第51話 二章 救いの手

男は被っていたサーカス帽を地面に叩きつけた。


ラファエルは勇気を出して声を掛ける。


「あの……マノンさんのお知り合いですか?」


男は怪訝に見遣る。


「君は……?」


「ラファエルです。

 ここで働いてます」


「君はマノンを知っているのか?」


「はい。食事とか、部屋の世話なんかを。

 彼女は寒いのが苦手なので」


檻だとは言わなかった。


「ああ、そうなのか。

 なあ、マノンに会えないのか?

 小遣いをやるぞ」


男は先程の紙幣の束をラファエルの外套のポケットに入れようとした。


「無理ですっ。

 支配人(ミステル)の許可無く会わせるなんて。

 警備もいるので」


「そうか……」


男は紙幣を一二枚そのままラファエルのポケットに入れた。


「だからっ」


「いや、違うんだ。

 これはマノンの面倒を見てくれて、そのお礼だよ。

 他に他意はないんだ、受け取ってくれ。

 それでついでにちょっと訊きたいんだが、彼女は元気かね?」


「は、はい。

 この時期は寒さで辛そうですけど、体調を崩したりはしてません」


「そうか。彼女は昔はとてもよく笑う子でね。

 その笑顔に癒やされたものだよ。

 いまもよく笑っているかね?」


「笑いますよ。

 でも悲しい顔をしていることのほうが多いです。

 でも今日ほど悲しそうな顔は、いままで見たことありません」


「そうか……そうか……」


男は感極まったように口に手を当てて、懸命に嗚咽を堪えていた。


ラファエルはどうして良いかわからず、男が落ちつくのをじっと待った。


風はないが、寒い午後だった。


「これをマノンに渡してくれないか?」


男はそう言って背広のポケットを漁った。


紙が見つからず、白いハンカチを取り出すと、ペンでそれに文字を書いた。




『必ず迎えに行く。


 いまでも想っている。


        アダン』




滲んだ文字でそう書かれていた。


ラファエルはそれ以上滲んでしまわないように、袖でインクをしっかりと吸い取った。


「おい」


「いいんです」


アダンはふっと優しい顔になった。


「偶然だったんだ。子供がここのサーカスを観たいと言ったのでね。

 まさかマノンがいるとは夢にも思わなかった。

 決して忘れたわけではなかったんだ。

 これが運命なのだとしたら、今度こそマノンを助け出したい」

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