第65話 三章 彼女の重さ

ラファエルは先を急ぐ。


マリアンヌの檻も、エマの檻も、もぬけの殻だった。


火勢は衰えることを知らず、盛んに炎を吹き上げている。


舞い上がる火の粉が外套に降りかかった。


ラファエルは慌ててはたき落とす。


皮膚をあぶる熱さの壁を前に、ラファエルもこれ以上は進みようがないと思われた。


しかしまだ奥にはクララの檻がある。


ラファエルは一か八か、炎が渦巻く通路の奥に飛び込んだ。


息を止めて一気にクララの檻に駈ける。


右も左もなかった。


ただ炎に煽られながら、やみくもに視界の利く方向へ走る。


袋小路に追い詰められて焼かれる悪い想像が頭をもたげるが、引き戻したりはしなかった。


ここで引き返せば一生後悔しそうな気がした。


「クララッ」


心臓が暴れて痛みを発する。


肺は熱気で呼吸をしているのかどうか自分でもよくわからなかった。


朧気に床に倒れたクララが見える。


そのあまりにぼんやりした視界に幻覚か、浅い夢を観ているのかと思った。


スローモーションのようにゆっくりと彼女の姿が近づき、その肩に触れたとき、はじめてこれが現実であることを認識した。


「クララ!!

 ねえクララってば!」


彼女はぐったりとしていたが、かすかな鼓動をしているのが見て取れた。


やはり檻は開け放たれている。


誰かが鍵を開けたのだ。


意識を取り戻さないクララを安全な場所に移動させようと、ラファエルは外套を引きちぎってクララの体を自分の背中に結びつけた。


煙に巻かれて出口もわからない有様だったが、背負って足を擦るように進んでいく。


ごうごうと炎は熱気だけではなく、殺意を持って轟音を立てている。


「必ず、助けるから……っ」


彼女の重さが、いまのラファエルの生きていることの証だった。

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