船.02

「――そろそろドローンの防衛ラインに入るわよ! 準備はいい?」

「俺はいつでもいけるぞ! こいつらも協力してくれるってよ!」


 カタナは自分の手のひらを見つめながら、何かを確認する。


「けど、正面切ってあいつらと戦うのは無理だからな!」

「わかってる! そんな無茶しないわ!」


 元より、圧倒的な戦力を誇るユニオン艦隊と真正面から争うつもりなどない。二人の目的は、無敵のユニオン艦隊を倒すことでも、恐るべきドローンを殲滅することでもないからだ。ユニオンに先んじてコロニーの中枢へと辿り着き、目的を果たして速やかに脱出する。それがリーゼとカタナの描いた唯一の勝機だった。


「いい? ここでもしドローンに襲われたら、あなたに囮になってもらうからね!」

「マジかよ!?」


 リーゼはノイズが混ざるレーダーに目を凝らし、ソナーを耳に当てて必死にドローンの接近を警戒する。防衛システムが彼らを侵入者と判断すれば、すぐに数えきれないほどの光点がレーダーに映し出されるはずだ。舵を持つリーゼの手が強く握られ、手袋の下の手のひらがじっとりと汗ばむ――。


「……来ないわね?」

「……そうみたいだな?」


 が。結局――リーゼの目に映るレーダーにも、ソナーにも一切変化はなかった。

 杞憂に終わったドローンに襲撃に、カタナはほっとしたように警戒を解く。だが、その様子を見たリーゼは憤慨したように声を荒げた。


「ちょ、ちょっとカタナ! もしかしてあなた、実は襲ってくるかも! とか思ってたの? 仲間とか言ってたのに?」

「え? ば、ばっか! なーに言ってんだよ! そ、そんなわけねぇだろ!」

「何が仲間よ! 何が俺に任せとけよ! 本当に適当なんだから!」


 カタナはリーゼの言葉を必死に否定したが、その狼狽え様は弁明の余地がない。すかさず足下に屈み込んだリーゼは、カタナの首に巻かれたボロ布を超高速でガクガクと揺らす。


「わ、悪かったよ――! で、でも実際来なかったんだからいいだろ!?」


 リーゼの高速の揺さぶりに、残像を残しつつ必死に弁明するカタナ。とはいえ、確かにカタナの言った通りドローンは来なかった。これは二人にとって大きなアドバンテージだ。


「まあ……それもそうね。いいわ、許してあげる!」

「だろ!? 俺は悪くねえ!」


 あっけなくボロ布を手放すと、リーゼは再び舵を握る。

 ドローンの脅威が去ったいま、次の難題はユニオン艦隊の対応へと移る。カタナが乗っていることさえバレなければ、このいまにも沈みそうなボロ船は、ただの盗掘船や、戦場に迷い込んだ民間船にしか見えないだろう。リーゼの懸念は、それでもユニオンが彼らに攻撃を仕掛けるかどうかにあった。


 リーゼは内心祈るような気持ちで高波渦巻く水面へと目を向け、操舵室の窓から身を乗り出すと、額に手をかざして頭上を確認する。ユニオン艦隊とドローンの群れは、昨日の昼に廃ビルの屋上から見た時よりも遥かに高空で戦闘を行っているように見える。朝日に照らされた空には黒煙と白煙が入り乱れ、巨大な艦艇による艦砲射撃が縦横に大空を横切って行くのが海上からでも確認出来た。


「危ない!」


 リーゼの叫びとほぼ同時、船からさほど遠くない海面に、ユニオンの紋章が描かれた戦闘艇が墜落する。見上げるほどの水しぶきと共に水面が激しく波打ち、クレーン船が左右に大きく揺れる。直後、滝のような水流がクレーン船に降り注ぎ、操舵室のリーゼとカタナも盛大に水をかぶった。


「冷てえ!」

「我慢して!」


 足元でカタナが叫ぶ。リーゼも濡れた赤い髪を片手で拭い、必死に高波にそって舵を切る。この状況で少しでも波に逆らえば、あっという間に転覆してしまうだろう。

 その中で、出来る限り早く。少しでもコロニー中央へ。

 既にコロニー中央を形成する人工島までの距離は後僅かだ。上空からは流星のように火の粉と金属片が降り注いでいる。


(あと少し! あと少し!)


 だが――揺れる船体にしがみつき、必死に操舵を続けるリーゼの瞳が、視界の端に最悪のシグナルを捉えた。


(……本気なの!?)


