基幹艦隊.02

「――戦況はいかがですか? 提督」


 ブリッジ後方――。

 金属の扉が左右に開き、流麗な声がブリッジ内に響き渡る。その声に、乗員達の空気は一瞬で凍りついた。キアランは即座に席から立ち上がり向き直ると、その人物に対して最敬礼を行う。


「猊下――。ここはいつ攻撃を受けるかわかりません。どうか、居室にお戻りください」

「私のことなら心配には及びません。それに、世界中でこの船よりも安全な場所はそうはない。私にそう話してくれたのは、他ならぬ貴方でしょう?」


 そこに立つのは、濃紫と金の刺繍で彩られた、純白の長衣に身を包んだ眉目秀麗な青年。穏やかな笑みと、宝石のような声。その立ち姿は、このような戦場とは永遠に無縁であるかのような美しさを備えていた。

 そしてその青年の背後。つかず離れずの距離には銀髪の少年と少女。二人の側近が影のように従う――。


 この青年の名はメダリオン。ユニオンの象徴たる『盟父』に次ぐ権力を持つ、七人の使徒の一人にして『極光』の称号を持つ男。

 キアランはこの青年のことをよく知っている。彼の持つ絶対的な力、そして、底知れぬ恐ろしさを――。 


  ◆     ◆     ◆


「流石は提督。見事な手腕ですね」


 メダリオンはニッコリと、目を細めて口を開いた。キアランの横で、副官が静かに安堵する気配が漂う。


「ですが――」


 メダリオンはゆっくりとキアランに向き直ると、続けて口を開く。


「見たところ、いま提督が行おうとしている持久戦では、時間がかかり過ぎるのではありませんか――? 偉大なる我らが盟父のため、多少の犠牲が出ようとも、一刻でも早く勅命を成し遂げるべきでは?」


 先程までと全く変わらぬ、陽光の如き笑みを浮かべながら、メダリオンは問う。そのメダリオンの表情からは、何も伺い知ることはできない。だが、その口調と声音には、有無を言わせぬ絶対的な『何か』があった。

 常人であれば、この問いという体をなした強制に、一も二もなく頷くことしか出来なかったであろう。


「……承知致しました、猊下。では、現在の状況が安定し次第、出来る限り早急に93番コロニーへの上陸を行います」


 だがキアランは、メダリオンの人ならざる圧力を受けて尚、合理的な折衝案を提示する。


「我らが盟父から賜った勅命。必ずや果たしてご覧にいれましょう。どうか、猊下は大船に乗ったつもりで我らの戦勝報告をお待ち下さい……実際、大きな船ですからな!」


 そう言って、キアランはメダリオンの前で豪快に笑った。それを見たメダリオンもまた、笑みを浮かべて頷く。


「何も不安なことなどありませんよ、提督。言うまでもなく、船のことは私よりも貴方の方が遥かにお詳しい。我々はあくまで、盟父の望みが確実に果たされることを見届けるため、赴いたに過ぎません」


 メダリオンは言いながら、ゆっくりとした足取りでキアランの横を通り過ぎていく。二人の側近がその左右に立ち、そのガラス玉のような目でじっとキアランと副官を見つめていた。


「ああ……それともう一つ」


 そのままブリッジから退出するかと思われたメダリオンだが、彼はふと思い出したように立ち止まると、背中を向けたまま口を開いた。


「既に提督も察しているように、このコロニーは一筋縄ではかないかもしれません。万が一にも無いとは思いますが、もし艦隊の手に余る事態になった際には、我々が直接、勅命を執行します」


 メダリオンは僅かにキアランの方へと振り向く。そして、笑みを湛えた瞼を半ばまで開き、その奥に隠れた黄金の瞳でキアランを射抜いた。


「猊下の御手を煩わせるようなことは、決して――」


 その視線を避けるように、恭しく頭を下げるキアラン。


「そう堅苦しい話ではありません。私と貴方で、共に偉大なる盟父より賜った勅命を必ず果たす。ただ、それだけの話です」 

「……このキアラン・アンガスの身命を賭して、臨んでおります」


 キアランのその言葉に、メダリオンは静かに頷くと、二人の側近と共に今度こそ、ブリッジから退出していった――。


 メダリオンの背を見送ったキアランの隣で、大きく息を吐く音。丁寧に折り畳まれた、純白のハンカチーフで額の汗を拭う副官である。


「……申し訳ありません」

「気にするな。俺も、似たようなものだ」


 言いながら、キアランは未だに汗を拭う副官の肩を二度叩いた。そして、大きな息を吐いて自らの椅子に腰掛けると、前面の大型モニターを睨み、静かに黙考する――。


 ――キアランはいままで幾度と無く、メダリオンを始めとした使徒達と身近で接してきた。その中で、彼らの意に沿わぬ意見具申も行ってきたつもりだ。だが、先程のメダリオンの圧力は、そのキアランをして震え上がらせる程であった。


(何か――俺の知らされていない事情があるとでも言うのか?)


 先程キアランが感じたメダリオンの感情――。


(あれは焦りか? それとも……何らかの執着?)


 その時、キアランは自身の推論の中で、あることに思い当たる。


「――盟父より頂いた、勅命書はあるか?」

「はい。厳重に保管の上、ロックしています」


 キアランは思い立ったかのように副官へと声をかける。


「うむ……すまんが、急いでここに持ってきてくれ。もう一度文面を確認したい」


 突然のキアランの不可思議な指示。副官は表情一つ変えず、黙って頷いた。


  ◆     ◆     ◆


「――どうぞ。ご確認ください」


 暫しあと――。

 上等な真紅のビロードが敷かれた台に乗せられて、勅命書がブリッジに運び込まれる。勅命書には最上級の羊皮紙が使用されており、既にその封蝋はキアランとメダリオンによって解かれている。

 勅命書を受け取ったキアランは、その羊皮紙を丁寧に解き開く――。

 開かれた羊皮紙――。

 そこには、以前見たものと変わらぬ流麗な文字で、第二基幹艦隊への盟父直々の勅命が記されていた。


『極東の地。第93番コロニーにおいて、目覚めの時が近づく我が神子を保護し、連れ帰ること』

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