Chapter 5
多元連結理論
93番コロニー上空で続く戦闘は、未だ激戦の最中にあった。第二基幹艦隊の艦隊総数は五百隻以上。小型戦闘艇の総数は二千を数える。名実ともに現世界最強の大戦力だ。
そして、その大艦隊と相対する無数のドローンの群れ――。
双方総力戦の様相を見せる激しい戦場。その戦場の片隅で、一隻の船が沈没。そして、船の沈没が引き金となった混乱。
未だ沈没の余波で渦を巻く海中から、その混乱を見計らったかのように、激しい水柱と共に黄銅色に輝く鋼鉄のローダー(作業用重機械)が出現する。
空中で激しく水流を弾いてホバリングするローダー。全長は大体7メートルといったところか。そして――そのローダーの背面にしがみつく人影――。
全身黒一色。ズタズタになったアーマーと、首元に巻いたボロ布でその身を覆う、ずぶ濡れになったカタナである――。
「やばい! 落ちる! 冷てえ!」
カタナはローダーの背に片手でしがみつき、必死にその巨大な肩口に足をひっかけようともがいている。
そんなカタナの様子を知ってか知らずか、ローダーは吹き上がる水柱を背にすると、ホバリングしたままゆっくりとその場で一度旋回。ローダーの頭部に備えられた、円形の単眼が忙しなく周囲を確認し、数キロ先まで迫った『塔』の姿をそのレンズに捉える。
目指すべき方角を確認したローダーは、その単眼を一度赤く発光させると、唸るような駆動音と共に全身のスラスターノズルから赤と青の炎輪を生成。
同時にそれまで激しく機体に当たっていた水流が、まるでローダーを避けるかのように奇妙に歪曲を開始。
機体に付着した水滴が弾けるような音を立てて周囲に浮遊――ローダーを中心とした円周上に青白いエネルギーフィールドが発生する。
「お? おおお?」
固定されていなかったカタナの両足がふわりと浮き上がる。カタナは焦ったように空中で両足をばたつかせると、必死にローダーに密着した。
それら一連の出来事は時間にして数秒――。
エネルギーフィールドの安定を確認したローダーは、背面のスラスターで点火の時を待っていた炎輪を一斉に開放。困惑するユニオン戦闘艇を置き去りに、大量の白煙を放出して一気に加速。一瞬でその空域から離脱する。
「うおおおおおおおわぁぁぁぁ――!」
遠ざかっていくカタナの悲鳴。ローダーの飛翔機動後方で次々と激しい水柱が上がる。ユニオンの戦闘艇はなんとか追撃を試みるが、未だ周囲に滞空し続ける金属片によって姿勢制御すらままならない。それはドローンも同様だ。
そして、大きく揺れる波の狭間。遠ざかっていくローダーを見送るように、錆び付いたクレーンが静かに海面で揺れていた――。
◆ ◆ ◆
「目標、撃沈! ……い、いえ。波長妨害です! B24編隊周辺へのエネルギー送信、断絶!」
夜明けの日差しが東の方角から一斉に差し込むユニオン艦隊ブリッジ。編隊をモニタリングしていたブリッジクルーが声を上げる。
「駆動動力以外のエネルギー送信も、全て撹乱されています! 編隊との通信、完全に途絶しました!」
「落ち着け! 目標の確認が最優先だ。目視で構わん! 送信方式を六次元経由から三次元直結に切り替えろ!」
数時間の仮眠からブリッジへと戻り、たった今目の前に出された朝食を取ろうというところであったキアラン。キアランは片手に食べかけの固形糧食を握りしめ、声を荒げて指揮を飛ばす。
。
◆ ◆ ◆
全球凍結時代の五百年。氷の下で人類が生み出した新技術の元となった理論を『多元連結理論』と呼ぶ。
多元連結理論とは、人類が認識している三次元空間以外の別次元を認識し、その次元に対して干渉することを可能とする理論の総称――だが、この理論の確立と、地上が氷で閉ざされたのはほぼ同時。理論の基礎のみを受け取り、そのまま隔離された世界各地のコロニー。各地のコロニーはこの理論を元にして、それぞれ全く違う技術革新を遂げることになる。
それが、地上帰還後の戦乱の火種となるとも思わずに――。
◆ ◆ ◆
「機関長。機関員の動力供給への影響は?」
『こちら機関長アレックス! 皆健康! 仔細なーし!』
「……了解しました。ご報告、ありがとうございます」