 衝撃の度に明滅を繰り返す旧式のレーダーが、自分達のクレーン船めがけ一直線に接近する、複数の光点を映し出していた。


「カタナ! ユニオンが来た! ここで使うから準備して!」


 操舵輪を手放し、壁面のゴーグルを掴みながらリーゼが叫ぶ。


「よっし、わかった!」

「え……ちょ、ちょっと!?」


 そう答えるが早いか、カタナはすぐにリーゼの足元から飛び出すと、そのままリーゼを抱きかかえて手すりを乗り越え、操舵室から船の甲板へと軽快に飛び降りた。


「あ――ありがと?」

「こっちの方が早いからな! しっかり掴まっとけよ!」


 リーゼは短く礼を言うと、おずおずとカタナの肩に手を回す。二人はもう上空を確認しない。カタナは大きく上下左右に揺れるクレーン船の甲板を、リーゼを抱えながら一切の苦もなく後方へと走り抜けていく。

 甲板を後方へと抜けると、そこには高波を受けて大きく揺れる貨物筏が、複数の太いロープによってクレーン船に強固に繋がれている。貨物筏の積荷には大きなシートが被せられ、一見しただけではその全容を確認することは出来ない。


「あ――、待ってカタナ!」

「どうした? 忘れ物か?」


 筏へと素早く乗り移ろうとしたカタナを、リーゼが制止する。


「ごめんなさい、ちょっと待ってて!」


 彼女はそう言ってカタナの腕からひょいと降りると、錆びついたクレーン船の甲板に、そっと手を添えた。


(――いままで、ありがとう)


 それは、別れの言葉だった。そしてそれを最後に、リーゼはカタナに目配せし、そのまま二人は筏へと飛び乗った――。


  ◆     ◆     ◆


 リーゼとカタナがシートの下へと潜りこむのとほぼ同時。

 高空から急降下する物体の機影が露わになる。


 純銀の機体に金色のユニオン旗をたなびかせた戦闘艇が五機。その更に後方からは、蜘蛛のような姿をしたドローンが、十を超える数でユニオンの戦闘艇を追撃。


 戦闘艇は余程強引にドローンの防衛ラインを突破してきたのだろう。

 五機の戦闘艇のうち、最後尾の二機は執拗に追いすがるドローンに左右から距離を詰められ、そのまま挟まれて空中で激突。中空で錐揉みになりながら残った三機の編隊を乱し、ついにはあらぬ方向でドローンもろとも爆発。残る三機も既に複数のドローンに並列され、完全に包囲されつつある。最早、ユニオン戦闘艇のこの空域からの離脱は絶望的な状況だ。


 残った三機の戦闘艇はリーゼ達の乗るクレーン船をなんとしてでも破壊するべく、追いすがるドローンと激しい空中戦を繰り広げる。中央の戦闘艇が、備えられた回転式の銃座から、張り付くドローンめがけて激しい機銃掃射を行い、数体のドローンがその弾幕に直撃。炎上。速度はそのままに爆炎と水しぶきを上げて海中へと没する。


 残る戦闘艇も、複数のドローンを相手に激しく空中で攻撃と回避を繰り返していくが、何度撃ち落としても次々と周囲に群がってくるドローンの物量の前に、段々と逃げ場を失っていく。


 そして、ついにクレーン船直上。ドローンの牙が戦闘艇の一機を捉えた。

 蜘蛛型のドローン下部中央から展開された鈍色の衝角が激突。自らの損傷を省みぬドローンの特攻によって、左後方の戦闘艇が即座に大爆発を起こす。

 その爆発の余波は右前方と右側面で編隊を組んでいた二機の戦闘艇を跳ね飛ばし、先頭の一機は衝撃によって機関部を損傷。黒煙の尾を引いて、高波に揺れるクレーン船に墜落――リーゼ達の乗る船が、破裂するかのように爆炎と共に吹き飛ばされる。


 激しく吹き上がる黒煙。残る戦闘艇がその上空を飛行し、沈没の確認を行おうとした、その時。

 辺り一帯に銀色の花弁のようなものが一斉に舞い踊った。飛行中の戦闘艇の動力が、突如としてその動作を停止。その戦闘艇を追尾していたドローンの群れもまた、不可解なことにその動作を停止する。


 ユニオンとドローン。双方が共に混乱したこの状況下。爆発で渦を巻く海面から、間欠泉の如く水柱が上がる。

 水柱を破砕しながら浮かび上がったは、巨大な人型の機影を水面へと落とした――。

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