第68話 三章 二人の屈辱

ラファエルはそれを見て記憶が曖昧なのだと判断した。


「無理に別に思い出さなくてもいいよ。

 きっと煙に巻かれたんだ。

 アンたちも煙を吸いすぎたんだ。

 助けてあげたかったけど……」


クララは表情を曇らせた。


ラファエルは自分と同じようにクララも他の半獣人(デパエワール)を心配しているのだと思った。


だからしばらく経ってからクララが


「……憶えてるよ」


と切り出したときも、最初は何に対しての返答なのかわからなかった。


「憶えてる」


クララは言った。


「……私は火が怖いんだ。

 子供の頃に山火事で両親を亡くした。

 あの紅く揺らめく炎を見るだけで、私は恐怖で震え上がってしまう。

 だからあの時も私は炎を前に体を動かすことができずに気を失った」


「じゃあ、火の輪くぐりをしないのも……」


「しないんじゃない。

 できないんだ。

 私が反抗するのは決して誇りのせいなんかじゃない」


ラファエルは返す言葉を失った。


クララは自嘲する。


「幻滅したか?

 これが現実だ。

 強がる振りをして実際は怖いから逃げていただけだ。

 けれども私は前からずっと言っていたはずだ。

 尊敬なんかに値しないってね」


「別にそんなつもりは」


「そんな顔をしてる」


クララに言われてラファエルは再び言葉に詰まった。


がっかりした気持ちがないと言えば嘘になる。


けれどもそれもほんの一瞬だけだ。


「ごめん。

 でもそんなつもりじゃないんだよ。

 毎日どれだけ鞭で叩かれても、折れることなく毅然と戦い続けているところをみているから。

 やっぱり尊敬する」


クララは呆れたといった表情で頭をかいた。


「……勝手にしろ」


ラファエルは、はじめてクララの内面に近づいた気がして、明かりも暖房もない部屋は冷たかったが、心の内にはぽかぽかとした気持ちが流れていた。


「……どうして私たちみたいなのが生まれてくるんだろうな」


クララは呟く。


ラファエルはそれに対しても返答することができない。


すべては彼女たちが半獣人(デパエワール)であるから、こうして悲惨な思いをしている。


なぜ、世の中にこのようなことが起こるのか。


ラファエルは助けてあげることも出来なければ、


説明することも出来ず、


ただ悲しい気持ちになることしかできない。


そんな自分の無力さを激しく悔やんだ。

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