耳に当てた通信機から鳴り響く大声。機関室からの連絡を確認した副官は、その大声にも表情一つ変えず、淡々とキアランに報告を行う。
「こちら側への妨害の影響は無いようです。やはり、我々の現在の送信帯域が六次元経由であることを見越しての、簡易的な妨害装置と思われます」
「そうか……機関員の被害がないのはなによりだ。彼らの休息は適切に行なわれているか?」
「提督の指示通り、五時間ごとの人員入れ替えを維持しています。機関員の認識力低下はまだ考慮に値しないかと」
副官の言葉に、キアランは頷く。ユニオン艦隊にとって、機関部を担当する人員に損害が出た場合の影響は計り知れない。研究次第であらゆる事象を現実のものとすることが可能な多元連結理論。その中で唯一欠点があるとすれば、まさにこの点だろう。
その欠点とは、技術制御に『多次元認識能力を持った生命体』が必要になることだ。ユニオンはその欠点を克服すべく、独自に多次元認識能力に特別優れた人員を選別。彼らに機関部や動力炉を制御させて生み出したエネルギーを、遠隔で活動する艦艇や兵士に送信する技術を開発した。
そして、たった今彼らが戦場の片隅で撹乱さたもの。それこそが、正にそのエネルギー送信技術――。
「我々の帯域を解析されていたのでしょうか?」
湯気の立ち昇るカップをキアランに差し出しながら、隣に立つ副官が口を開く。
「不可能だ。時間が足りん」
キアランは断言する。だが――。
「いや、一人いるな。俺達の帯域を知っている外部の人間が……」
「まさか」
「そうだ……忌々しい、緑光のニンジャだ」
キアランは自ら思い当たったその考えに、苦虫を噛み潰したような表情で手に持った固形糧食をかじった。
「提督! 船外モニター間に合いました! 拡大します!」
船内にブリッジクルーの声が響いた。前面大型モニターに渦中のエリアが大きく映し出される。
渦を巻く波。滞空したまま行動不能となり、同じ動きを繰り返すドローン。戦闘艇のコクピットから、身を乗り出して船外を確認するユニオンのパイロット。
そして――突如として吹き上がる水柱。
「なんだ。あれは」
吹き上がる水柱を見てキアランは眉間に皺を寄せる。
「恐らく、沈没した船の爆発によるものだと思われますが……」
そこまで言った副官の目が。にわかに見開かれる。吹き上がった巨大な水柱から出現した、黄銅色に輝く大型のローダーが映し出される。
彼らの視線の先。ローダーの背。そこには彼らが交戦し、たった一人で艦隊に大損害を与えた、ニンジャが映し出されていた。
戦闘艇の再稼働は間に合わない。何も出来ず、見ているしかないキアラン達の前で、そのローダーは『塔』の方角へ一瞬で飛び去っていく。
「B24編隊のパイロットに伝達! 機体はその場で放棄、早急に脱出しろ! 火器管制、次元潜行弾の準備は出来ているな? 目標設定を所属不明機に変更! 初弾三発。初弾への対応を確認後、次弾で全弾叩きこめ」
一息に指示を出し終え、最後に残った固形糧食の一欠片を咀嚼。両手を指揮机に置いて呟くキアラン。
「……厄介だな」
「ニンジャの力が――でしょうか?」
言いながら、副官は机上で放置され、すっかり冷めてしまった残りの朝食を丁寧に片付け始める。
「それもある。だが、問題はあの所属不明機だ――やつに協力者がいる」
キアランは先程から寄せ続けている眉間の皺を、更に深く刻んだ。
「所属不明機の解析はすでに始めています。解析データ、回します」
「うむ。任せる」
艦隊のデータベースには、ユニオン傘下のコロニー国家が持つ兵器は全て網羅されている。完全な一致は難しいとしても、その技術体系や、動力源の予測をつけることは十分に可能であった。
「ですが。提督の読み通りでしたな。まさか、ニンジャがあのような形でコロニーへと近付くとは――」
先程沈めた所属不明のクレーン船。キアランは、ドローンがその船を素通りさせている事実を見過ごさなかった。ドローンの防衛ライン突破という多少の無理はしたものの、その船から件のニンジャが出現した以上、その読みは間違っていなかったと言えるだろう――。
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