正夢
@whiteRMTM
第1話
「お兄ちゃん、バイト始めるの?」
後ろから妹の夕奈が咲哉のiPhoneを覗き込みながら言う。
「え、まあね」
「何するの?」
夕奈は咲哉の隣に座って寄りかかる。
「ん、家庭教師」
夕奈が笑う。
「いやいや、笑うとこじゃないでしょ」
「でも、お兄ちゃんが誰かに教えてるとことか想像できない」
夕奈はまだニヤニヤしているが、咲哉は呆れ顔でため息をついている。
「ほぼ毎日、誰かさんに勉強教えてるんだけどなぁ」
夕奈は思い出したように肩をすくめた。
「そうでした」
「へー、バイトか」
潤はいつも通り、スマホに目を向けながら相槌を打ってくる。聞いているのか聞いていないのかはっきりしない態度だが、大抵の場合彼はちゃんと話を聞いている。
「うん」
「塾講?」
恭介は恭介でいつも通り食事に集中している。人よりかなり食べるのだが、全く太らない。
「いや、家庭教師」
「家庭教師かー、時給は?」
「案件次第だけど、2000円くらいじゃない?」
「ならまぁ普通かな」
三人は、中学時代からの友人で、同じ慶林大学に通っている。咲哉は文学部、潤は経済学部、恭介は法学部だ。学部は全員違うが、1年次のキャンパスは一緒なのでお昼は時間が合えば一緒に食べている。
「そういえばさ、夕奈ちゃん元気?」
潤が思い出したように言う。
「え、まぁ。何で」
「いや、何となくさ。最近会ってないなと思って」
「あ」
数日後の夜、自室のベッドでくつろいでいた時のこと。1通のメールが届いた。なぜか夕奈も、ここ最近夜は咲哉の部屋に来る。何日か前などは、一緒に寝る羽目になった。夕奈ももう小6である。小さいときから甘やかしすぎたかな、と咲哉は少しだけ後悔した。
「どうしたの?」
夕奈が隣に来る。
「ん、家庭教師。依頼のメールが」
「おぉ・・・」
画面を覗き込んではいるが、よく分かってはいなさそうだ。
「週3回、2時間、時給3500円・・・なるほど」
1か月で、8万円強稼げることになる。
「やるか」
咲哉はすぐに了承する旨の返事をした。
「給料入ったらさ、」
咲哉は夕奈の方を向く。
「何か買ってやろうか」
夕奈の顔がパッと明るくなる。
「ほんと?約束だよ?」
「ああ。にしても、この子どんな子なんだろ」
2日後。
「お兄ちゃん、郵便受けにあれが入ってたよ」
咲哉が大学から帰ると、夕奈は珍しく台所で夕飯の準備をしていた。
「あれって?」
「あれ。テーブルに置いてあるやつ」
「ん?」
ダイニングのテーブルには封筒が置いてあった。見ると、それは家庭教師紹介の会社から送られてきたものだった。
「あぁ、これか」
咲哉は座って、早速開封する。
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生徒氏名:鷹司 遥子 生年月日:平成17年3月3日
学年:小学6年
学校:私立慶林大附属小学校
担当教科:国語、算数、理科、社会、その他
家族構成:父、母
備考:小学校入学以来殆ど登校していない
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「この名字、何て読むの?」
気が付くと夕奈が後ろから覗き込んでいた。
「え、たかつかさでしょ」
「へぇー、珍しい」
「うん」
それ以上に咲哉は備考が気になった。どんな子なんだろうか。咲哉は小さくため息をついた。
そこは、至って普通のマンションだった。至って普通、と言うには立地にしても綺麗さにしてもセキュリティーにしても普通ではなかったかもしれなかったが、思っていたよりは普通だった。
エントランスで部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押すとほどなくして応答があった。
「今日から家庭教師としてお世話になります若松です」
「どうぞ」
生徒のお母さんらしき人の声が聞こえ、すぐに自動ドアが開いた。
エレベーターに乗り、15階へ。
部屋の前に行き、インターフォンを押す。ほどなくしてドアが開き、中に招き入れられた。
「娘の部屋は、ここです」
「はい。えっと、」
色々聞きたいことがあったのだが、お母さんはそれを遮るように、
「娘に聞いていただければ、分かるようになってますから。私、このあと外出しなければいけないので」
と早口でまくしたてて奥へ入っていった。
やっぱり何か変だ。
違和感を持ちつつも、気を取り直して咲哉は部屋をノックする。
どうぞ、と声が聞こえてくる。
正夢 @whiteRMTM
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