第67話 三章 逃避行

■二


「寒い」


身を隠したのは、今にも崩れ落ちそうなアパルトメントだった。


部屋のなかは荒れ放題で、人が住んでいる気配はない。


明かりも暖房も水すらもなかった。


腐った木枠の窓からはセーヌ川が見下ろせる。


ラファエルは手のひらで自分の体を懸命にこすり合わせてどうにか暖を取ろうとしていた。


破れた外套と焼け焦げたマフラーは全く役に立たない。


雨風をしのげるだけましだとわかっていても、骨に染みいってくるような寒気はどうしようもない。


クララはそんなラファエルの様子を遠巻きに見つめていた。


「クララさん、大丈夫?」


ラファエルの問いかけにクララは曖昧に返事をした。


腹が空いていた。


だがそれを言ったところでどうにもならない。


サーカスでも満足に食べられた日なんてそれほどないのだ。


クララは部屋の隅に丸くなって眠り込む準備をする。


行くあてもない。


街が落ち着きを取り戻さなければ、夜中に歩きまわることも危険だろう。 


「ねえ、誰が檻の鍵を開けたの?」


ラファエルが口にした。


鍵を開けてくれた人が味方なら、この状況も助けてくれる可能性はあると考えているようだった。


「ハンターだ」


クララはハンターと対峙したときを思い出して身震いした。


「ハンター?

 なぜそんなこと」


「私たちを狩るのが目的だ。

 許可証の利かないサーカスの敷地外に追いやって狩るつもりなのさ」


「そんな……。

 じゃあ、みんなは……」


ラファエルの問いにクララは表情を曇らせた。


「どうだろうな」


クララは他の半獣人(デパエワール)たちを考えた。


「みんな無事だといいのだけれど。

 でもクララはどうしてあそこで倒れていたの?」


「……」


クララは唇を噛んだ。

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