第50話 二章 蛇の値段

ラファエルが上演後の劇場の掃除をしていると、入り口でちょっとした騒ぎが起こった。


誰かが大声で言い争っている。


単語のなかにマノンという響きが聞こえたような気がしてラファエルはそっと様子をうかがった。


支配人(ミステル)と客の一人が立ち話をしている。


「何度も言いますが、マノンに会わせて下さい。

 お願いします」


「半獣人(デパエワール)との面会はできない」


「同郷なんですよ!

 アダンが会いたがっいてると伝えて下さい。

 まさかこんなところにいるとは……っ。

 マノンッ!

 マノンッ!」


客がマノンに会おうとして声を張り上げていた。


ただでさえ先日のハンターの件があって、半獣人(デパエワール)には誰も会わせないよう通達が出ている。


ラファエルはその叫ぶ男の顔に見覚えがあった。


太い眉と広い額が特徴的の、マノンが舞台を下りたときに顔を見合わせていた男だった。


娘とおぼしき子供はおらず、その男だけが支配人(ミステル)と言い争っている。


「なぜ駄目なんです?

 理由を説明してくれないと」


「うちの商品を扱うのに理由など必要ない。

 儂が会わせぬと言ったら会わせぬのだ」


支配人(ミステル)は強い口調で言った。


蛇女が急に舞台を下りたのはこの男のせいだと支配人(ミステル)は商売人の嗅覚で嗅ぎ取っていた。


男はポケットから紙幣を取り出すと数えもしないで支配人(ミステル)に差し出す。


「これでどうでしょう?

 一目会えればいいのです。

 どうかお願いします」


「ならぬ、買い取ってくれるのなら別だが、このような金ではなんの足しにもならん」


支配人(ミステル)はその条件を突っぱねた。


あわよくば蛇女を買い取ってくれることを期待したのである。


今日のショーでエマが計算できる商品であることはわかった。


ならばもう蛇女を手元に置いておく必要もない。


いままで従順だからこそ使っていたのに、こんな反抗をされたのではたまらなかった。


「どうだね?」


「……いくらですか?」


「ざっと五千フランというところだな」


「……そんなに? 払えるわけがない」


「ならばお引き取り願おう。

 まあ、お金が用意できたらいつでもお目にかかれますがね」


「くっ……」


支配人(ミステル)は劇場のなかに戻っていき、入り口には男が一人残された。

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