行っていたのも彼の部下達だ。


「昨晩からだ。俺達の周辺をかぎ回る奴が居る――ターゲットと接触するタイミングまで、目立つ行動は避けろ。いいな」

「あー、はいはい。根暗様のお耳とお目々はスゲーですね。おいブラック!わかったら、あんま派手なことすんなよ!」

「んだとてめぇ!? やったのはてめえだろうが! このクソ霧野郎! いますぐ叩き落としてやろうかっ? アアッ?」


 ミストフロアの軽口に、ブラックはその浅黒い肌を真っ赤に燃え上がらせると、丸太のような二の腕を振り回して怒鳴りつける。


「アー? いますぐこのボロ船をガス室にしてやったっていいんだけど?」

「上等! くだらねえ霧なんざ、俺だっていくらでもケツの穴から出せるんだよ! このエセ超越者が!」

「あー……キレた。俺様。完全にキレちゃった。決めた。殺すわ」

「……」


 ――殴り合いの喧嘩を始めた二人を醒めた目で一瞥すると、ベリルはそのままコクピットを背に、飛空挺の後部へと移動する――。


 この飛空挺は、その見た目通りレース等で使うような高速艇ではない。空賊達が使う、拠点強襲用の武装艇である。

 ベリルは後部のキャビンに立てかけてあった、身の丈ほどもある巨大な弓に手をかけて引き起こすと、その弓を背負い、飛空挺内部の自身の持ち場へと向かった――。

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